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6 [ルーカス] 女神伝説の誕生? と怪盗ブラックについて


 週明けの月曜日。出勤すると、オスカーは珍しく通常運行だった。早く来るのは習慣化しているらしい。始業前から準備を始めている。

(まあ、先週土曜日はずっとくっついていたから、二人きりの時間なんてなかったしね)

「はよ」

「ああ」

「先週月曜に言ってた透明化云々ってのはマジな話だったんだね。道理で現実味しかない妄想なはずだ」

 他にまだ誰も来ていないから、彼女の前では言えなかった感想を言っておく。


「ジュリアには言うなよ」

「なんで? ジュリアちゃんなら喜ぶと思うけど」

「……死ぬほど恥ずかしい」

「そう? 別にいいんじゃない? 透明化して人前で特殊なプレイしようとかそういうのじゃないんだし。声は聞こえるし気配もわかるっていうのは逆にそそるよね」

「……お前の頭の中はどうなっているんだ?」

「普通だと思うけど?」

 妄想を吹きこんだら、オスカーが潰れて机につっぷした。最近はこっちの方が見慣れた気がする。


 次第にちらほらと出勤者が増えて、内緒話はできなくなる。

「おはようございます」

「おはよう、ジュリアちゃん」

「ルーカスさん、今日はホットローブなんですね」

「うん。君たち見てるとやっぱり便利だなって。最近寒くなってるし」

 オフェンス王国はこっちより寒かったから、身にこたえたというのも大きい。便利な魔道具なのは確かだから、クローゼットの奥からひっぱりだしてきた。


「ただ、この時期のホットローブにはひとつ問題があって……」

「……おはよう」

「あれ、オスカー、ちょっと赤いけど大丈夫ですか?」

「問題ない」

「すみません、色々つきあわせちゃって。私は日曜に休んでるからいいけど、あなたは訓練もあるから疲れが溜まりますよね」

「いや、それは大丈夫だ」


 ジュリアと出勤してきたクルス氏がデスクに行き、魔法協会内で送られてくる回覧に目を通して眉をしかめた。

「どうした?」

 ヘイグ氏が声をかける。

「……オフェンス王国が軍部を解体し、神聖オフェンス王国に名を変えて再出発したそうだ。なんでも、国民全員が女神の声を聞いたらしい」

「は? 女神?」

 ヘイグ氏がクルス氏と同じ顔になった。


「先週国境線に地割れを作ったのがその女神なのだとか、国民の生活をないがしろにするとバチが当たるとか、そういうことを言われたらしい。今度は首都の軍部の拠点に隕石が落ちたとか」

「天変地異のオンパレードだな。大きさにもよるだろうが、相当被害が出たんじゃないか?」

「それが、人的被害は確認されていないとあるな。建物からは避難されていて、周囲には爆風どころかチリ一つ飛ばなかったそうだ」

「……神がかってるな」


「神はいると思うか?」

「そういうことを主張するとこはあるがなあ。神話の物語としては知っていても、存在を信じてはいなかったが」

「私もだ。今回のようなことは伝説にもないしな」

「むしろ伝説の時代に立ち合っている気分だな」

 話が聞こえているジュリアがむずむずしている。穴があったら入りたそうだ。


「……女神」

 近くでしか聞こえないくらいの声でぽそっと言ってみる。

「ううう……」

 ジュリアが赤くなっておもしろい。やめてほしいけれど他の人がいる場所ではそれも言えなくて困っているのと、とにかくもう恥ずかしすぎるといったところか。

 ちょっとからかっただけなのに番犬の視線が痛い。


 オスカーが思いだしたようにジュリアに声をかける。

「そうだ、ジュリア」

「はい」

「ブロンソン氏の都合なのだが」

「あ、ありがとうございます」

「この年末に会って話を聞いてもらえることになった」

「思っていたより早いですね。よかったです。ありがとうございます」

 ギルバート・ブロンソン。解呪師の名としてオスカーたちから聞いている。オスカーの剣の師匠の元冒険者仲間で、解呪ができることは仲間内にしか知られていないとのことだ。


「そのあたりは二人に任せて平気? 暇だからぼくはどっちでもいいけど」

「自分とジュリアだけの方がいいだろう。ブロンソン氏があまり知られたくないと思う」

「りょーかい」

 この先はバカップルだけで問題ないだろう。必要がない時までくっついていくような無粋をするつもりはない。


 始業時間になったところで、ジュリア、オスカー、デレク・ストンと自分の四人がクルス氏に呼ばれた。

 ジュリアがきょとんとした顔をしている。

(あの件だと思うけど、ジュリアちゃんはすっかり忘れてそうだね)

