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48 ルーカスがなかまになりたそうにこちらをみている


 金曜日午前の研修が終わり、あとは午後に今週分の外部研修記録をまとめれば一週間が終わる。

(明日、どうなっているかしら)

 オフェンス王国の様子は、その後、入ってきていない。心配しながら、オスカーと昼食に行こうとした時、魔法協会を出たところで呼び止められた。


「来ちゃったニャ」

 てへぺろっとリンセが笑う。七、八歳くらいの女の子の姿だ。リンセの頭の上に乗ってきたユエルが肩に移動してくる。


「……え、二人の隠し子?」

 通りがかりのルーカスが冗談めかして言った。

「明らかに年齢が合わないだろう」

「一週間預かっていた親戚の子です」

「へえ? ジュリアちゃん以外でユエルをカゴなしで運べる人がいるのは意外だな」

 ギクリ。ルーカスとあまり話すと色々見抜かれそうなのが怖い。隠し事をするのに一番向かない相手だ。

 聞かなかったことにして、リンセに用件を尋ねる。


「リンセ、どうしたのですか?」

「明日には帰る予定ニャ? 今日のお昼はみんなで食べたいのニャ」

「オスカーはそれでいいですか?」

「もちろんだ」

「なんかおもしろそうだからぼくも混ぜてよ」

 ルーカスに言われて、どうしたものかとオスカーを見ると、同じことを思ったのか視線が絡んだ。


「いや、二人で目で会話するくらいイヤなの? 最近ずっと仲間はずれで寂しいんだけど?」

「イヤではないのですが。リンセが帰ってから、来週じゃダメですか?」

「むしろリンセちゃんがいるから、二人の時間を邪魔しないんじゃないかっていう気の遣い方をしたんだけど」

「ああ……、まあ、ルーカスならいいんじゃないか?」

「そうですか? あなたがそう言うなら」

 ルーカスだから心配なのだけど、オスカーがいいと言うのには根拠があるのだろうと思う。


「じゃあ、みんなで行ける店にしましょう。ユエルがいるので、使い魔オーケーのお店か、テラス席があるお店ですね」

「テラス席はさすがに寒いんじゃない? オスカーとジュリアちゃんはホットローブだからいいんだろうけど」

「じゃあ、ユエル連れでよく行く、使い魔オーケーで個室があるお店にしましょうか。食事は大衆向けですが」

「全然オーケー」

「おいしいお肉があるならどこでもいいのニャ」

「お肉はおいしいと思います。オシャレではないですが」

「見た目はまったく気にしないニャ」


 みんなでいつもの店に向かう。

「リンセ、ホワイトヒル観光は楽しめましたか?」

「楽しかったのニャ! 新鮮なことばっかりだし、見たことないものばっかりだし、おいしいものばっかりだったのニャ」

「満喫できたみたいなら何よりです」

「ニンゲンの街ってすごいのニャ」

 びっくりして、ちらりとルーカスの様子を伺う。オスカーと話しながら後ろを歩いていて、特に驚いた様子はない。聞こえていなければいいと思う。


 店に入って、リンセの分はオススメでと言われたから肉が多めのランチを頼んだ。

「とりあえず、ぼくは二人の味方って認識されてると思ってもいい?」

 ルーカスから聞かれて、すぐには答えられない。そうだとは思うけれど、そう言われた後に何が続くのかが読めなすぎる。

 答えたのはオスカーだ。

「ああ、問題ない」

「うん。ぼくはきみたちの味方でいるつもりだから、ジュリアちゃんもその前提で聞いて?」

「……わかりました」


「まず、ぼくが認識してることを話しておくね。どこまで話せるかはそれを聞いてから判断してもらっていいし、それでも話したくないことは伏せてもらっていい。

 まあ、ちょっと心配なのもあって、ってくらいに聞いてほしい」

「わかりました」

「うん。そう言っても、ジュリアちゃんからリンセちゃんがいない場でって言われないのは、リンセちゃんが親戚じゃなくて、ぼくが知らされていないことも知ってる……、きみたちが巻きこまれている何かの関係者、で、あってる?」

「……はい」

 話を振った時点で、ルーカスはそれも確かめるつもりだったのだろう。ほんの僅かな反応の違いで事実を探りあてられる気がする。ルーカスを苦手だと言う人たちが感じる怖さがわかる。

 味方だという前提をどこまで信じていいのか。それによってだいぶ変わる気がする。


「さっきの話だと、そもそもヒトでもないのかもしれないけど。とすると、化けられる魔物なのかなと思うけど。まあ、そのへんは本題には関係ないから気にしないで」

(聞こえててあの場はスルーしてたんだ……)

 こちらの顔色を簡単に読むルーカスは、本人が出そうとしないことは態度に出ない。ポーカーをさせたら天才的かもしれない。

「リンセちゃんもいるところで話していいっていうのが確認できたところで、ぼくが知ってる前提の話ね。これは確認じゃなくて、ぼくの中では確定事項だから、正解かどうかは答えなくていいよ」

 何を言われるのかがまったくわからない。ごくりと息を呑む。


「まあ、オスカーはぼくが気づいてるのに気づいてるだろうけど。ジュリアちゃんは驚かないで聞いてね。

 ジュリアちゃんは、空間転移が使える、クルス氏よりも上位の魔法使いだよね」


 飛びあがりそうになるくらい驚いた。心臓が縮みあがる。

 ルーカスは彼の中では確定事項だと言った。否定する意味はないのだろう。なら、言うべきはひとつしかない。

「なんで……」

「その質問には答えておこうかな。領主邸できみとオスカーが姿を消したことの説明が、それでしかつかないから」

「っ……」

 あの時、一番近くにいたのはルーカスだ。否定できる材料がない。


「安心してね。きみたちが戻る前にクルス氏には仮説として話しちゃったんだけど、ありえないって一蹴されてるから。あの時のジュリアちゃんはまだ魔力開花術式すら受けていなかったしね」

