1 ルーカスへの共有とオフェンス王国の今
「ルーカスさんの推察通り、私は伝説上の魔法を発動して、時間を巻き戻してここにいます。そうした理由もわかっているんですよね?」
「うん。オスカーを殺しちゃったから」
端的に言われた言葉に息が止まりそうになった。オスカーが机の下でそっと手を握ってくれる。それだけで呼吸が楽になった。
「……正解です」
「一緒にいたらオスカーや僕を殺しちゃうとしても? って聞かれたからね。ジュリアちゃんが言う呪い? 業? が発動すると、そうなるってことでしょ?」
「……はい」
ぎゅっとオスカーの手を握り返して、一番苦しいところを言葉にしていく。
「オスカーとルーカスさんだけじゃなくて……、父も母も娘も、オスカーの家族も、娘の夫もその家族も……、ウッズハイムの魔法協会のみんなに……、友人や、ヘイグさんも。あの時点で私に近かった人はみんな、いなくなりました」
「え」
ルーカスが珍しく驚いた顔になる。それだけ衝撃的なことなのは間違いない。
「一流の魔法使いがたくさんいたのに、何もできなくて。そもそも魔法が発動しなくて、抵抗できなかったんです」
「あ、ごめん。ぼくが驚いたのはそこじゃなくて。……娘ちゃん?」
自分とオスカーを順に軽く指さされる。改めて聞かれると気恥ずかしい。
「えっと……、はい。夫婦だったので。娘もいて。その時の娘は今の私より年上でした。
……あの子だけはもう、どうあっても取り戻せない覚悟はしています。もしこの先オスカーと一緒に歩けたとしても、きっと、同じ子にはならないので」
「そっか……」
「ヌシ様ぁ……!!」
ユエルがぐすぐすと泣いている。そっと頭を撫でておく。
「今はみんないてくれて、ユエルもいてくれて幸せなので。大丈夫ですよ」
「ヌシ様ぁぁ……!」
「アッチがヌシ様の娘になるニャ!」
「ふふ。リンセも、ありがとうございます」
リンセも撫でると、嬉しそうに猫目を細められた。かわいい。
こんなに暖かい場所にいられる日がまた来るとは思っていなかった。嬉しすぎて涙が浮かんだのをそっとぬぐう。
運ばれてきた食事を食べ始めたところで、ルーカスが続ける。
「発動条件はわかってるの?」
「はい。私がこの上なく幸せになること、です」
「幸せ……?」
「はい。世界の摂理と名乗る声からこう言われました」
『我は汝の祖先に力を授けた代償をもらい受けた』
『汝の祖先グレース・ヘイリー。かの者はこの世界を救うために我と契約をした。最も幸福な子孫の幸福を代償に、ヒトが魔法という力を得る契約を』
『汝の幸福とはそれ即ち汝の大切とする者たちなり』
「なるほどね。だからジュリアちゃんは『幸せになってはいけない業を背負っている』って言ってたんだ」
「はい。正直、今こうしているのも怖くなる時があります。前の時は娘の結婚式でしたが、前の時とは感覚が変わっているから、もっと前に起きてしまう可能性もあるので」
「ひどい話だね。原初の魔法使いをしばきに行きたい」
「え」
「行けないし、返り討ちだろうけどね」
ルーカスがカラカラと笑う。そんなふうに考えたことはなかったから、少し胸がスッキリした。
「ありがとうございます」
「その後の話も聞いていいのかな」
「はい。最初のころのことはモヤがかかっている感じですが……。
ウッズハイムの魔法協会支部が壊滅した上に、ホワイトヒル支部の支部長と部長もいなくなったので、大騒ぎだったかと。
生き残ったのが私だけで、犯人扱いではあったのですが、不可能ではないかと言われて。検死の魔道具が使えるタイムリミットが過ぎてから発見されたから、潔白の証明はされなかったけど、証拠不十分、あるいは心神喪失として、無期活動停止処分になって……。
自分の心情的にもあの町にはいられなくて、しばらくはふらふらとあちこちを流れて。
