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13 魔法協会について


「クルス氏の話からしようか」


 三人で入ったのは大衆向けの喫茶店だった。前払いで注文して席まで運んでもらえるくらいのランクだ。

 ルーカスが言うには「お嬢様をお連れする場所じゃないけど、今のきみはお嬢様じゃないから、今の格好に合う場所に入ろうか」とのことで、妥当だと思った。


 上流階級向けの飲食店にはドレスコードがある。今日の自分の服では入れない。それに、静かすぎるよりこのくらいガヤガヤしていた方が周りに聞かれる心配が少なくて安心だ。

 オスカーも一緒で気まずくならないかとも思ったけれど、ルーカスが場を引き受けて、軽い雰囲気にしてくれている。


「とりあえず、ジュリアちゃんはどのくらい魔法協会のことを知ってるの? 結構聞いてる?」

「ルーカス、呼び方が気やすすぎないか?」

 オスカーが不機嫌そうに口をはさんだ。

「あはは。ごめんごめん。お嬢さんって呼んだ方がいいかな?」

「えっと……、ジュリアちゃんでお願いします」


 前の時もルーカスからジュリアちゃんと呼ばれていた。お嬢さんと呼ばれる方が落ちつかない。

 ルーカスが勝ち誇った顔でオスカーを見る。

「だって。オスカーが固すぎるんじゃない? 言ってみれば? ジュリアちゃんって。

 ううん、オスカーだとジュリアさん? いっそ呼び捨ての方がしっくりくる気もするけど」


(ちょっと待って……)

 想像するだけで心臓がもたない。

 前の時の彼は、クルス嬢、ジュリアさん、ジュリアという変遷だったか。どれも最初はドキドキが止まらなくて、少しずつ慣れていっていた。が、期間があきすぎて完全にリセットされている気がする。


 オスカーを見ると恥ずかしげに顔を半分隠している。こちらまでもっと恥ずかしくなる。

「あはは。ま、その時が来たらね」

 ルーカスが軽く笑って話を流したところに、店員が飲み物を運んでくる。自分は紅茶、二人は炭酸水のグラスだ。


「で、どう? ジュリアちゃん」

 改めて尋ねられたのは魔法協会についてのことだろう。

「そうですね。一般的な知識くらいなら」

 前置いて、記憶をたどりながら指折り話していく。


「前提として、魔法協会は、魔法と魔法使い関係の全ての業務を担う機関です」

「うん、そうだね」

「中核は三つの業務で、各支部には対応する三つの部門があります。


 まず、魔力開花術式の実施と見習いの研修を軸にした育成部門。魔法使いになるためにみんながお世話になるところですね。

 魔法使い志望者は十六歳の誕生日以降に魔法協会で魔力開花術式を受けて、適正があれば魔法使い見習いになれます。

 ふつうは二年間の見習い期間を経て魔法協会の認定を受け、正式に『魔法使い』と名乗って魔法使いの仕事を一人で受けられるようになります。


 次に、育成した魔法使いの仕事の斡旋と管理をする管理部門。

 魔法使いと職業を繋ぐ役割と、何か問題が起きた時の対処をしています。懲罰の進言やそのための調査、魔法使い関係の事件の捜査や対応も含まれます。


 最後に、魔法使いへの臨時依頼の管理と指名派遣をする臨時依頼部門。

 管理部門が斡旋する仕事は常勤で、こちらは単発のお仕事ですね。窓口があって、一般からの依頼を受けている部門です。

 冒険者協会のクエストシステムに近いでしょうか。


 冒険者協会では冒険者側が受けたい依頼を選びますが、魔法協会では協会側が魔法使いに依頼をふり分けます。もちろん、断ることはできます。

 支部のメンバーが行くこともあれば、登録されているフリーの魔法使いや、内容によっては他で働いている魔法使いが打診されることもあります。

 すぐに解決できない案件は冒険者協会にも掲示される場合があり、共同であたることもあります。


 部門は一応分かれているというくらいで、用件ごとに向いている人や手があいている人が頼まれることも珍しくありません。

 得意な魔法はみんな違うし、育成部門は特に術式をパスする人がいなくて見習いが入らないと暇になるので、かなり臨機応変ですね。

 そんな事情から、小さい支部では育成部門を置かないで魔力開花術式だけを行い、育成部門がある大きな街の支部に見習いを送ることもあります。ホワイトヒル支部はそれを受け入れる側ですね。


 あと、支部が置かれたエリアの安全保障は全員の業務に含まれるので、魔物の襲撃など緊急性がある場合は臨時依頼がなくても対応します。

 支部だけで手に負えない時には近隣支部に協力を依頼したり、中央にヘルプを要請したりすることもありますね。もちろん、逆に依頼されることもあります。冒険者協会と協働することもあれば、領主様が雇っている衛兵と協力することもあります。


 ……という感じだったと思います」


「すごいね。一般的な知識以上だよ。まるで中にいたことがあるみたい」

 ギクッ。

(二十年所属して当たり前になっていたけど、そういえば入る前はどのくらい知っていたかしら……?)