「……ルーカスさんは、ありえないとは思わなかったんですか?」

「それ以外ありえない状況じゃなかったら、そう思ったかもしれないね。

 けど、あの場で敵がきみたち二人を連れていく方がもっとありえないでしょ? その余裕があるならターゲットを仕留めるか、連れて行ってる。なら、前提とか先入観が間違ってることになる。

 仮説が確信になったのは、瀕死だったはずのオスカーが無傷できみを連れて帰ってきた時。普通なら助からないような魔法の直撃をきみが治した。そこまでわかってたから、ぼくは証言に、防御魔法が間に合っていたかもって加えたんだ」


『ぼくはきみたちの味方』。そう言ったルーカスの言葉に現実味を感じた。

 あの後、オスカーとルーカスで口裏を合わせてくれたのだろうとは思っていたけれど、そこまで気づかれているとは思っていなかった。

 もうだいぶ前、オスカーに話したのと同じ時期から、実は秘密を共有していたことになる。


「こっちはただの仮説だけど。ぼくの中ではほとんど確信を持ってる仮説かな。

 きみが術式の前から魔法を使える、クルス氏以上の魔法使いなのは、伝説の魔法を発動させて時間を戻ってきたからなんじゃないかな」

 心臓がひっくり返るかと思った。

「……いつからそう思っていたんですか?」

「もっと長く生きてこの時間に戻ってきたみたいって感じたのは、最初に会った日だよ。オスカーには言ったと思うけど」

「ああ、そうだったな」

「確信に近い仮説になったのは、上位の魔法使いだって確信したのと同時。じゃないと説明がつかないからね。

 十六より前に親に知られないで、術式も受けないで、上位魔法が使える事実が目の前にあったら、ありえないことの方がありえるでしょ?」


(最初に会った日にもう勘づかれていたなんて……)

 どくしんのルーカス。そのすごさは知っているつもりだったけれど、想像をはるかに超えていた。言葉が見つからない。

「時間を戻ってきた理由もわかるけど、それはジュリアちゃんが話したい時でいいよ。今日ぼくが話したいことともズレるしね」

 ルーカスが笑って言ってから、すっと声を低くした。


「ここからが本題。オフェンス王国の地割れの件、あれ、ジュリアちゃんでしょ」


 あっけにとられるというのを体感した。何がどうなってルーカスの中でその結論が出たのかがわからない。

「なんで……?」

「クルス氏がその話をした時に明らかに動揺して、結論聞いてホッとしてたから」

(そんなに顔に出てた……?)

 一瞬そう思って、それから、そばにいたのがルーカスだから気づかれたのだろうと訂正した。


「それからここ数日、考えてたんだ。きみたちはどっちも……、言い方を選ばなければ、脳筋だ。パワーで押して解決するタイプ。政治的なセンスはない。

 ジュリアちゃんは素直で、人の裏を読むのが苦手だ。オスカーも、バート・ショーみたいな絡め手でくるタイプは苦手でしょ? フィン様との決闘みたいな解決の方が楽だと思うタイプ。

 で、二人が政治的なことに巻きこまれたらどうなるか。それを物理で解決しようとした結果がアレなんじゃないかって思うとしっくりくるんだよね。

 普通に考えてできるかできないかとか、魔法使いとして不可能だとかっていう先入観を取り払ったら、その結論しかない」


「……その結論が本当だとしても、味方でいてくれる、ということですか?」

「うん。だから、今日この話をしてるんだ。きみたちは平日は仕事で動けないでしょ? 動くなら明日か明後日。土曜日にデートしてるみたいだから、多分、明日。

 これまでも、どこで何してんのって思ったことはあったけどスルーしてたのは、きみたちだけで解決できること、あるいは解決済だろうと思ってたからで。けど、今回は毛色が違うんじゃない?

 バカップルを生暖かく見守りたい兄貴分としては非常に心配なわけ」

 そこまで聞いて、なぜ今日やや強引についてきたのかも理解した。「ぼくはきみたちの味方でいるつもり」ーーその言葉が、じわじわとありがたくなってくる。


 オスカーを見やると目が合って、ひとつ頷かれる。領主邸の一件で直接話した彼の方が、先にルーカスを信頼していたのだろう。

「……ありがとうございます、ルーカスさん。ルーカスさんの仮説は全部、正解です。脱帽です。

 オスカーに話していることを、ルーカスさんにも知ってもらっていいですか? 荒唐無稽な話なのですが」

「ぼくの仮説も確信も、ありえないを取りはらった先にあるからね。オスカーは信じたんでしょ? オスカーより頭が固いつもりはないよ」

「ふふ」

 隣のオスカーが不本意そうだけど、ルーカスの言う通りだとは思う。


「これから話すことはリンセやユエルも知らないので……、ついでなのでユエルにも聞いてもらいますね。オムニ・コムニカチオ」

「ヌシ様! ヌシ様、ヌシ様ーっ!」


「……え、待って。何、今の魔法」

 ルーカスがものすごく驚いている。初めて見る顔だ。ちょっとおもしろい。

「何って、普通の古代魔法ですよ?」

「古代魔法っていう時点で普通じゃないからね?!」


第3章、事件は途中ですが、ルーカスが仲間になったところで完結としました。


挿絵(By みてみん)



ドワーフ&オフェンス王国編の結末、バートのたくらみ、存在だけは出ていた新キャラ登場、そして相変わらず隙あらばイチャイチャするバカップルを、第4章も引き続きお楽しみいただけると嬉しいです。



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