3 [ルーカス] 禁呪を使った魔法使い
ジュリアと別れて、リンセと路地に待機した。
国王と入れ替わったオスカーが、軍務卿キーラン・クルールを呼び出している。王宮に向かうクルールを陰から見送り、リンセの魔法でその姿に変えてもらう。リンセは取り巻きの一人に化けた。
ジュリアの「神の声」を聞いて、軍部と王宮を往復するくらいの時間的余裕を置いてから、リンセと二人で軍部に入る。
「戻った」
入り口の警備兵に横柄に声をかける。
「はっ! お疲れ様です!」
(うん、よく訓練されてるね)
王宮に行って、戻るくらいの時間しか経っていないし、一緒に行った兵士も一人しか連れていない。戻りが早いなとか、兵士たちはどうしたのかと思うものだろうが、上官が言わないことは口にしないという規律が守られている感じだ。
自由意思を重んじる魔法使いとしては、ものすごく気持ち悪い。が、組織の性質が違うのだから、この組織ではこれが正解なのだろう。
魔法使いは個人の力量が主で、連携はオマケに過ぎない。得意なこともそれぞれ違い、個々が自由に力を発揮できることが組織の強さになる。
一方で、一般人の兵士は数を頼みにするしかない。突出した能力がない寄せ集めが力を発揮するには、集められたコマが命令通りに動く必要がある。統率が取れずに散らばってしまっては困るのだ。
規律には意味がある。こちらはそれを利用させてもらうだけだ。
建物に入ると、勲章を複数付けた男が駆け寄ってきた。一般兵よりはかなり偉い立場だろう。
(うん、この人なら知ってるかな)
「戻った。国王などたわいもない。ひとひねりだった。他の者たちには後処理を任せてきた」
「何よりでございました。国王に力を授けたなどと、空からたわけた声がしておりましたので」
「まったく、忌々しい。神などがいてたまるか。なんらかの魔法だろうから、あいつに聞くのが早いだろう。あいつはどこだ」
「魔法使いならいつものところに」
「いつもの?」
「もちろん、地下の反省室から一歩も出しておりません」
「よろしい」
(地下の反省室ね)
想定通りだ。魔法協会も地下に収容場所がある。一般的な配置だ。
ジュリアたちから話を聞いた時、呪いの禁呪を使った魔法使いの存在が一番引っかかった。
自分は詳しくないが、それでも、術者にとってもろくでもない魔法だろうという想像はつく。
ジュリアに尋ねたら、あまり詳しくないと前置きした上で、術者の力量や呪う強さにもよるが、基本的には「人を呪わば穴二つ」とのことだった。つまり、基本的に、使った魔法使いも危険にさらされる魔法なはずなのだ。
(話に聞いてるクルールの性格だと、脅してやらせたって考えるのが妥当かな)
だとしたら、魔法使いの仲間として、その魔法使いは助けたい。居場所を特定するのに最も簡単な方法が、クルールになりかわることだ。
地下の警備兵は出入り口に一人だった。建物の作りとして脱走しにくいから、多くは置いていないのだろう。これも都合がいい。
クルールになりきって声をかける。
「魔法使いはどうしている」
「はっ! 変わらずです」
「私が来たと声をかけろ」
「はっ!」
上官の言うことを一切疑わない。だからこそ、やりやすい。
警備兵が小走りに向かい、ひとつのドアの小窓から声をかける。
(あの部屋ね)
高らかに舌打ちが響いた。意図して不満を示している感じだ。
(うん、ビンゴ)
明らかに協力的ではなさそうだ。予想通りだったことに口角が上がる。
(サンダー)
心の中で唱えて小さな雷を発生させ、警備兵を気絶させた。気絶させる専用の魔法の方が安全だが、中級魔法だ。自分は使えない。警備兵には悪いけれど、影響が少ないことを願うしかない。
ジュリアが使える古代魔法に魔法の無詠唱適用があると知った時はめまいがした。しかも周りにもかけられるだなんて反則すぎる。世界なんて簡単に征服できるだろう。彼女があの性格で本当によかった。
(フローティン・エア)
ジュリアが国王にしたように、浮遊魔法で警備兵の体を支えて異常がわからないようにして、持っていた鍵を借りて扉を開ける。
何もない小さな部屋だ。布団と枕が転がっていて、半分隠れる程度の壁の裏にトイレがあるだけ。反省室とはよく言ったものだと思う。こんな場所にずっといたら、普通はおかしくなるだろう。
奥の方に、もじゃっとした髪で顔が隠れた、線が細い男があぐらをかいて座っている。不機嫌そうな声がした。
「どういう風の吹き回しだ?」
「リンセ、一瞬だけ戻せる?」
「お安い御用ニャ」
小声でやりとりして、一歩中に入って外からは見えない位置に立ち、元の姿に戻してもらう。
「! あんた……、魔法使いか。使い魔がバケリンクス……?」
「うん。助けに来た。ここを出よう」
「それはできない」
「人質?」
「ああ」
(これも予想通り)
「普通に生活させて、クルールの部下が常に見張ってる系?」
「そうだ。あいつが魔道具で連絡すれば命はないし、あいつとの定時連絡がつかない場合も、子どもから始末するように言ってあるそうだ」
「うん、やりそう。まあ、そのクルールがもう倒されてるだろうから、今日の定時連絡さえやり過ごせば問題ないと思うよ」
「は? 倒されてる? クルールが? 誰に?」
「さっきの神の声の使い? むしろ番犬かな」
「あれは……、幻聴じゃなくて現実か?」
「うん。きみのところには情報が入らないんだろうけど。一週間前にこの国は深い亀裂に囲まれたんだ。それから王権派と軍部で内乱が起きて、神は王に味方した」
「神? 神か!」
男が壊れたように笑いだす。それから、ピタッと止まって、深く息をついた。
「……そんなものがいたのか」
「色々思うところはあるだろうけど、今はきみの大事な人たちの安全確保が先だ。状況が落ちついたら頼みたいこともある」
「頼みたいこと?」
「ドワーフの長にかけた呪いを解いてほしい」
「……ああ、アレか」
「ぼくとぼくの仲間が立ち合いたい。いい?」
「命令すればいいだろ? 今この状況で、オレはあんたには逆らえない」
「んー、きみも魔法使いならわかると思うけど。魔法使いってそういうの嫌いなんだよね」
首をすくめて見せる。命令されるのは嫌いだ。だから、命令するのも嫌い。人とは違う力を持った分だけ、周りもそうなのもあって、そういう性格になっていく魔法使いは多い。基本、自由人なのだ。
「違いない。いいだろう。妻子の安全が確保できたら、あんたらの立ち合いの元でドワーフの長にかけた呪いを解く。それでいいか?」
「うん。助かるよ。じゃあ、行こうか。ついでにここの他の人も、この建物から避難させながらいくよ」
「……この地下に収容されているのが、みんなクルールに逆らった思想犯だから、か?」
「多分そうだろうと思ってはいたけど。それよりもっと人道的な理由かな。ここは神の力で、地下まで跡形もなくなるから」
「は? 首都の軍部を破壊すると言っていたのも、現実になるのか……?」
「うん。他の人たちを解放して事情を話して、リンセに全員、兵士の姿に変えてもらってここを出る。気絶させた本物も連れて、ね。協力してくれる?」
「わかった」
「それからぼくは、クルールとして全館避難を命じる。退避の確認が取れたら、きみの妻子のところに向かう。それで間に合いそう?」
「定時連絡は夕方だ。問題ないだろう」
「オーケー。作戦決行だ」




