41 ドワーフの長老を治療する
ジャイアントモールのカハウィアに引かれる荷車で、奥へ奥へと移動していく。分岐がたくさんあり、道を知らなければ確実に迷う作りだ。
ドワーフの隠れ里は山の中、地中に作られている。まっすぐ進み続けるのではなく、曲がったり、上がったり下ったりしながら、中でも比較的大きい道を進む。
荷車の上で落ちついたところで、カハウィアに乗っているギブロンに声をかけた。
「あの、ギブロンさん。状況を教えてもらいたいのですが」
「ああ、そうだった。向かいながら話すとしよう。長老に異変が見られ始めたのは一ヶ月ほど前だ」
「え、ギブロンさんが長老じゃないんですか?」
「ワシは長老補佐だ。今の長老が亡くなったら継ぐ立場だな」
「そうなんですね」
前の時に自分が会ったのはもう今の長老が亡くなった後だったから、ギブロンが長老だったということか。
「異変というのは?」
「体の一部がまだらに壊死し始めた」
「え……」
「初めて見る症状だ。できることは全てやったが、まったく止まる気配がない」
「なるほど……」
「ドワーフには回復魔法は使えない。治せる魔法使いを探しに行ったバロージが君たちを送ってきたんだ。回復魔法が使える魔法使いなのだろう?」
「まあ、はい。そうですね」
バロージからそう聞いて来たわけではないけれど、魔法で回復させるくらいは自分もオスカーもできる。症状の原因がわからないのは心配だが。
(体の一部がまだらに壊死する……。どこかで聞いたことがある気がするけど、思い出せない……)
考えながら、ギブロンに補足する。
「ただ、回復魔法で病気は治せないので。もし病気だったらお力になれないかもしれません」
「病気自体を治せないという意味であって、体の損傷は修復できるのだろう?」
「まあ、そうですね。傷を治すのと同じことしかできない、という意味です」
「それで十分、ワシらは助かる。ニンゲンの中にはドワーフを一段低く見ている者も多いからな。用意した報酬で受けてくれる者がいるか心配だったんだ」
「えっと、報酬とは?」
「確認か? 希望の武器と防具を一式、オーダーメイドで作る話だ。ニンゲンの世界に流通させているものに限るが」
「ああ……」
魔法使いを探しているのなら、それはずいぶんちぐはぐな報酬だ。
ドワーフの武器と防具は冒険者には人気で、中々オーダーができない貴重品だと聞いている。ドワーフとしては感謝も込めた特別待遇なのだろうけれど、残念なことに、魔法使いには必要ない。
はずなのだけど、隣のオスカーがちょっと目をキラキラさせている気がする。
「……もし達成できたら、あなたのを作ってもらいますか?」
「いいのか?」
「はい。私は必要ないですし。あなたもあまり使う機会はなさそうですが」
「いや。オーダーメイドのドワーフの武器と防具はロマンだろう」
「……そうなんですね」
知らなかった。オスカーがそこにロマンを感じる人だったとは。
(まだ知らないことがあるのね……)
驚きと楽しさと愛しさが混ざったような感覚だ。
しばらく進んで、いくつもの部屋を通り抜け、広場のようになっている場所に出る。
ドワーフの長老クラスがみんな集まっているように見える。
「連れて来たぞ」
「おおっ、ニンゲンだ!」
「ニンゲンの魔法使いか」
荷車が止まると、先にオスカーが立ち上がり、わずかに顔をしかめた。
「……治療は自分がする。ジュリアは見ない方がいい」
「え、それは悪いです」
お酒も彼に買ってもらったし、なんでもおんぶにだっこは申し訳ない。急いで自分も降りようとして立ち上がり、ドワーフたちの頭越しに奥の様子が見えた。
そこに横たわっているのは、アンデッドと見違えてもおかしくない姿になった老ドワーフだ。
「……大丈夫です。一緒に行きます……し、あのレベルだと、私が治療した方が効率がいいと思います」
「わかった」
見た目への拒否感を気遣ってくれたのだろう。この手のものはそこまで苦手ではない。それに、ドワーフたちになら強力な魔法を見られても問題ないはずだ。
ドワーフたちが道を開ける。ひとつ息を飲んで進み出る。
まず、まだ呼吸があることを確かめる。辛うじてといったところか。もう数日、へたしたら数時間、遅かったら尽きていたかもしれない。状態は相当悪い。
「……アルティメット・ゴッデス・ケア」
瀕死の、一度息が途絶えていたオスカーを治療した時の魔法だ。あの時ほど無茶な魔力の込め方はしていないが、最上位の回復魔法でないと厳しいように見えた。
淡い光に包まれて、ドワーフの長老の体が徐々に色を取り戻していく。
(よかった……、まだ生きる力が残ってる)
回復魔法で治っていくのは、体がまだ生きようとしている証拠だ。
見守っているドワーフたちから感嘆の声がもれる。すすり泣く声も聞こえる。
「もう少し、でしょうか。エンジェル・ケア」
重ねがけして、キレイに治していく。見た目に問題がなくなったところで、長老は目を覚ましたようだ。
「……わしは助かったのか?」
「ああ! 助かった! 助けてくれるニンゲンが来てくれた!」
「そうか……。お前さんたち、名は」
「ジュリア・クルスです」
「オスカー・ウォードだ」
「よく来たのう。ドワーフの隠れ里をあげて歓迎しようぞ」
そう話す間に、ほんのわずか、新しい壊死が長老の顔に浮かんだ。その様子を見て、記憶の奥底に眠っていた知識が目を覚ます。
「……待ってください。これ……、もしかして、呪いじゃないですか?」
ドワーフたちがざわついた。そんなバカなという反応ではない。なぜバレたのか、という感じだろうか。
オスカーが顔をしかめる。
「呪い?」
「はい。禁呪に分類されている呪いの魔法だと思います」
「それは……、ジュリアにも解けない、ということだろうか」
「はい。私がかけた呪いなら解けますけど。他人がかけた呪いは解けません。解呪師でないと」
「解呪師……」
オスカーも同じ人物の顔が浮かんでいるのだろう。自分の解呪ができないかと相談したことがある。
「回復魔法で治して延命することはできますが。繰り返せば寿命を縮めることになります。なので、なるべく早く解呪した方がいいかと」
「なるほど?」
(あれ)
納得したような言葉なのに、オスカーの空気が凍っている気がする。




