8 なんとなくイヤな席どりの顔合わせランチ
金曜日の約束の時間にショー商会を訪ねる。
メンバーは魔法協会内の打ち合わせと同じ、父、オスカー、ルーカス、デレク・ストンと自分だ。当日は母が加わるが、魔法協会の所属でも警備要員でもないため、今日は不参加になっている。
ルーカスは当日に合わせて女装済みだ。偽名は『ルカ・ブレア』に決めてある。正体を隠したいわけではないから、本名から離れない方が呼び間違えにくいだろうというルーカス自身の案だ。
ショー商会の店舗は使ったことがあったが、裏の本店には初めて入る。他の街から商品を運んできて他店にも卸しているそうで、本店は商談の場らしい。ホワイトヒルで一番大きな商会だ。
「ようこそ、ショー商会へ。お待ちしていました」
バート・ショーに接客用の笑顔で迎えられる。隣のバーバラも仕事の顔で頭を下げてきた。
「応接室に祖父と父が控えています」
バートたちの祖父は商工協会長だ。ショー商会の会長も兼ねていると紹介される。腹部が出た、たぬきの置物を思わせる容姿だ。
父親はショー商会の代表取締役だそうだ。スラリとしていて祖父には似ていない。バートを中年にした感じだろうか。
どちらも満面の笑みなのに、どことなく作りものに見える。
父が中心になって挨拶を受ける。魔法協会が依頼を受けることへのお礼と、冠位魔法使いとお近づきになれて嬉しいというようなことが、大げさな修飾語でたくさん言われた。
応接室にはもう一人、会ったことがないキレイな女性が立っていた。スラリと細いのに出るところは出ている。それでいて整合性がとれた、完成された美術品のような美しさだ。顔立ちもエルフ並に整っていて、街を歩いていたら半分以上が振り返る気がする。
ひととおり偉い人たちでの挨拶が終わったところで、バートが話を引き取る。
「今日はパーティ当日の動きの最終確認に加えて、みなさんと親睦を深められたらと思い、食事の席を用意させていただきました」
バートの祖父と父が、昼食にも同席したいけれど都合がつかなくて申し訳ないとていねいに頭を下げる。
代わりに、バーバラと、部屋にいた女性が同席するそうだ。
「彼女は祖父の秘書の一人で、僕のパートナーとしてパーティに参加してもらうことになりました。なので、今日の昼もご一緒させてください」
「ベッキー・デニスです。どうぞお見知りおきを」
紹介されたデニスがニコッとほほえむ。絵画のようなキレイな笑みだ。なのになんとなく心地よくはない、不思議な感じがした。
「では、こちらへ」
バートの祖父と父に応接室から見送られて、バートについてショー商会を出る。
そっとバーバラに寄って、気になったことを小声で聞いてみる。
「バーバラさん。てっきりバーバラさんとバートさんでペアだと思っていたのですが、バーバラさんはどなたと参加されるのですか?」
「よく聞いてくれたわ! ジュリア、誰だと思う?」
聞いたのに聞き返されてしまった。けれど、バーバラがものすごく嬉しそうだから、相手は一人しかいないだろう。
「フィン様ですか?」
「そうなの! 最初にお誘いした時は断られていて。お兄様が急に、デニスさんと参加するというでしょう? わたし、もう困っちゃって。ダメ元でもう一度お願いしたら、ジュリアが友だち枠で参加するなら、自分も友だちっていうことならいいよって」
「そうだったのですね」
「とても楽しみなの」
「ふふ。お二人はお似合いですから。私も楽しみです」
「ジュリア大好き!」
「ありがとうございます」
「そうそう、ジュリアと二人だけで話したいことがあって……」
そう話していたところで、隣の高級店の個室に通された。
「また後で声をかけるわ」
「わかりました」
何か心配事があるように見える。できることなら力になりたいと思う。
部屋の中は大きな円卓だ。ターンテーブルが乗っているのがおもしろい。
一番奥に父が通される。
「親睦を深めるのも目的なので、なるべく一人ずつ交互に席につけたらと思っています」
そう言ってバートが父の方に向かいつつ、
「ジュリアさん、お父さんの近くがいいですよね。どうぞこちらへ」
「え……」
父の近く。その名目は、イコール、バートの隣だ。
一方で、父の反対側にはデニスが向かう。
「こちらへ」
自然に見える流れで、隣にオスカーが誘導されていく。
(あれ? なんかこの席どり、イヤな感じがする……)
