表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/540

7 突然好きだと言われてびっくりした


「オスカーは本当に大丈夫ですか? 疲れていませんか?」

 二人プラスユエルの昼食時に、改めてオスカーに聞いてみる。自分のことにつきあわせすぎている自覚はある。

「ああ。体力的には問題ない。ジュリアは大丈夫か?」

「はい。私も体力的には。ちょっと色々ありすぎて、頭は追いついていない気がしますが」

「ああ、そうだな……」

 オスカーがしみじみとうなずいてくれる。


 つきあってからが濃かった。クロノハック山のヌシになって魔法卿を倒して、ショー兄妹に出会い、貧民窟問題を考えて、虫退治をして、冒険者協会でクエストを受けて、オスカーの実家に挨拶に行って、ピカテットの会が始まって、ドワーフの長老を治療して、オフェンス王国の国境を割って、神にまでなった。

(待って。ほんとどうしてこうなったの……)

 明らかにおかしいのがいくつか混ざっている。


「今週はバート・ショーと顔合わせ、来週にはセイント・デイのパーティ、それからセイント・デイ当日にはジュリアの師匠に会いに行き、年末にはブロンソン氏。先の予定も盛りだくさんだな」

「今週末と年始はゆっくりしましょうか。普通のデートもしたいです」

「ああ、そうだな。ジュリアは何がしたい?」

「正直、あなたといられればなんでもいいのですが。戦ったり問題解決したりはなんかこう、デートっていうより仕事モードになってしまうので。デートがしたいな、なんて」

「……ん。たまにはゆっくりしたいところだな」

 食べ進めながら二人で考える。


「新年になると劇場の新春公演が始まるだろう。劇でもいいだろうし、演奏でもいいと思う。何か見に行ってみるか?」

「いいですね。劇の方がいいと思います。演奏は演目によっては、私もあなたも眠くなるので」

「……経験済みか」

「はい。あれはあれで楽しかったですけど。せっかく一緒の時間を共有しているのに、記憶に残らない時間があるなんてもったいないですから」

「なら、この後、劇場まで新春公演の予定を聞きに行ってみるか」

「いいですね」

 今日の昼食は軽めだから、時間的には間に合うだろう。


 彼と手をつないで街を歩くだけで嬉しくなる。もうすでにちょっとしたデートみたいだ。

 周りにも恋人つなぎをしているカップルが多い気がする。平日の昼間なのにと思うけれど、人のことは言えない。

「なんか最近、カップルが多くないですか?」

「そうだな。そんな気がする」


 劇場は街の中心エリアにあり、魔法協会からはそれほど遠くない。案内所で新春公演の演目を聞いてみる。

 昼の部:グレース・ヘイリーの大冒険

 夕方の部:燃えよ恋

 二週間ほど同じ演目が続き、休館を挟んでまた新しい演目になるようだ。

「うーん……。冒険活劇は嫌いではないのですが。人気の題材だけど、グレース・ヘイリーはちょっと……」

「ああ。原初の魔法使いはある意味、ジュリアのかたきだからな……」

「そこまでは思ってないけど、恨んではいますし、なるべく話も聞きたくないです」


「なら、夕方の部か」

「恋愛系の劇は見たことがないんですよね。家族で見るものではないですから。おもしろいのでしょうか」

「自分も初めてだな」

「恋人同士で見るにはオススメだよ」

 案内所の男がニヤッとして言った。

「なら、見にきてみましょうか」

「ああ。予約はできるのか?」

「悪いが、新春公演は当日受付だけなんだ。この時期に予約をとっても、カップルの半分は来ないから」

「そうなんですね」

 折角予約したのに来ないなんて不思議だなと思う。


 母の職場に研修に向かうにはまだ少し時間があるけれど、用事が済んでしまった。もう少し一緒にいたい。

「魔法協会まで送りますね」

「いや、そこは自分がジュリアを送るところだと思う」

「けど、魔法協会の方が近いですし」

 そんなことを話していると、

「ジュリアちゃん! いいところに」

 そう言ってルーカスが駆けよってきた。

「ルーカスさん?」


「ぼくはこの子が好きだから!」


「はい?」

 ルーカスが後ろに回って、肩に手を乗せられる。盾になった気分だ。何が起きているのかがわからない。


「えー? でもその人、相手いるんじゃん?」

 ルーカスの後についてきた派手目なお姉さんが笑う。

「そうなの! 絶賛片想い中なんだから、邪魔しないで? 他の女の人とセイント・デイを過ごしたりしたら、彼女にぼくの誠意が疑われるでしょ?」

「んー? そっかあ。それは残念。昼は大体あの店にいるから、気が向いたら声かけてよ」

「うん。気が向かないしもう行かないから安心して」

 お互いにひらひらと手を振って、お姉さんが来た方向へと戻る。


 その姿が小さくなってから、ルーカスがため息をついて小声で言った。

「……ジュリアちゃん、オスカー、ごめん。魔法協会までぼくを守って……」

「どうしたんですか?」

「これがこの時期のホットローブの弊害へいがいだよ。独り身の男性魔法使いってわかると、ムダに女性から声をかけられるんだよね。夏の初めのクールローブもそうなんだけど」

