42 滅ぼしてきます
「ドワーフたち」
オスカーが怒りを含んだ低い声で呼び、ゆっくりとドワーフを見回していく。
「何を隠している? 長老はなぜ呪いを受けている? 呪いと知っていて黙って治療させたのか? 回復魔法をかけるだけでも危険な場合があるのに?」
(……一歩間違ったら私も危なかったかもしれないからだ)
呪いには色々なものがある。ベースとなるものにオプションとして、回復や解呪をしようとすると発動するものを仕込むこともできる。だから、うかつに手を出すと一緒に呪われることがあるのだ。
今回付与されていないのは、術士がそれをできなかったか、あるいはドワーフには治す魔法は使えないとたかを括っていたかだろう。そうでなければ危なかったかもしれない。
自分のために彼が怒ってくれるのは、少し申し訳ないけれど、それ以上に嬉しい。
「すまなかったのう」
答えたのは長老本人だ。支えられながらゆっくりと体を起こす。
「正直に話すと治してもらえなくなるのではないかと思ったのじゃろうて」
「こちらの安全をどう確保するかを考えた上で治療するのと、考えずに治療するのとでは危険度が大きく変わるのに、その言い分はあまりに身勝手だろう?」
「オスカー、大丈夫ですよ。私はなんともないですから」
「それは結果論にすぎない。先に気づかなかった自分もうかつだったが」
「それは、私も同じです。でも、今更言っても仕方ないですから。
長老さん、ゼブロンさん、みなさん。一時的に回復はさせましたが、何もしなければまた一ヶ月後には同じ状態に逆戻りです。もし術者が異変に気づいたら、もっと強力な呪いに変える可能性もあります。何が起きているのか、教えてもらえませんか?」
老ドワーフたちが顔を見合わせる。問いに答えたのはゼブロンだ。
「ニンゲンの国の、軍備の依頼を断った」
「え」
「長老の命が惜しければ依頼を受けろと」
「みなに意に沿わぬものを作らせるくらいなら、わしは死を選ぶ。その覚悟をしてそう伝えたのじゃが」
「話すとニンゲンは治してくれないと思ったんだ」
ブワッと、全身の毛が逆立った気がした。
(依頼を断ったから呪いをかけて脅した?)
前の時、長老はいなくて、ゼブロンに代替わりしていた。話に聞いていたドワーフよりもずっと人に対する警戒心が強くて、イメージしていた方が違っていたのだろうと思っていた。
けれど、この時にこの呪いが原因で長老が亡くなっていたのだとしたら。あそこまでの警戒、ゼブロンに辿りついて依頼を受けてもらうまでに十年以上かかった、というのも頷ける。
あまりに横暴だ。
「……それは、どこの国ですか」
腹の底から出た声が、自分の声ではないような聞いたことのない音だった。
「ジュリア?」
「……滅ぼしてきます」
「いや、待て。ジュリア、落ちつくんだ」
「大丈夫です。私がやったとは知られずに、国のひとつやふたつを滅ぼすのなんて簡単ですから」
「そういう問題じゃない」
「どういう問題ですか?」
「その国には横暴な王、あるいは、軍部があり、禁呪を使って加担している魔法使いはいるのかもしれない。
が、生活している国民は関係ないだろう? 国を滅ぼすということは、生活を壊すということだ。そこまでしたいわけではないだろう?」
彼の言うとおりだ。ふっと邪気が抜けた気がする。
「ごめんなさい」
「いや、わかってくれたならいい」
「けど……、そのあたりの主犯はどうにかしないと解決しないですよね。解呪師に依頼して解呪してもらったとしても、かけ直されたらイタチごっこですし」
「それは、そうだな」
「禁呪を使ったということで、魔法協会が動いてくれたりしないでしょうか」
「それは難しいだろう。相手は人ではなくドワーフだ。取り扱い上は魔物で、禁呪は魔物に対する使用までは禁じられていない」
「……こんなことをして、規則を犯していないことになるんですね」
ふつふつとしたものがお腹の中でぐるぐるしている気がする。
ドワーフたちがざわざわしている。
「もしやと思うのだが。君は、ワシらのために怒っているのか?」
「当たり前じゃないですか。こんなの、酷すぎます」
緊張していた周りの空気が、ふいにゆるんだ気がした。
「ニンゲンはみな同じというわけではないんじゃな」
オスカーが小さく息をついた。
「これからどうするかは、少し時間をかけて考えた方がいいと思う。幸い、回復魔法は効いている。今すぐ長老の命に関わることはないだろう」
「そうですね……」
オスカーの言う通りだ。肩の力が抜けたところで、持ってきたものを思いだす。
「あの、お土産に、いいお酒を買ってきたんです。みなさん、この一カ月は気が気じゃなかったと思うので。よかったら、まずはみんなで飲んで一息ついてください」
「自分が先に毒味をして見せるから、安心してもらっていい。そのようなことがあったら、人など信用できないだろう」
「いやいや、恩人たちを疑ったりはせぬよ」
「……そこは疑う力を持ってもいいと思う。世の中には恩を自作自演して、自分の有利に運ぼうとする人間もいるからな」
オスカーが毒味と言いだした時は驚いたけれど、そう言われると納得だ。
自分がその国とグルではないという証明はできない。呪いをかけて、治して信頼させて、お酒に何か仕込んで被害が大きくなるようにして若いドワーフを脅す。そんなシナリオを描く人間もいるかもしれない。
「ハァ……、だから人間は嫌いなんです」
「ジュリア?」
「あ、あなたのことは好きですよ。家族や、魔法協会のみんなも。みんながみんなと一緒くたにするつもりはないです。
でも、嫌いなタイプというか、どうしても相容れないタイプはいて。大好きな人たちがいなくなってからは、そういう人ばかり目に入ったから。あの頃はなるべく、人とは関わらないようにしていたんです」
「……そうか。……ジュリアは優しいな」
「え、今の話のどこにそんな要素が?」
「ジュリアが相容れないと言っているのは、誰かを踏みつけて利益を得ようとする人間なのだろう?」
「……そう、なのでしょうか。それだけでもない気はしますが、確かに、そういう人は筆頭ですね。今日の話の中では、正に、と思います」
「それは踏みつけられる側への優しさだろう? ドワーフのために怒れる人間はそうはいない」
「そうなのでしょうか」
自分では普通だと思っていた。けれど、オスカーの言葉に、ドワーフたちがこくこくと頷いている。
「そんなジュリアが、自分は好きだ」
「え……」
愛しい音が耳から全身へと駆けた気がした。気持ちのぐちゃぐちゃしていたものが優しく包まれた感じがする。
「一息ついてから、一緒にこれからを考えないか?」
「……はい。ありがとうございます」
オスカーはすごい。本当にすごい。
そばにいてくれるのが、とてもありがたい。
「オスカー」
「ん?」
「大好きです」
ぎゅっと抱きついて、大好きな胸元にほほをよせる。彼の匂いに包まれるとすごく安心する。それだけで、くさくさしていたものが溶けていく気がした。




