39 タイミングの問題と相手の問題
「私がオスカーと結婚した後ならいいですよ」
そう言ったら全体が固まった。
最初に戻ってきたのはフィンだ。
「ちょっと待って、リアちゃん。もうそういう話になってるの?」
「え……」
そういう話になっているのかいないのかと言われたら、よく考えたら微妙かもしれない。子どもの話はしたけれど、結婚しようとは言われていないし、言っていない。
(あれ、オスカーの了解をもらわないで先走った?)
どうしようと思って彼を見上げると、オスカーがフッと笑った。
「ああ。親にも会わせたし、ジュリアは自分に似た男の子がほしいそうだ」
「ちょっ、オスカー?!」
(言ったけど! 確かにそう言ったけど!!)
改めて言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい。
「まあ、それはおめでたいわ。ご予定はいつ? 準備で忙しいなら、全然待つわよ!」
バーバラが目を輝かせる。
「えっと、その前に片づけないといけない問題があって。それにどのくらいかかるかがわからないので、結構お待たせするかもしれません」
「そうなの? それは残念ね」
「数ヶ月に一回くらいならどうです? ジュリアさんの負担にならない時で構わないので」
「うーん……、どうでしょう。その時になってみないと」
「なら、折を見てお誘いさせてね? ジュリアからも、時間ができたら気軽に連絡して?」
「わかりました」
「フィンくんだけでも、定期的にどうかしら?」
「どうかな。僕もやることは多いから。リアちゃんが来る時は来るようにするし、あとは時間がとれたらかな」
「そう……」
バーバラが残念そうに肩を落とす。力になれたらいいと思う。
「……じゃあ、バーバラさんたちとフィン様の都合が合う時にも、来られそうなら来るということで」
「ほんと?!」
バーバラとフィンがすごい勢いで食いつく。早まったかもしれない。
「もし来られそうなら、です」
「それは楽しみだ」
バートも乗ってくる。
(あれ、かわしたつもりが、かわせてない……?)
オスカーが小さくため息をついた気がした。
雑談をして夕方前にはショー邸を出る。フィンの馬車が迎えに来たタイミングだ。
前回と同じようにオスカーと並んで、家の方に向かって歩きだす。彼に触れたくて、自分から手を繋いで指を絡めた。
「……ジュリア」
「はい」
「まだ帰したくない」
「え……」
なんかすごいことを言われた気がする。心臓が跳ねて、一瞬で顔が熱くなる。
本当は自分もまだ帰りたくないから、すごく嬉しい。
「どこかで休憩しますか?」
「……ああ。今日のことについて、ユエルの話も聞いてみたい」
「なら、いつもの店ですかね」
ユエルを連れるようになってからよく一緒に行っている、使い魔オーケーで個室がある店が妥当だろう。歩くと少し遠いが。
ホウキを出そうとすると、オスカーに止められる。
「ここから飛んで行くとショー家の二人にもフィン様にも見られる可能性があるだろうから、馬車に乗るのはどうだろうか」
「たまには馬車もいいですね」
道を走って客をとる、流しの馬車は多くない。大体は、人が乗りそうなところや馬車乗り場に停まって客を待っている。幸い、この区画の中にもそういう場所はある。
御者に声をかけ、目的地を告げて金額を確認する。お互いに納得できたら乗る形だ。距離と走りやすさで、大体の相場が決まっている。
オスカーがエスコートして乗せてくれる。いつもとは違うことに、いつも以上にドキドキする。
隣に並んで座って、ユエルはひざの上だ。
「馬車、久しぶりです。両親と観劇に行って以来でしょうか」
「ジュリアは観劇も好きなのか?」
「すごく好き、ではないけれど、行けば楽しいですね」
「そうか」
「あ、馬車も密室なので、ここでユエルの話、聞きます? そうしたら、最近あまり行けていないお店のテラス席とかも使えますよ」
「みっ……。……そうだな」
「オムニ・コムニカチオ」
ユエルにではなく、自分とオスカーに対話魔法をかける。もしユエルが騒いでも、他の人にはわからない形だ。
「ヌシ様! ヌシ様とお話しできるの嬉しいです!」
「中々話せなくてすみません」
「とんでもない! いつも一緒にいさせてもらえるだけでも十分です。先週は寂しかったですが!」
(あ、これ、根に持ってる)
オスカーの実家の時には連れて行かなかったからだ。
珍しくオスカーがユエルに話しかける。
「ユエル、他のピカテットはどうだった?」
「ああ、あの雄たちですか? オイラを見た途端、発情して迫ってきたから教育的指導をしました」