「? ダメなんですか?」


「初めはぼくも浮かれたよ? けど、二年くらいつきあったり別れたりをしたからもうイヤなんだよね。元々女性は得意じゃないし。

 セイント・デイの前と夏の前はみんな、一緒にいれる相手を探してるだけで、別に好きでもない人とつきあうんだけど。その相手が魔法使いならあわよくばいい思いができるんじゃないかとか、将来いい生活をさせてもらえるんじゃないかとか。そんな感じだから、うんざりしてる」


「……オスカーも声をかけられているんですか?」

「いや。自分は、親が送ってきたものは着ていなかったからな。着るようになった今年は、外ではジュリアといるかホウキで飛んでいるかだから」

「魔法使いを魔法使いっていうステータスとして見て声をかけてくる相手とはつきあっちゃいけないっていうのが、ぼくらの鉄則だね」

「そんな人がいるんですね」

 未知の世界だ。そもそも、好きでもない相手とつきあおうとすること自体、意味がわからない。


「ジュリアちゃんもオスカーも、好きでもない相手とつきあうこと自体、意味がわからないんでしょ」

「はい。よくわかりましたね」

「うん。二人して顔に書いてあるから。まあ、君たちはそういうタイプだよね。つきあいたいから誰かとつきあうんじゃなくて、相手が好きだからつきあいたいタイプ」

「前者が本気でわかりません……」


「あのね、ジュリアちゃん。周りがみんな恋人といて浮かれてるのに、自分だけ相手がいないとか選ばれないって、不安になったり焦ったりするんだよ。あと単純に寂しかったり、人肌恋しかったり、人にもよるだろうけど。

 だからこの時期とか夏とかには、とりあえずつきあっちゃう? っていうカップルとか、ナンパで相手を作るとか、そういうことが増えるの。イベントが終わった後に七割方別れる印象だね。まあ、ぼくは百パーセント別れてるけど」


「ルーカスさんもつきあいたいんですか?」

「つきあってみる前はつきあってみたいって思わなくはなかったから、アプローチされた時は受けてたけど。打算で選ばれるのはもうこりごり。

 前に言ったでしょ? ジュリアちゃんがオスカーに向けてる感情をぼくに向けてくれるなら、恋愛もできるかもしれないって。

 あるいは、ぼく自身が好きになれる人に出会って追いかけるか……、いや、相手にその気がないのわかると引いちゃう気がするから、やっぱり難しいね」


 ルーカスが半分笑って言ったところで、オスカーが真剣な顔で呼ぶ。

「……ルーカス」

「なに?」

「さっき言ってたことは……、本気か?」

「さっき? ぼくがジュリアちゃんを好きって話?」

「ああ」

「うん、本当だよ」

「え……」

 オスカーと二人でルーカスを見る。あまりに想定外で、なんと言っていいかわからない。


 ルーカスがニッと笑う。

「ぼくはジュリアちゃんのこと好きだし、オスカーのことも好きだよ。きみたちといるのは安心するし、きみたちの関係は本当に尊いと思ってる。

 だから、まあ、いちゃいちゃしたいとこ邪魔して悪いけど、時々は仲間に入れてね?」

(そういう「好き」ね……。びっくりしたあ……)

 要は人として、ということなのだろう。恋愛感情だと困るけど、そっちなら嬉しい。

「……はい。そういう意味では、私も」

 嬉しい気持ちを返すようにルーカスに笑みを向ける。


「ルーカスさんが好きです」


 ルーカスが心底驚いたように目を見開いた。

(あれ、珍しい)

 オスカーの声が続く。

「そうだな。感謝してる」

「ふふ。時々は三人でも遊びましょうね。色々落ちついたら」

「ああ。ルーカスなら構わない」

「……うん。ありがとう」

 魔法協会の前で二人と別れ、ホウキで研修先に向かった。





▼  [ルーカス] ▼



 ジュリアを見送って、ため息をつく。

「……うん。ジュリアちゃん、反則」

「どうした?」

「いや、こっちのこと。ほんと、お前がうらやましい」

「……ダメだからな」

「わかってるよ」

 二人まとめて好きなのは本当だ。二人の関係を横で眺めていたい。今の立ち位置が自分にはちょうどいいのだ。


 ただほんの少し動揺したのは、黒い部分も含めてありのままの自分を見せてきた上で、あんなふうに全幅の信頼を置いた「好き」をもらったことなんてなかったから。

 彼女の信頼に足り得る友人でいたいと思う。

 だから、ほんの少しだけ心の奥がチクリとしていることは、墓場まで持っていくつもりだ。


「単純な話だと思うけど。いつどこで誰を好きになるかなんてコントロールできないよねってだけな」

 いつだったかデレク・ストンに言ったことが自分にブーメランで戻ってくるとは夢にも思っていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