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4 神の仕上げと術者に返る呪い


(暇だわ……)

 下ではいろいろと動いているのだろうけれど、一度目の『神の声』を終えた自分は連絡を待っているだけだ。暇すぎる。天気もいい。ホットローブのおかげで、上空でも暖かい。あくびが出そうだ。

 実際に「ふわっ」と言いかけたところで、オスカーから連絡が来た。軍務卿キーラン・クルールとその取り巻きは制圧したという。

(魔法使いじゃない普通の兵士が相手なら、オスカーの敵じゃないわよね)

 魔法らしい魔法を使わなくても、身体強化だけで十分だろう。彼は自分の師匠で、剣聖の弟子なのだ。

 それからしばらくしてから、ルーカスから避難完了の連絡が来た。


(じゃあ、やりますか)

 上空から、首都の軍部がよく見える位置まで降下する。

「ミスリル・プリズン」

 頑丈なミスリルの檻で軍部施設の敷地を囲む。本来は閉じ込めるための魔法だが、今回は上を開けた状態だ。衝撃波などで外に被害を出さないようにするために使っている。

(上を開けたり敷地に沿わせたりできるって言ったのも、すごく驚かれたわね……)

 打ち合わせをしている間、あのルーカスが何度か驚いていた。古代魔法は別として、こういうのはやってみたらできたから、みんな普通にできると思っていたが。


 ミスリルの檻で囲った中を狙って、魔法卿も使えないという上級魔法を唱える。

「メテオ」

 唱え終えたのと同時に大きな隕石が軍部の建物を襲い、砂塵を舞いあがらせる。

 自然現象に近づけるために、一般的な複数を降らせる形ではなく、あえてひとつだけにした。魔法だと気づかれにくくなって、『神の裁定』がより現実味を帯びるはずだ。

 ミスリルの檻で覆った範囲が何も見えなくなり、それが落ちついた後にはクレーターしか残らない。


「リリース」

 ミスリルの檻を解除する。囲った範囲の外には一切被害がない。我ながら見事だと思う。

(最後の仕上げ……)

 再び上空に移動して、広範囲適用の拡声魔法を展開する。

(私は女神……)

 もう一度自分に言い聞かせながら、重厚に聞こえるように声を出す。


「神の意志は示された。他者を踏みつける為政者いせいしゃには同じ裁定が下るものと知れ」


(よし! 任務完了!)

 拡声魔法を解除する。だいぶドキドキしていたが、なんとかやりとげられてホッとした。


「インフォーム・ウィスパー。ルーカスさん、ジュリアです。今どちらですか?」

 連絡魔法を送ると、すぐに返事が来た。

「ジュリアちゃん、お疲れ様。魔法使いを助けて、彼の家に向かって移動中だよ。状況は予想通り。現在地と乗ってる馬車の特徴は……」

 降下して、ルーカスたちが乗っているホロつきの馬車を見つける。中にはルーカス、リンセの他に、もじゃっとした頭の男がいる。ルーカスが助けてきた魔法使いだろう。


 中に乗りこんで透明化をといた。

「うわあっ」

 突然現れた形になり、同乗していた男が驚きの声をあげる。

「驚かせてすみません。あなたの敵ではありません」

 空いている場所に座る。ルーカスがニッと笑って声をかけてくる。

「中々様になってたよ」

「それならいいのですが」

「オスカーもそろそろ合流すると思う。後処理は本物に任せたから、身体強化のまま走って来るって」

「あの姿のままホウキに乗るわけにはいきませんものね」

 普通の人には残像くらいしか見えないだろうから、走って合流するのが一番いいだろう。


 話す間に、馬車の中に人影が飛びこんでくる。

「うわあっ、って、国王様?!」

「魔法をとくのニャ」

 リンセがそう言って、オスカーを元の姿に戻す。

「これで全員。さっき話したことの立ち合い人ね」

「あ、ああ。あんたの仲間の……。さっきお嬢さんが急に現れたのも、高速移動系か?」

「まあ、そんなところです」

 透明化は珍しい魔法だから秘密にしておく。


「なるほど……。急に姿を消す魔法はあるかと聞かれた時に、空間転移と透明化が浮かんでいたが。目に見えない速さで移動するというのもひとつか。いや、それもドワーフには無理か……」

 男が一人で考えるように呟いたが、スルーしておく。ドワーフとしてクルールに会ったことをわざわざ話す必要はないから、知らないていでいた方がいいだろう。ということも、事前にルーカスが想定して入れ知恵されている。


「二人には連絡魔法で伝えた通り。今は彼の妻子のところに向かってる。まあ、軍部自体が混乱してて、手を出される心配はもうないと思うけど。それどころじゃないだろうからね。でも顔を見るまでは安心できないと思うから」

