44 オフェンス王国のドワーフの扱い
セノーテで魔力を回復してから、バケリンクスのリンセが住んでいるエリアに行き、呼んで事情を話した。
「ひどい話ニャ」
かわいい猫口をとがらせるリンセがかわいい。
「喜んで協力するニャ。けど、アッチも一緒に行く必要があるのニャ。アッチからあまり離れると、アッチの術の効果が切れるのニャ」
「一緒に来てもらってもいいんですか?」
「もちろんニャ」
「あ、でも、ドワーフがバケリンクスを連れているのはどうなんでしょう」
「なくはない、のか? ジャイアントモールも使役していたしな」
「この姿だと魔法に気づかれる可能性があるのニャ。アッチもドワーフとしてついて行ってもいいニャ? ヌシ様の魔法があれば話せるし、なるべく話さないで大人しくするのニャ」
「そうですね。その方がムリがないかと」
自分たちに翻訳魔法がかかっていたからそのまま話していたが、リンセにもかけておく。
リンセの魔法で全員揃ってドワーフの姿になる。
「……ヒゲモジャなの、すごく違和感があるのですが」
「ドワーフは女性もヒゲモジャなのニャ」
「え、そうなんですか?」
「男性しかいないのかと思ったが。混ざっていたのか?」
「アッチもくわしくはないけど、女性もヒゲが立派な方がモテたはずニャ」
「そうなんですね」
前の時にはかなり長く一緒にいたはずなのに、初めて知る衝撃の事実だ。鳥が飾り羽根を見せあうようなものなのだろうか。
「ちなみに、リンセはもし戦いになった場合、戦えたりしますか?」
「ひっかくくらいはできるニャ。けど、魔獣の中だと弱い方ニャ。代わりに、素早く逃げて、襲われないものに化けるのニャ」
「なるほど。わかりました。もしもの時には逃げる方に全振りしましょう」
「助かるニャ」
「自分も賛成だ」
「念のために無詠唱魔法をかけておきますね。ノーン・インセンテティオ」
全員に、魔法を無詠唱で発動させられるようになる魔法をかけておく。ドワーフは魔法が使えないはずだから、魔法が必要になった場合も詠唱を聞かれない方がいいだろう。
「では、オフェンス王国の首都へ」
「ああ」
「ニャ!」
空間転移で来れたのは、首都の外れにある裏路地の一角だ。辛うじて、前の時に来たことがあるのを覚えていた。王宮や軍部まではかなり距離があるはずだ。
「すみません、直接近くまで行けなくて」
「いや、ここまで来られたなら十分だ」
「まずは向かう場所をちゃんと確認しないとですね。この姿だとホウキに乗れないし、結構不便かもしれません」
辺りを見回して、まずは人の気配がある方を探す。この街の記憶はほとんどない。
「随分、建物が古いんだな」
「そうですね。修理や建て直しをした方がよさそうなのも、ちらほらありますね」
人通りがあるところに出ると、すぐに人々がざわめいた。そう経たずに衛兵がとんでくる。
「魔物め! どうやって首都に侵入した!」
(あー……、そういう国だっけ)
ドワーフを魔物として扱うのか、半分ヒトとして扱うのか、ヒトと同等に扱うのかは国や地域や人による。こういうお国柄なら、最初に交渉しただけマシなのかもしれない。
「わしらは軍部のクルール氏を訪ねて、ドワーフの里から来たのじゃ。取次を願いたいのじゃが」
長老をイメージして、がんばって演じてみる。
「随分流暢に話すドワーフだな」
「ヒト語が得意だから使いとして立てられたのじゃ」
オスカーが作ってくれた設定を答える。
「確認はとるが、魔物用の牢には入ってもらう」
隣のオスカーがピリッとした。
「元はこの国からの依頼の話に来たんだ。客人とまではいかなくても、魔物待遇というのは頷けない」
「そういう規則だ」
「なら、交渉前に交渉決裂だ。我らの武器と防具を買いたいという話、末端の判断で泡にしていいのか」
「……確認をとる。それまでは屯所の部屋で大人しくしていてもらう」
「まあ、いいだろう」
三人揃って屯所の部屋に押しこめられる。
前にオスカーと待たされたホワイトヒルの屯所は白い壁で明るく清潔感がある場所だったが、この国のは石の壁で冷たく暗く、重苦しい。
「ほとんど牢屋だな」
「まあ、魔物用の檻よりは」
「だな。魔法封じがかかった檻だと困ると思ったから、少しがんばった」
「ありがとうございます」
魔物用の檻には、魔法封じが付与されたものもある。値段が高くなるから比率は低いけれど、警戒するに越したことはない。
魔法を封じられる場所は通常、魔法協会の管轄にしかないから、屯所にある人間用の場所なら安心だ。
「オフェンス王国には初めて来たが。あまり相性はよくなさそうだ」
「はい。私も好きではないです」
「自国とは隣接していなかったと思ったが」
「はい。私たちのディーヴァ王国とは、間に他の国を挟んでいたかと」
オスカーとすり合わせながら思いだしていく。遠い昔に家庭教師から習った地理はほとんど忘れている。記憶に残っているのは、あちこち行っていた時の体験によるものだ。
「国土はディーヴァ王国より少し小さめで、生活の基盤は農業よりも畜産寄り。これといった特徴はない国だった気がします」
「ああ。観光名所や、有名なものの産出などはなかったように思う」
「前の時に軍備を整えて戦争をしたという話は聞かなかったと思うのですが。意図して情報を取っていたわけではないので、確証はないです」
「ドワーフから武器や防具を買えなくてあきらめた可能性はあるな」
「前の時、ニャ?」
「……あ」
もう一人と言うべきか、一匹と言うべきか。リンセもいたのを忘れていた。
「ヌシ様は魂が複数あるのニャ? ならアッチたちと同じニャ」
「え、バケリンクスには魂が複数あるんですか?」
「そうニャ。長く生きるほど分裂して、多くて九まで増えるのニャ。死んでも、魂がスペアと変わると生き返るのニャ」
「前の魂の時を、前の時って呼ぶんですね」
「そうニャ。あっちは今、二つ目の魂ニャ。アッチの中には三つあるニャ」
「死んだと思っていたバケリンクスが実は生きていた、という怪談は聞くが。そんなカラクリがあったんだな」
リンセが勘違いして、話が流れてくれてよかった。リンセに知られて困ることはないだろうけれど、今は話す余裕がない。
ドアの外に人の気配がして、全員が一斉に口を閉じる。
「確認が取れた。今から軍部に連れていく」
「うむ」
(で、いいのかしら?)
クロノハック山で魔法卿を前に老エルフを演じた時はぐだぐだだったけれど、今は様になっている気がする。具体的に思い描ける相手がいると楽だ。
ホロつきの荷車型の馬車に全員乗せられ、衛兵も二人乗りこんできた。罪人として移送されている気分だ。
馬車を引く馬の姿が自国とは違う。太って見える、毛が長い、ずんぐりむっくりした馬だ。大分北に来ているからかもしれない。
(ホットローブごと姿を変えてもらえてよかった……)
気温は自国の真冬より少し寒いくらいだ。オスカー共々、ホットローブのお世話になっていなかったら温度調整の魔法が必須だったと思う。
バケリンクスは比較的寒い山の中腹に住む魔物だからか、リンセが気温を気にした様子はない。
ガラガラと音を立てて、あまり平らではない道を移送されていく。




