37 [ルーカス] パーティ会場の警備依頼
月曜朝。いつも通りデスクに落ちているオスカーに声をかける。
「はよ」
「ああ。おはよう」
「その顔だと、ご両親への挨拶はうまくいったみたいだね」
「挨拶……、そうだな……」
オスカーが思いだしてぷすぷすしている。
(待って。親の前で何があったの)
どこで何をしていたのかはわかるのに、状況がわからないことがあるとは思わなかった。
「早く結婚したいって言ってた、外堀は無事に埋められた感じ?」
「……そう、なるのか。ジュリアが『不束者ですが、どうぞよろしくお願いします』と言っていた」
「完全に入籍するやつじゃん!」
「間違えたという顔をしていた気もするが」
「間違えたのはタイミングの方で、そうしたいのは本心だろうけどね」
「……思っていたよりずっと好かれていたことに驚いている」
「あー、まあ、実感できたならよかったね」
返事が投げやりになるのは仕方ない。ジュリアがオスカーを好きすぎることなんて、初めて会った時から知っていた。今更何を言っているんだという感じだ。
しばらくして、いつもより少し遅いくらいの時間に、常に大好きがダダもれな奥さんの方が出勤してくる。こっちも少し気恥ずかしそうだ。
「おはようございます……」
「ああ、おはよう」
彼女が来るとこっちはキリッとする。さっきまでのぐだぐだ感はどこにいったのか。
ちょっとイタズラのひとつもしてやりたくなる。
「ジュリアちゃんジュリアちゃん」
「はい」
「ジュリアちゃんはオスカーのどんなとこが好きなの?」
「え」
二人そろって赤くなった。
(あー、なるほど)
たぶん、こんなようなことをオスカーの実家でも聞かれたのだろう。だいたいわかったから満足だ。
「ぜんぶ……、じゃ、ダメですか……?」
少し目をうるませて見上げられる。
(うん、これを好きな子にされたら普通に理性吹っ飛ぶ)
おもしろいからもう少しつっこんで遊ぼうと思ったら、すぐ近くで不機嫌そうなクルス氏の声がした。
「ジュリア」
「はっ、はいっ!」
一瞬でシャキッとした。笑いそうになるのを必死にこらえる。
「オスカー・ウォード」
「ああ」
続けて呼ばれたオスカーが、何かやらかしたかという顔になった。おもしろい。
「ルーカス・ブレアと、ヘイグ」
「うん」
「おう」
自分と直属の上司も呼ばれた。わざわざクルス氏がこっちに来たのだから、用事があるのはわかっている。
「前に話したセイント・デイのパーティ会場の警備について、ショー商会から正式に依頼が来た。
パーティ会場での魔法使いの手配はバート・ショーが担当とのことだ」
オスカーに緊張が走る。
「ヘイグ。案件の担当をルーカス・ブレアに頼みたいんだが、問題はあるか?」
「いや。臨時依頼部門としては特に問題ないな」
「ルーカス・ブレア。頼めるか?」
「もちろん。ぼくが言うのもなんだけど、考えられる範囲でベストじゃないかな」
「はい。ルーカスさんなら安心です」
「ああ。そうだな」
ジュリアからの信頼にうなずきつつも、クルス氏とオスカーは少し微妙な顔になっている。この二人は変なところで似ていて、苦笑するしかない。
この週のうちに二度、バートに会った。
初回。警備にクルス氏が行く名目が立つのが大事だと確認して、魔法協会としては全力で警備にあたらせてもらうと伝えてから、見習いのジュリアではなく他の魔法使いに名乗らせた方がより役立てると話を持っていった。
バートがあっさり提案を変えてきたから、いったん持ち帰らせてもらう。
クルス氏、オスカー、ジュリアとミーティングを持つ。
「完全に真っ黒だよ。こっちの意向を伝えたら、それならバーバラの友人としてジュリアちゃんを招待したいって」
「真っ黒だな……」
「そうですね……、それでもいいなら最初からその形で打診してくれればって思います」
「替え玉の提案は予想外だったんだろうね。ジュリアちゃんが来ないよりは、違う形ででも来てもらいたいっていうことで、譲歩してきたんだと思う」
「友人としての参加ができるなら、私だけじゃなくて、女装したルーカスさんも友人という名目で行けますよね? あるいは、バートさんの友人としてなら、男性の魔法使いも問題ないんじゃないかと」
「大分幅が広がるな」
「ひとつパーティコードがあって。セイント・デイのパーティだから男女のペアが原則なんだって。
パートナーが理想で、親子や兄妹でも許容されるから、ジュリアちゃんの同伴としてクルス氏に来てほしいってさ」
「私とジュリアか」
クルス氏が嬉しそうにそわそわする。親バカめ。
「残念だろうけど、これも黒。バートはバーバラをパートナーにして参加して、父親とずっと一緒にいてもつまらないだろうから、自分がエスコートするって言ってくると思うよ」
「なるほど……」
ジュリアが感心したようにつぶやく。まったく想定していなかったようだ。
クルス氏も考えこむ。
「どうしたものか……」
「あの、私が友人として招待される条件として、私のパートナーを連れて行くのではダメなのでしょうか? オスカーに一緒に行ってもらえたら、変なちょっかいを出される可能性はだいぶ減るかと」
(うん、正解)
その選択肢は用意していた。ジュリアが自分でたどり着けたのは褒めたい。
セイント・デイのパーティでパートナーになるということは、カップルとして公認されるのに等しい。バートへの牽制として一番有効だろう。
「友人の父という立場だとお父様が行けないようなら、お父様ご自身も商工会長さんとか、バーバラさんたちのお父様とかの友人枠になればいいと思います」
「うん。その方が権力者とのつながりを誇示できるから、バートがどうであれ、バートの上にとっては願ったり叶ったりだろうね。
その上で、警備上の安全を考えると最低もう一組は必要ってねじこもうと思ってるんだけど、それでいいかな?」
「いいだろう。その方向で交渉を頼む」
「りょーかい」
二度目のバートとの話し合いでは、大枠として魔法教会内で打ち合わせたとおりに持っていった。
今度はバートが話を持ち帰り、この週の終わりには返事が来た。
「方向、固まったよ。ジュリアちゃんとオスカー、クルス氏と奥方、それともう一組、魔法教会側の人選で参加していいって」
「こちらの理想通りだな」
「さすがルーカスさんです」
「まあ、予想通りだよね。クルス氏との交友関係を公言できるメリットは大きいから」
パーティ前後の移送についても別途臨時依頼が来ていて、そちらは別に選抜される予定だ。
「もう一組の人選はクルス氏に返していいのかな?」
「ああ。うち一人はルーカス・ブレア、お前に頼もうと思っている」
「了解。パーティは平日、十二月二十四日の午後。祝日になるセイント・デイの前日ね。
顔合わせと最終打ち合わせは前の週にやる予定だから、そこまでに決めてもらえると助かるかな」
「問題ない。候補はいる。盗人の情報は最終打ち合わせ近くに共有する」
「りょーかい」
最後のメンバーはデレク・ストンに白羽の矢が立った。
クルス氏から管理部門の部長ビリー・ファーマーに話が行き、ファーマーからストンに決定事項として伝えられた。
「セイント・デイのパーティということは、女性とパートナーを組むのかと思いますが」
「奥方がいるのに組むわけにはいかないという心配は不要ですね。ストンは女装したブレアとペアになってもらいますから」
ファーマーに言われたストンが死にそうな顔でこちらを見てきたから、満面の笑みで手を振っておいた。