 記憶が遠すぎて思いだせない。ただの誉め言葉として受けとることにする。


「お父さんが持ってる『冠位』については?」


 どこまで話しても疑われないのかを一瞬迷ったけれど、父に関わりがあることをあまり知らないのもおかしい。父を中心に答えることにする。


「中央魔法協会が認定して、魔法卿……、魔法使いのトップから授与される魔法使いの位ですよね。

 位によって決まった色のローブが授与されて……、父は一番下の冠位九位で、白のローブです」


「あはは。一番下でも、冠位っていうだけでめちゃくちゃ凄いんだけどね。

 クルス氏はここホワイトヒルといくつかの街を含めた、ホイットマン男爵領で唯一の冠位だからね。ある意味ではこのあたりで一番偉い人なんだよね」

「そうみたいですね」


 冠位魔法使いになると、住んでいる国の準男爵位が付随してくる。位の高さに関わらず一律なのは、冠位が本人の才能を評価するものであって家系を保証するものではないからだ。一代限りの貴族位として準男爵になっているが、権力的にはもっと高いと言われている。

 クルス家が代々準男爵なのは冠位魔法使いを輩出しているからだ。


「ま、魔法使いには変わり者が多いから、中には本当は受位できるのに受けなかったり、推薦や指名をされても拒否したりする人もいるらしいけど。このあたりだとそのレベルの人も聞かないかな」

「そうなんですね」

 受け流して内心で苦笑する。前の時の自分のことだ。


(ミスリルゴーレムのいらない素材を買い取ってもらおうと思ったのが間違いだったわ……)

 たまにはちょっとだけおいしいものを食べて、少しいい宿でゆっくりしたいと思っただけだった。それなのに、あんな騒ぎになるとは思ってもみなかった。


 持ちこんだのは冒険者協会だ。やたら査定に時間がかかると思っていたらVIPルームに通されて、中央魔法協会から魔法卿付きだという魔法使いが飛んできた。

 打診されたのは冠位二位だ。普段は実務をしなくてもいいから、臨時依頼だけでも受けてほしいと乞われた。


 冠位一位は魔法卿その人だ。世界組織である魔法協会のトップにして最高責任者なため、若いころに才能を見いだされて先代に育てられた人にしかなれない。


 冠位二位は魔法卿に次ぐ地位で、魔法卿候補にならなかった魔法使いが到達できる最高峰と言える。

 なんでも、ミスリルゴーレムが現れるような場所に入れる冒険者や魔法使いは世界でも数えるほどもいない上に、魔法卿でも苦戦する相手なのだそうだ。ミスリル以上の硬度がある物質はなく、魔法耐性も高くてほとんど無効になるため、Sランクの魔物の中でも大変な方に入るらしい。


 確かにたどり着くのには苦労したし、ミスリルゴーレムを倒すのも古代魔法がなかったら面倒だったかもしれない。が、ここまで大騒ぎになることだとは思わなかった。


 受位は拒否した。そんなことに関わっている暇は微塵みじんもなかったし、コントロール下に置こうとする意思が透けて見えていたのもある。

 反省してSランク以上の素材は二度と持ちこまなかったけれど、名前が記録されてしまったようで、何かの素材を売ろうとするたびに説得された。しかたなく、ヒトの街でのたまの贅沢ぜいたくはあきらめるしかなくなったのだった。


「お父さんが支部長なのはもちろん知ってるよね?」

「はい。魔法協会ホワイトヒル支部の支部長ですね」

「うん、そう。全世界に展開している商会の支店長っていう感じかな。その下に三つの部門それぞれの部長がいて、ぼくらは下っ端。

 ちなみにぼくは臨時依頼部門で二年目、オスカーは育成部門の一年目。見習い時代から入れると、オスカーは同じ場所で三年目になるかな」

 よく知っている。前の時はそこでオスカーに出会ったのだ。


 話を振られたオスカーが小さく頷く。

(……好き。……って、そうじゃない)

 オスカーに向いた視線と意識を、がんばってルーカスに戻す。


「街によって支部の規模は違うけど、ぼくらのところは大体いつも二十数人くらいかな。仕事量的に、臨時依頼に対応するぼくのところが一番人数が多いよ。

 ここホワイトヒルは人口四、五千人くらいの、まあ、そこそこな規模の街だよね。男爵領にしては、領主がいる中心都市だとしても大きい方の。

 魔法使いの人数は働ける年代で大体三、四十人で、うち半分くらいが魔法協会に残ってて、残りは他のところで働いてたり、フリーだったりって感じ。


 ホワイトヒルでは毎年七十人くらいが魔力開花術式を受けてて、一年に一人新人が入るか入らないかかな。

 ジュリアちゃんも言っていたみたいに見習いを育てられる人がいない街からも来るんだけど、ここ数年は不作で、オスカーの後輩は入ってない。

 だからけっこう暇で、魔力開花術式を受ける人がいない日はよく他の部門に借りられてるんだよね」

「その情報は要るのか?」


 つい小さく笑ってしまう。

 自分が入った時に支部全体でめちゃくちゃ歓迎されたのは、そんな事情もあったと思う。


「ぼくらの背景はそんな感じ。で、ぼくらの一番上の上司であるクルス氏の話に戻ると、最近ぼくらは困ってるんだよね」

「父に、ですか?」

 父が誰かを困らせているところは想像がつかない。仕事ができる人で、なんでもそつなくこなしていた印象だ。

 不思議に思って小さく首をかしげた。


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