(……ちょっと待って)
出会った直後にそういう行動に出るのはピカテットとしては普通なのだろうか。基準がわからない。
「正当防衛だな」
「正当防衛です! 強くて凛々しい野生の雄なら喜んで受け入れるけど、あんな軟弱者どもは却下です」
「……タイミングの問題ではなく、相手の問題なのですか?」
「それはそうですよ。ヌシ様だって、さっきのヒトの雄たちに迫られたら抵抗するでしょう?」
さっきのヒトの雄たち。バートとフィンのことだろう。
「まあ、そうですね」
「けど、オス……もごっ」
オスカーがユエルの口を塞いで、自分の方に連れていく。
何を言おうとしたのか気にならなくはないけれど、多分、言われない方がいいことな気がする。
「丸焼きだな」
「もごごご! もご!」
「国によっては、ピカテットを食用にしているところもあるらしいぞ。中々うまいらしい」
「もごーっ!!」
ユエルが涙目で助けを求めてくる。
「……ユエル。オスカーが止めることは多分、私も止めることだと思うので。少し言葉を選びましょうか」
こくこくと全力で首を縦に振られる。オスカーが小さなため息と共にユエルを解放した。
「まあ、つまり、相手によるってことです。貢がれても、興味がない雄の貢ぎ物は受けとりません。へたに受けとると、了承ととられかねないですから」
「それで、自分に出された分しか食べなかったんですね。ユエルは、もうあの子たちに会いたくなかったりしますか?」
「別に、そこまで嫌いっていうわけではないですよ。多分、ヌシ様があの飼い主たちに会ってもいいと思うのと同程度なんじゃないですか?」
「ああ、なるほど」
なんとなくわかった。積極的に会いたいほどではないけれど、用事があったり誘われたりすれば会わなくもない距離感だ。
「見事に飼い主の縮図だな」
オスカーが小さく笑う。あの場で笑いそうになっていた時も、同じようなことを考えていたのだろうか。
「え、私、ユエルみたいにふんぞり返ってないですよ?」
「ふんぞり返ってもいいと思う」
「しませんって」
馬車を降りるタイミングで魔法を解除する。他の人たちにユエルの言葉は伝わらなくても、話しかけられてつい反応してしまうとまずいからだ。
少しだけだけど、二人の時間をもてるのがとても嬉しい。
▼ [バーバラ] ▼
ジュリアたちを見送って、リビングでひと息つく。双子の兄がソファにふんぞり返ったまま、ため息を漏らした。
「不倫はなぁ……、遊びって割り切られても虚しいし、かといって本気になられて離婚騒動になっても面倒だし、責任とかとれないし。まあ、彼女なら結婚してもとは思うから、責任はとれるのか?」
「お兄様、なんの話をされていますの……」
「んー? 時間がないかもしれないって話」
「ジュリアさんが結婚されるかも、というお話ですわね」
「そう。阻止するか、結婚前に別れさせるか、さっさと奪いとるか、もういっそ既成事実を作るか」
「選択肢がどんどん物騒になっていますわよ……」
前から兄の考えはどうかと思う時があったけれど、さすがにドン引きだ。
「その前に片づけないといけない問題があるって言ってたから、それがどのくらいかかるかっていうのもあるんだろうけど。
悠長に待てないっていうのはわかったからね。早いとこなんとかしないと」
「もうあきらめて他の方にすればよろしいのでは?」
「イヤだね。ジュリアがほしい。彼女を傅かせたいのもそうだけど、オスカー・ウォードも気に入らない。あの男、ああ見えてかなり好戦的だ。降してやりたい」
「ハァ……。ああ見えてかなり好戦的なのはお兄様の方だと思いますわ……。物騒なことはやめてくださいませね。ジュリアさんはわたしのお友だちなのだから」
「言ってもなあ。あの番犬、がっちりガードしてるんだよなぁ。彼女に近づくだけでも、思っていた以上にやっかいだ」
兄の話に飽きて、なんとなくピカテットのパールをカゴから出す。兄がため息混じりにパールをつついた。
「ほら、パール。お前もがんばれ。お前がユエルを射止めたら、飼い主同士が会う口実も増えるんだから」
「適性がなくて魔法協会にも入れませんでしたしね。フィンくんはアプローチしすぎて早々にフラれたみたいだから、急いで距離を詰めるのはオススメしませんわ」
「とりあえずは目下のセイント・デイのパーティとその前の顔合わせかな。譲歩させられて当日は理想から大分ズレたけど、打てる手はあるから。
その後のことも考えておかないと。ははは。本当に難しいパズルだ。楽しいね。やりがいがある」
「……本当に、性格悪いですわよね」
我が兄ながら、ため息をつきたくなった。