そう思った時にはもう、バートとバーバラに挟まれている。ルーカスが小さくため息をついたように見えた。
「わたしはこちらにするわね」
ルーカスが裏声で言って、オスカーの反対隣に座る。余った一席、ルーカスとバーバラの間にデレクが入って、座席配置が完了した。
向かいのオスカーを見やると、そわそわした視線が返ってくる。顔は見やすい位置だけれど、テーブルが大きくて距離が遠い。
「適当に頼んであるので、先に仕事の話を済ませましょう」
バートが言って、警備の最終確認を行う。
ブルー・ミスリルはパーティの目玉として、開場後少し経った頃に移送されてくる予定とのことだ。移送中の護衛は他の担当者から魔法協会に依頼されていて、そのメンバーは別口で手配されている。
展示はパーティが終わるまで。今のメンバーがパーティに参加しつつその間を守り、終了後はまた移送組が引き受けていく形になる。
「パーティの参加者は百人弱くらいの予定です。ショー紹介と繋がりが強い店舗のオーナーや有力者、その関係者になります。招待者のチェックは商会の方で厳密に行います」
「デレク・ストンとルカ・ブレアはなるべくブルー・ミスリルの近くに待機。オスカー・ウォードとジュリア・クルスは入り口近くで、念のために来場者を確認。私はその間、全体が見える位置をとる。各々の役割は話してある通りだ。あとは状況に応じて臨機応変に」
「はい」
「了解した」
「わかりました」
「かしこまりましたが」
ルカを演じるルーカスは返事も少していねいだ。
「では、あとは気軽な感じでいきましょう」
バートが言ったタイミングで食事が運ばれてくる。一人分ずつ出されることが多いこの国では珍しい、取りわける形の大皿料理だ。
「魔法協会の皆さん、この度は臨時依頼を引き受けていただき、ありがとうございます。パーティ当日はよろしくお願いします。また、今後とも商工協会とショー商会をどうぞご贔屓に」
バートの挨拶で開宴になる。
「ジュリア、ジュリア。これ、おいしいのよ。食べてみて」
とりわけ用の大きなスプーンでバーバラがすくって個人用の皿に乗せてくれる。
「ありがとうございます」
バートからも色々言われるかと思っていたら、意外にもバートは父と話を始めた。
(ちょっと考えすぎ……、自意識過剰だったかしら)
向こう側では、デニスとルーカスでオスカーを取りあうような会話の仕方になっている。あぶれたデレクが不憫だ。バーバラ越しに話しかけておく。
「ストンさん、バーバラさんが勧めてくれたこれ、おいしいですよ。ストンさんもどうですか?」
「いただければと思いますが」
「じゃあ、どうぞ」
位置的にちょうど届くから、デレクの皿に少しよそう。
「ありがとうございます」
「ジュリアは優しいのね」
「そうですか? 普通ですよ」
「ジュリアさんは優しいと思いますが」
「ストンさんまで。ありがとうございます」
「ジュリアはみんなからジュリアって呼ばれているのかしら?」
「そうですね。父と同じ職場なので、苗字だと紛らわしいんです。なので大体、ジュリアさんとかジュリアちゃんって呼ばれています。
魔法使いは上下関係よりも個人を尊ぶので、そうでなくても名前呼び自体は珍しくないですけど。私も名前で呼んでいる先輩がいますし」
「そうなのね。私やお兄様も商会だと名前呼びなの。お父様もお兄様もいて紛らわしいから。
けど、商会は魔法協会と違って、普段は名前で呼ぶことはないから。ちょっとだけバカにされている気がすることもあるのよね」
「バカにされている気、ですか?」
「バーバラちゃんって呼ばれると、子ども扱いされている気がするっていうか」
「そうなんですね。思ったこともなかったです。……ルカさん、お話し中すみません」
「ん? なに? ジュリアちゃん」
ルーカスが少し困ったように応じた。不思議に思いつつ、もう声をかけてしまったから話を続ける。
「ルカさんは私をジュリアちゃんって呼んでますよね。子ども扱いしてたり、バカにしてたりってありますか?」
「もちろん、あるわけないじゃない。親しみを込めて、よ。わかってて聞いたんでしょ?」
「はい。ありがとうございます。親しみを込めて、らしいですよ? バーバラさん」
「そう、なのかしら……? そうね、人によるかもしれないけど、そういう人もいるかもって思うことにするわ」
「はい」
遠くてオスカーと話しにくいのは少し寂しかったけれど、バーバラとストンと話しながらの昼食はそれなりに楽しかった。