 先々週の終わりからオフェンス王国のことにかかりきりだったからムリもないだろう。


「ショー商会から依頼があったセイント・デイのパーティ警備の件だ」

 ジュリアがハッとして思いだしたようだ。オスカーはあまり顔に出ていないけれど、似たような感じに見えた。


「まず、引き受けると判断した理由から伝える。

 ここディーヴァ王国や周辺諸国で、十年ほど、空間転移の魔法を使った盗難事件が発生し続けている。

 黒い軍服を着た男が目撃されているため、魔法協会の中では通称として『怪盗ブラック』と呼んでいる」

「怪盗ブラック……」

 オスカーと一緒に盗品を流していた宝石商を洗い出した件だ。結局、盗んだ方の魔法使いは捕まっていない。


「怪盗ブラックのしわざだと思われる盗難は数知れないが、何度か、普段は厳重管理されていた希少な宝石や美術品が一般披露の場で盗まれている。

 魔法協会の他の支部が警備に入っていたこともあり、各地で面目を潰されているから、上としても早いところ確保したい相手だ。

 今回のパーティではブルー・ミスリルのロッドがお披露目されるそうだ。ターゲットになる可能性は十分にあると判断した」

 バートがジュリアをパーティでパートナーにするために言い出したことだろうけれど、ただのこじつけではないのだろう。

(商人だもんね。一石二鳥とでも思ってるのかもね)

 

「空間転移は、裏魔法協会のトールも使っていた魔法だ。背格好が違うから別人だろうが、やっかいなのは変わらない。

 が、空間転移も万能ではない。詠唱に時間がかかり集中力も要るし、転移の瞬間に相手に触れていれば一緒に移動することもできる。魔法封じの檻に入れることでも止められる。そのあたりが作戦のカギになるだろう」


 クルス氏の見方に同意だが、少し意見を加えておく。

「一般客がいる場所なら、そっちの安全確保も必要だろうね。空間転移が使える魔法使いが、空間転移しか使えないっていうことはないだろうから」

「これまでに人的被害があった話は聞かないが、もちろん警戒はする。人選の理由に合わせて、配置を含めたそこの説明に入ろう」


 クルス氏が順に顔を見ながら話していく。

「まず、ジュリアは先方の指名だ。ジュリアの……、パートナーとして、オスカー・ウォード」

 パートナーという部分を本気で言いたくなさそうだったのがおもしろくて、ひそかに笑いをこらえる。

「二人は、全体を広く見て補佐を。怪盗ブラックに近ければ捕獲協力、来場者に危険が及びそうな時は安全確保を最優先で頼む」

「はい」

「了解した」


「ルーカス・ブレア。魔法に優れた先達よりもお前を選んだのには理由がある」

「怪しい人がいないかを見ればいいんでしょ? 怪盗ブラックにいち早く気づけるように。了解」

「話が早い。今回はセイント・デイのパーティのため、女装して参加を」

「うん。このメンバーだとそうなるよね」


「デレク・ストン。防御系においてはここの魔法協会の最高戦力だと思っている。

 空間転移が相手だと効果は薄いかもしれないが、展示品周りに防御魔法を。戦闘になった場合は来場者を守ることに専念してくれ」

「了解ですが。私のパートナーは……」

「ファーマーから聞いてないか? もちろん、女装したルーカス・ブレアだ」

 一抹の期待を持って聞いたのだろうけれど、残念ながらくつがえる要素はない。悲痛な顔のストンに、笑顔で手をひらひらさせた。


 それから交渉担当として話を引きとる。

「それで、今週の顔合わせと最後の打ち合わせね。仕事上必要だから全員参加は断れなくて。

 親睦を深めるためにお昼に招待したいっていうのも、クルス氏と相談して受けることになった。ジュリアちゃんの研修がなくて動きやすい金曜の昼に。

 バートに対しては、クルス氏とオスカーと、ぼくとストンさんも目を光らせておくから」

「心強いです。ありがとうございます」


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