死者蘇生の魔法を探すようになって。けど、成功例はなくて。わらにもすがように探し回っている中で、時間を戻す、伝説の古代魔法に行き当たったんです」
「それを現実にしてここにいるってことだね」
「はい。そこからの補助アイテム集めが長かったですが。魔法を探す間にほとんどの現代魔法には目を通していて、アイテムを集めている時に古代魔法を覚えた感じです」
「さすがジュリアちゃんだね」
「そんなことはないかと」
「普通はどこかで、そんなことはできないってあきらめるんじゃないかな。ただの伝説だって」
「どうしてもあきらめられなかったので」
「うん。きみがオスカーをあきらめられなかったから、ついでにぼくらも助かったんだね。
そりゃあ、最初からオスカーが好きすぎるわけだ。オスカーのために伝説を現実にして世界をひっくり返したんだから」
「改めてそんなふうに言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいので勘弁してください……」
「もしかして、というか、多分そうなんだろうけど。ジュリアちゃん、ワイバーン治して逃した?」
「ううっ……。それ、オスカーにも気づかれたんです……」
「材料さえ揃えば難しい推理じゃないからね」
そう言ってルーカスが笑う。ただの確認で、責められる感じではないようだ。オスカーと同じくらい味方でいてくれるように感じて安心した。
「解呪はできなかったみたいだけど、当てがあるっていうのは?」
そのあたりを自分はルーカスに言っていないけれど、オスカーが話したのだろう。
「補助アイテム集めをしている時に、いくつかの伝説に出会っていて。世界の摂理に会って契約を解除してもらう方法がないかを聞いて回るつもりでいます。
今回、オフェンス王国に関わったのもその延長で」
ドワーフに会いに行ったこと、長老が呪いを受けたいきさつ、オフェンス王国に話を聞きに行ったことをルーカスに伝える。
「国境を割ったのはルーカスさんの予想通りです。隣の国とのいざこざで軍事力が必要で、国民の生活も圧迫されているなら、軍事力が要らない状態にしてしまおう、と」
「なるほど、ジュリアちゃんらしい考えだね」
「そうなんですかね……」
「で、ぼくが情報を得られる範囲で最近の状況を調べておいたんだけど。オフェンス王国、今、どうなってると思う?」
「軍事力の意味がなくなったから、平和になってるといいなと思います」
「残念だけど、内乱中だよ」
「え……」
「軍事力は必要なくなったからと、今まで圧迫されていた王権派が軍部を解体しようとして、それに抵抗した軍部が抗争を起こし、どちらが政権をとるかで全国的に二勢力が対立してるって。
今のところは軍部が優勢で、王権派が制圧される未来は遠くないって言われてる」
「軍事力はもう必要ないのに……?」
「ジュリアちゃん、既得権益って知ってる? 自分が既に手に入れているもの、権力や利益を、人は簡単には手放せない。奪われそうになったら抵抗する。そんな単純な話だよ」
「そういうものなんですね……」
「ぼくがきみたちの手にはおえないって思った理由、わかった?」
「……はい。すみません」
ルーカスが調べてくれていなかったら、何も考えないで様子を見に行って右往左往していたところだ。頭が下がる。
「そんなわけだから、今回の案件だけでも、ぼくを参謀に加えない?」
「お願いします。今回だけと言わず」
「ああ。心強い」
「うん」
ルーカスが満足そうに笑う。嬉しそうにも見える。
「じゃあ、とりあえず。ジュリアちゃん、神になろうか」
「……はい?」
ルーカスは唐突に何を言いだしたのか。ものすごく意味不明だ。クロノハック山のヌシですら身に余るのに、神とはどういうことなのか。
昼食の時間だけでは足りず、その日の夕方と土曜の朝にも細かいすり合わせをして、参謀ルーカスが立てた作戦を決行することになった。




