45 ドワーフとしてオフェンス王国と交渉する
「運んでもらえることになったのは助かったな」
「うむ」
衛兵もいるから演技をしたまま頷いた。オスカーを相手にこの口調は笑いそうになるけれど、必死にがんばる。
(ボロが出ないように、あまり話さない方がいいかしら)
閉鎖的な空間で、視界がいいとは言えない。馬車の後ろの方、衛兵の間からわずかに外が見えるだけだ。
その範囲でしかわからないが、行き交う人たちはあまり裕福そうにも幸福そうにも見えない。つぎをあてたコートを着ている人も少なくない。表情も暗い気がする。ホワイトヒルでは見たことがないような雰囲気だ。
前の時に見聞きしたことが思いだされてくる。
(そういえば……、膨れあがった軍事費が国民の生活を圧迫してるとかなんとか、そういう感じの国だった気がする)
数十年後に来た時はもっと荒んでいた印象だ。それで早々に退散したのだったか。
魔法協会は軍部との折り合いが悪くて撤退していたと思う。それが今の時点より前なのか後なのかはわからないが。
「着いたぞ。降りろ」
衛兵に挟まれたまま馬車を降りる。真新しい立派な建物だ。なのに、重苦しい圧迫感がある。
「よく来た、ドワーフたち」
小柄なのに横柄そうな中年男が、屈強な兵士を何人も従えて出迎えた。頭の上はシマシマだが、老人というほどシワは深くない。驚くほどに姿勢がいい。背中に定規でも入っているかのようだ。
(そういえば偽名を打ち合わせていなかったわね……)
聞かれたらなんと名乗ろうかと考えながら、兵士たちに囲まれて中に通されていく。
大きなテーブルが真ん中にある広い部屋だ。いくつもあるイスに、固まって並んで座った。兵士たちに後ろに立たれ、落ちつかない。
テーブルの幅だけ、数メートルの距離を置いた向かいに男が座る。
「軍備を作る気になった、ということでいいか?」
挨拶もそれぞれの紹介もなく、本題を切りだされる。態度も威圧的で、決して友好的とは言えない。
負けないようにぐっと気を張った。
「その前に聞きたいことがある」
「ほう?」
「長老本人は死を覚悟して、絶対に受けるなと言っている。が、ワシら下はみな、死なせたくない。
返答次第では長老を説得するなり、長老に気づかれないようにするなりで、要望を叶えられるように立ち回ろうと思っている」
「なるほど? で、聞きたいこととは?」
「そもそもなぜ、そこまでの軍備を必要としておるのか」
「まあ、そのくらいなら教えてやろう。国際的な公然の事実だからな。
この国は東側で、ひとつの大国と接している。そことの国境線では古くから小競り合いが続いていて、隙を見せればそのままその国に併呑されかねない。
大事なのは如何にして、手出しをすると損すると相手に思わせるかだ。そのためには圧倒的な軍事力が要る」
「これまでのやり方ではなく、ワシらに目をつけたのは?」
「ドワーフ製のものは人が作ったものよりも大幅に性能がいいと知られている。そうとわかる仕様で軍備として揃えられれば、それだけで牽制になる」
「ふむ」
この国としては必要なことなのだろうと思うけれど、ドワーフに迫った手段がいただけない。
前の時、数十年後もこの国はなくなっていなかった。ドワーフたちが依頼を受けなくても、他の手段を講じるなりで問題はないはずだ。
ただ、国自体はどんどん貧しくなっていったようだが。それはそれで、放置するのは気持ち悪い。
「……要は、東の大国との国境線が侵されなくなれば、ワシらの装備も、膨大な軍事費も要らなくなる、ということでよいか?」
「どういう意味だ?」
「時間がほしい。長老の呪いを一時的に止めることは?」
「できないな。生産を始めたら解呪させる」
「もう一刻の猶予もない状態だ。一度解呪し、場合によっては再度呪いをかけるというのは?」
「できないな。生産が先だ」
「長老が亡くなれば、ワシらは絶対に作らぬが?」
「その時はその時だ」
「……わかった」
「生産を始めるか?」
「今日の話はここまでだ。また来る」
「なんだ、そんな悠長なことを言っていいのか? 長老はもう一刻の猶予もないんだろ?」
「それはそちらにも猶予がないのと同義だ」
立ち上がって出口を向いた途端、兵士たちから剣を向けられる。
「イエスと言うまでお前たちをここから出さないことも、イエスと言うまで拷問することもできるが?」
両側にいる、オスカーとリンセに素早く触れた。
(テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション)
空間転移を心の中で唱え、その場を後にする。
事前に無詠唱魔法をかけておいてよかった。相手には魔法を使ったことすらわからないはずだ。
▼ [キーラン・クルール] ▼
「……は?」
突然、ドワーフ三匹が目の前から消えた。
「なんだ、何が起きた」
その場にいた全員が首を横に振る。
「魔法か……?」
他には考えられないが、姿を消す魔法なんて聞いたことがない。詠唱する声もしなかった。しかも、ドワーフは魔法が使えるほどの魔力がない種族だったはずだ。
「あいつに聞いてみるか」
部屋を後にして、軍部の地下へと向かう。地下は軍務違反者や思想犯を収納できる反省室や独房などがあるエリアだ。
隔離された一室の、会話用の小窓を開けた。
「魔法使い。調子はどうだ?」
「最悪だな」
もじゃっとした髪に顔が覆われた、線が細い男が吐き捨てるように答える。
「そう言うな。お前の献身のおかげで妻子は元気に生きている」
「外道め」
「お前に聞きたいことがあって来た」
「呪いはちゃんとかけている。もう長くないはずだ」
「使いのドワーフもそう言っていた」
「ドワーフが来たのか? 軍備を作ると?」
「期待したところ悪いが、前者はイエスで後者はノーだ」
「来たのに、逃したのか? お前が?」
「そのことを聞きに来た。急に姿が消える魔法はあるか?」
「思いつくものは二つ。ただ、オレは使える人を知らないくらい珍しいし、そもそそもドワーフの魔力では使えないはずだ。あいつらには魔道具師程度の魔力しかないからな」
「なら、どう説明する?」
「魔道具なら可能かもしれない。が、オレは魔道具には詳しくない」
「なるほど?」
「ドワーフの件が片づいたら解放されるんだろ?」
「そう願っていろ」
チッと舌打ちが響いてきた。小窓を閉め、その場を離れる。
この男には利用価値があり、人質がいる分、使い勝手もいい。今回の件が片づいても手放さずに置いておきたいものだ。外に出すとわずかな隙でどんな手を講じられるかわからないから、飼ったままにしたい。
魔法の研究をしていた魔法使いだ。魔力自体は高くないらしいが、知識はある。
元々は国境対策に取り入れるために軍部の所属になる話を持ちこんでいたが、頑なに断られた。そのタイミングでドワーフたちの問題も浮かびあがり、命じればいつでも奪える妻子の命を盾に呪いの魔法を使わせた。
(ドワーフどもめ。すぐに命乞いに来ると思っていたが、今更、しかも「そちらにも猶予がないのと同義」だと? 次に会ったらどちらが飼い主かを教えてやらねばな)
そのためにも、姿を消した謎は解いておかないといけない。
問題が問題を呼び、問題が山積みだ。いい加減にしてほしい。