「遠いのですか?」

「いや、首都の一角だから、すぐに着くはずだ」

 話していると、馬車が止まった。


 先にオスカーが降りて危険がないかを確かめてから男が降り、自分とリンセ、ルーカスが続く。リンセは念のために女の子の姿になっている。

 魔法使いとしてはこぢんまりした普通の家だ。

 扉をたたき、男が帰宅を告げると、中から女性が飛びだしてきて、がばっと飛びついた。

「あなた!」

「……苦労をかけたな」

「いいえ! いいえ。首都の軍部が破壊されると聞いて、それから隕石が落ちるのが見えて。絶対に巻きこまれているとばかり……」

 男の妻が涙を流してしゃくりあげる。


「おとうさん。おかえりなさい」

 五、六歳くらいだろうか。聡明そうな男の子がそばにやってくる。

「ああ。一月以上になるか。お前たちが無事でよかった」

 男が高さを合わせて子どもも抱きしめる。

(よかった……)

 もらい泣きして、すぐにハンカチで押さえた。


 近場を見に行ったオスカーが戻ってくる。

「ひととおり見てきたが、近くに兵士の姿はなさそうだ」

「うん。もう個人に構ってる場合じゃないだろうからね」


「……この方たちは?」

「オレの恩人だ。少し話がある。中に通しても?」

「はい。片づいていなくて恥ずかしいですが」

「いえ、急にすみません。どうぞお構いなく」

 男に案内されて通されたのは男の書斎だ。魔法関係の本が何冊も並んでいる。書籍は高級品で、個人で所有することはあまりない。そこに価値を感じる人物なのだろう。


「で、ドワーフの長の呪いの解除だったな」

「はい。お願いできますか?」

「もちろんだ。……デスペル・ズイタマセナア・ズイタロクネ」

 集中力を高めるかのように一呼吸ついてから男が唱えると、黒いモヤのようなものが一瞬男を覆った。

「これで解けているはずだ。確認してくれ」

「ありがとうございます」

「ああ。アンタたちには感謝してる。もう一度、生きて妻子の顔を見られるとは思っていなかったからな」


「それは大袈裟……っ」

 笑って答えて、それから驚いて息を呑んだ。男の首筋に、ドワーフの長の顔に浮かんだのと同じ壊死の兆候が現れたからだ。

「……解除した呪いが術者に返るタイプ、ですか?」

「そうだな。解除時と、対象者の命が尽きた時。どちらも返ってくる呪いだ。クルールに強制された時点からオレが死ぬことは決まっていた。

 運良く解放されれば、しばらく回復魔法をかけながら生活できるかどうか、と願ってはいたが。あいつが失脚していなければ、それも難しかっただろう。

 ドワーフの長の方も、よく今日までもったと思う。当初の読みではもう少し早く命が尽きると思っていた。

 だから今解除して呪いが返ることにはなんの不満もない」


「……ルーカスさん」

「うん、まあ、いいんじゃない? ぼくらのこととか、きみの魔法とか、できるだけ明かさない方針だったけど、助けたいんでしょ? 彼なら大丈夫だと思う」

「オスカー……」

「ああ。師匠には既に、必要な時には連絡をつけてもらう話をしてある。相手がドワーフではなく人になった分、むしろ頼みやすくなったくらいだ」

 ルーカスもオスカーも全面的に支持して協力してくれるのがすごく嬉しい。


 男の方に向き直る。

「えっと……、お名前を聞いても?」

 お互いに深入りしないつもりだったから、名乗っていなかったし、あえて名前も聞いていなかった。けれど、この先は必要になる。

「セス・チャンドラーだ」

「チャンドラーさん。必ず解呪師を連れてきます。なので、それまで、回復魔法で持ちこたえてもらえますか?」


「……解呪師を知っているのか?」

 チャンドラーが驚きに目を見開く。そのくらい珍しい存在だ。

「はい。一度会っています。確かな人だと思います。少し先になるかもしれませんが」

「ありがたい……」

 チャンドラーがもじゃっとした髪の中に手を入れて、目頭を抑える。


「ここから先は、他の人、ご家族にも口外無用でお願いしたいのですが」

「なんだ?」

「ジュリア・クルスです」

「オスカー・ウォードだ」

「ぼくはルーカス・ブレア」

「ニャ? アッチはリンセニャ」


「今度、解呪師を連れてきます。人に見られたくないので、直接、空間転移でこの部屋に連れてきてもいいですか?」

「もちろんそれでいいが。空間転移が使えるのか……?」

「はい。内緒ですよ?」

 指先を口元にあててシーのポーズをしてから、オスカーとリンセに触れ、ルーカスにはオスカーに触れてもらう。


「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」


 その場を後にして、ドワーフたちの隠れ里へと向かった。


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