43 呪いをかけてきた〝人間の国〟のこと
隠れ里にいるドワーフに召集がかかって、わらわらと集まってきた。
「ここにおわせられるのは、我らが救世主、ジュリア・クルス様とオスカー・ウォード様だ。みな、よく顔を覚え、協力するように」
大層な紹介をされていたたまれない。
「自分はまだ何もしていないのだが」
オスカーも小声でそんなことを呟いて、どこか落ちつかなさそうだ。
「私が今笑っていられるのは、あなたの功績ですよ」
こそっと耳打ちしておく。ちょっと嬉しそうに見えるのが嬉しい。
「この二樽は二人からの酒だ。ありがたく飲むように」
「おおおおっ!」
野太い歓声が上がる。思い思いに入れ物を持ってきてよそっていくが、ひとつひとつがウィスキーのボトルより大きい。あっという間に二樽分が完売だ。
「こらこら、みな取りすぎじゃ。客人たちの分がなくなったじゃろう」
「あ、いえ。私は飲めないので。みなさんで飲んでください」
「自分も、先程済ませた毒味分以外は遠慮しておく」
話す間に「うまい!」「生き返る!」という声が聞こえてくる。もうピリピリした感じはしない。少しホッとした。
座らされた席の前に、干し肉を中心とした食べ物が運ばれてくる。
「せめて食事は、どうぞおとりください」
「ありがとうございます」
「ありがたく」
ちょうど昼食時くらいだろうか。お腹がすいてきた。出してもらったものを食べながら、オスカーと相談することにする。
「どうするのがいいのでしょうか」
「呪いの魔法は、解呪すると術者に伝わるのか?」
「その時によります。回復や解呪を阻止する呪文を組みこむことができるのと同じように、回復や解呪がされた時に知れる呪文を組みこめるので、それを入れているかどうかですね。
対象者が亡くなったかを知れるようにもできます。予定より長く生きるだけで回復が知られる可能性もあります」
「すべては術者次第、ということか?」
「はい。その術者の力量にもよりますし。どのくらいのものがかかっているのかは、私にはなんとも」
「ギルバート・ブロンソン氏に見てもらった方がいいだろうか」
「それも手段のひとつかと思うのですが、連絡はつくのでしょうか」
「師匠に頼めば、おそらく」
「その場合、色々と状況の説明が難しいんですよね。少なくともブロンソンさんには、空間転移が使えることを話さないと連れて来られないですし」
「それは問題ないのでは? ブロンソン氏には、ジュリアが規格外なことは既に見抜かれているだろう?」
「まあ、それもそうですが。ブロンソンさん、冒険者ですよね。ドワーフの武器と防具のオーダーメイド権で来てくれると思いますか?」
オスカーがちょっとしゅんとした。
「あ、いえ、あなたの分を譲るという話ではなく。ドワーフたちにお願いすれば、もう一人分くらいいけないかなと」
「……そうだな。格闘家だと言っていたし、服も薄着だったから、どこまで必要とするかはわからないが」
補足したら立ち直った。
(そこまで楽しみにしてたの?)
ちょっとかわいい。
「解呪できて、相手にも知られないなら、それもひとつの解決だとは思うのですが。正直、釈然とはしません……」
「そうだな」
「けど……、さっきはそんな酷いことをする人はみんな死んじゃえって思ったけど、冷静になるとそれも抵抗があって」
「それは大事な感覚だと思う」
「何が正解なのかはわからないけど、二度とこんなことをしないようにはしたいです」
「ああ。その手段を探してみるのがいいだろう」
話の方向性がまとまったところで、ドワーフたちに向き直る。
「長老様、ギブロンさん」
「なんじゃ?」
「その人間の国のことを、わかる範囲で教えてもらえますか?」
「うむ」
長老とギブロンが顔を見合わせて、長老が話し始める。
「モノリス山の鍛冶場に依頼が来たのは二月ほど前じゃ。
オフェンス王国の軍部の者で、軍務卿キーラン・クルールからの依頼だと言っておった。
個人で使うこだわりのものではなく、汎用性があり強力なものを大量に、という依頼で、規模の大きさからワシらのところに伺いが来たんじゃ。
その場でみなで話しあった結果、断ることにした。
理由は大きく二つ。ワシらはニンゲンの国の勢力争いには巻きこまれたくない。それと、そんなものを作ることにはまったく魅力を感じない」
(前者も大事なのだろうけど、後者の方が大きい気がするわね……)
作るのがおもしろそうなら、ドワーフたちは作ってしまいそうな気がする。
「それからしばらくはしつこく交渉に来たそうじゃ。金額を引き上げられたり、色々な融通を加えられたり。一応耳には入れておったが、最初の決定を覆す理由になるものはなかったんじゃ」
「なるほど。それで、向こうが長老様を呪うなんていう強硬手段に出てきたんですね」
「うむ」
「向こうの内部状況を知りたいところですが……」
「すまぬが、そのあたりはワシらにはさっぱりじゃ」
「うーん……、冒険者協会で情報を買ったとしても、表面的なものにとどまりますものね。直接、依頼者に話を聞けるのが一番だと思うのですが」
「クロノハック山のバケリンクスに頼んで、ドワーフにしてもらうのはどうだろうか」
「ドワーフに、ですか?」
「ああ。人語が得意なドワーフで交渉役に選ばれた、長老の命が尽きそうだから話をしに来た、なんとか助けたい。そう言えば、向こうの担当者に会えると思う」
「……オスカー、天才ですか?」
「ただ、危険は大きい。もし実行するなら、ふたつ条件がある」
「なんでしょう」
「必ず自分も連れていくこと。ジュリア自身の安全を第一にして、少しでも危険がありそうならすぐに撤退すること、だ」
「わかりました」
どちらも心配してくれてのことなのがわかるから、飲まない理由はない。
「長老様、ギブロンさん。私たちが交渉役として行ってみてもいいでしょうか。もちろん、みなさんの不利になるようなことはしません」
「むしろ、よいのか?」
「はい。ここまで知って放っておくのも気持ち悪いので。もし向こうの魔法使いが長老様の回復に気づいていて、少しでも疑われたらすぐ戻るつもりなので、あまり期待はしないでください」
「いや、元々は回復魔法でいくらか延命ができれば御の字だと思っていた。それ以上を考えてもらえるだけで、ワシらとしては頭が下がる」
「ジュリアは、今日これから行けそうか? 魔力的に後日がいいだろうか」
「クロノハック山に行くなら、セノーテで魔力を回復させてもらえたらと。これから行ってしまいましょう」
「わかった」
「長老様、ゼブロンさん。私たちが来る時には、空間転移で直接ここまで来てもいいですか? 入り口を通って、トンネルを移動してくると結構時間がかかってしまうので」
「もちろんじゃ」
「君たちなら問題ない。みなにも顔を覚えてもらったしな」
「ありがとうございます」
用意された分の昼食を食べ終えると、かなりお腹いっぱいだ。ドワーフたちは自分よりよく食べるのだったか。
「では、行きましょうか」
「ああ」
オスカーに手を差しだす。重ねられた手をしっかりと握って、クロノハック山へと向かった。




