2 ジュリア、神になる
「トランスパーレント・カラーレス」
ホワイトヒルから少し離れたひと気のないところで、同行するメンバー全員に透明化をかける。
オスカー、ルーカス、リンセと自分だ。大仕事をするため、ユエルにはお留守してもらっている。
「透明化しても変わったようには見えないんだね?」
「同じ術者がかけている人同士は見えますからね。アイアン・シールド」
オスカーの時と同じように、鏡代わりに小さな平たい鉄の盾を出す。映るはずのところには、後ろの低木しか映らない。
「待って。アイアン・シールドってこういう使い方するものだっけ」
「え、普通ですよね?」
「いや、言わなかったが、自分も驚いた。普通は基本イメージからの変形ができないと思う。自分が出せるのは固定サイズの、防具の盾としてイメージできる形だけだ。小さくも平たくもならない」
「え」
「うん。古代魔法以外でもジュリアちゃんが規格外なのはよくわかったよ……」
ルーカスが改めて、鉄の盾にうつらない自分を見る。
「透明化も、都市伝説じゃなかったんだね」
「空間転移以上に使える人は珍しいらしいですが、一応現代魔法ですね」
ルーカスが少しワクワクして見えるのは気のせいだろうか。
「ノーン・インセンテティオ。これで無詠唱で魔法が使えるはずです」
全員にかけてから伝えると、目の前に小さな炎が浮かんだ。
「うわ、ほんとにできた。なにこれ。反則じゃん」
「ですよね」
古代魔法については、自分でもそう思う。驚かれてはいるけれど引かれている感じではないのが救いだ。
そっとオスカーと手をつなぐ。
「では、オフェンス王国に向かうので、私かオスカーに触れてください」
反対側の手をリンセとつなぐ。ルーカスはオスカーの服をつかんだ。
「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
移動先は横柄な男と話した建物の前だ。軍部の拠点だという確認がとれている。
すぐ近くに王宮が見える。一度軍部の建物に入って作りを確認してから、王宮に忍びこみ、休憩中の国王に接触する。
中肉中背の中年男だ。服を一般的なものに変えれば、そのあたりにまぎれても気づかれなさそうな容姿をしている。
ルーカスのシナリオ通り、ここではオスカーが厳かに話す。
「我々は神の使いだ」
(ひゃあああっ! イケボ!!)
いつもの彼の声もカッコイイし大好きだけれど、いつも以上の低音もすごくいい。
(って、今はそうじゃないわよね)
がんばって意識を目の前の国王に移す。
「待ってくれ。どこにいる?! 神??!」
国王が驚いたように言った。周りには護衛もいてあたふたしているが、一緒に聞かせるのも予定通りだ。
透明化がかかっていても、姿が見えないだけで音は聞こえるし、存在や気配は消えない。今回の演出にはちょうどいいと言われた。
「見えぬのがその証。女神は裁定された。この国の軍部の愚かな行いに罰を下すと」
「おお! それはありがたい!」
「ついて三つ、汝に問う」
「なんだ……?」
「一、汝は国王として国民の最大幸福に努める意思があろうか」
「当然だ!」
「一、なぜドワーフに呪いをかけたのか」
「なんの話だ? 呪い? そんなものが存在するのか? ……ドワーフに武器を作らせると、軍務卿が言っていたのは聞いている」
「軍務卿キーラン・クルールだな」
「そうだ」
「一、しばし女神の使いが汝に代わることに同意するか」
「しばしとはいつまでだ?」
「数刻ほど。クルールを打ち倒し、その権力を剥奪するまでだ」
「いいだろう! 同意する!」
オスカーが国王に触れて気絶させる。サンダーボルト・スタンの無詠唱だ。
(フローティン・エア。トランスパーレント・カラーレス。リリース)
気絶した国王を浮遊魔法で倒れないようにする。透明化をかけたのと同時に、リンセの魔法で国王の姿に変わったオスカーの透明化を解除した。
入れ替わり完了だ。
国王の姿で護衛たちの前に現れたオスカーが、今度は国王の雰囲気をまねながらシナリオを進める。
「わしは神の使いの力を得た。これより軍務卿キーラン・クルールと決闘する」
これまでのやりとりを聞いていた護衛の騎士が、言われるがままに軍務卿のところに飛んでいく。
本物の国王は透明なまま寝室らしき部屋に運び、毛布で軽く隠して透明化を解いておく。後でオスカーが気絶魔法を解除すれば、再度入れ替わって本物に戻れる形だ。
王宮を出て、軍部との間にある隠れられる路地で、ルーカスとリンセの透明化を解いて別れた。
ホウキに乗り、オフェンス王国の上空へと上がる。
「ラーテ・エクスパンダレ。ヒュージ・ボイス」
この国全体、地割れで区切った範囲を覆うように広域化をかけて、拡声魔法を唱える。すべての国民に声を届けるようにルーカスから言われている。
(私は女神、私は女神……)
演じきれる自信はないけれど、少しでも台本に信憑性を持たせられるように自分に言い聞かせる。
▼ [オスカー] ▼
呼び出したキーラン・クルールを王宮の庭で待つ。向こうが一人で来るかはわからないが、軍部から引きずり出して足止めするのが目的だから、複数で来られても構わない。
呼びに行った護衛が連れてきたのは、先週ドワーフの姿の時に会った、名を名乗らなかった小柄で横柄な男で間違いなかった。
もちろん一人ではない。国王の騎士より屈強そうな男たちが付き従っている。軍部の兵士たちだろう。
クルールと顔を合わせたのと同時に、ジュリアの声が空から響く。
『オフェンス王国の民につぐ』
がんばって重厚に聞こえるように演じている感じだ。
(かわいいな……、って、今はそうじゃない)
セリフはルーカスが練ったものを持たせてある。ジュリアは読み上げるだけだ。
クルールが眉をしかめて空を見上げるが、もちろん、晴れた空以外に見えるものはない。
『我はこの世界を統べし者。汝らの愚かしき行いに罰を下す者なり。
この国を囲いし溝は我が怒りの証。尚も民の幸福より争いを求めし愚かしき者ども。我が裁定を受け入れよ。
我は国王に愚か者を打ち倒す力を授けた。また、これより一時の後、首都の軍部を破壊する。持って神の意志と知れ』
その言葉が終わったのと同時に、自分も国王として台本通りのセリフを告げる。
「そういうことだ、軍務卿。神の加護を得たわしに、お前は勝てない」
「ほざけ。訓練のくの字も知らぬ者が私と決闘? 秒で地に這いつくばらせてくれよう」
(エンハンスド・ホールボディ)
詠唱を声に出す必要がないとはいえ、魔法使いだとわかる魔法を使うわけにはいかない。身体強化は最適解だ。
動きを見る限り、魔法なしでも相手はできそうだと思ったが、ルーカスからは力の差を見せつけるようにとのオーダーだ。
全身強化で速攻をかける。不意打ちに近い形になり、秒で地に這いつくばったのはクルールだった。
「……次は誰だ?」
背を踏みつけて、クルールを取り巻いていた兵士たちに声を向ける。屈強な男たちが息を飲んだ。




