36 ウォード家での公開処刑
いつもとは違う意味で心臓がバックバクだ。
今週はオスカーの実家、来週がピカテットの集いに決まった。お酒を買ってドワーフのところに行く予定は二週間繰り越しだ。
思っていた以上に緊張している自分に驚く。
彼の両親とは、前の時に長いつきあいがある。同じ敷地内、隣りの家に住んでいて、それなりに行き来があった。だから比較的親密な相手のはずで、普通に会いに行けると思っていた。
(前にどんなふうに普通にしてたのか、全然思いだせない……)
記憶にはあるはずなのに、感覚を完全に忘れている。
しかも、向こうからすれば初対面で、その上、町中で息子といちゃついているところを目撃されている。どんな顔をして会えばいいのかわからない。
彼と並んでホウキを飛ばして、先週と同じようにウッズハイムに向かう。
今日はユエルはお休みだ。父と母に、外に逃がさないようによく言い含めて出てきた。ユエルにまで気を回せる余裕はない。
ガチガチになっているのが伝わったのか、オスカーが静かに声をかけてくる。
「自分の親はクルス氏ほど怖くはないと思うから、そう緊張しなくていい」
「お父様、怖いですか?」
「ジュリアは怖くないのか?」
「そうですね……、前の時はちょっと怖くて、子どもが産まれるまで距離をとっていました。ものすごく孫を溺愛されて、あれ? ってなったのを覚えています」
「目に浮かぶな」
「ふふ。本当は同じくらい自分も溺愛されていることは、今回戻って初めて知りました。
それと、クレアに対するあなたの態度が父に似ていたので。普段から怖いっていう感覚はもうないですね。もちろん、怒ったら怖いですけど」
「自分がクルス氏に似るというのは想像したくないのだが。想像できる気もする」
「本当はすごく好きで大事にしているのに、子どもには中々伝えられないところとか。心配して言っていることを怒られて怖いって受けとられたりとか」
「……目に浮かぶ」
「私が今緊張しているのは、多分、あなたのご両親が怖いかは関係なくて。怖い人たちではないのは知っているので。
ただ、また気に入ってもらえるのかとか、どう振るまったらあなたに迷惑をかけないかとか、そういう方だと思います」
「ジュリアはジュリアのままで、なんら問題ないと思う」
「ありがとうございます」
彼が思ってくれているほど自分はできてはいないと思うけれど、彼がそう思ってくれているのは嬉しい。
彼の家の玄関前に着地してホウキを消す。門の前ではなくて敷地内に直接乗り入れたのは、彼が一緒だからだ。
ドアを開ける彼の後ろに隠れるようにして立つ。
「戻った」
「おかえりなさい。そして、いらっしゃい」
「はじめまして。ジュリア・クルスです」
並んで出迎えてくれた彼の両親にぺこりと頭を下げる。
最後の記憶にある二人よりもかなり若い。一緒に重ねた年月の分がなくなっているのだ。
彼の父は体格がいいが、雰囲気はどこかおっとりしている。母は女性として普通くらいの背だけれど、キリッとしていて存在感が大きい。
(前の時にご両親に会ったのより、半年以上早いのよね……)
最初は彼に近づかないようにしていたはずなのに、どうしてこんなに早まったのかと思う。
「ようこそ、ジュリアさん。どうぞお入りください」
「おじゃまします」
借りられてきた猫のような気分だ。案内されるまま、ソファが置かれたリビングに通される。
重厚で年季が入った家具だ。こちらの本宅に住んだことはないから、義父と義母の家という感覚が強い。
「どうぞ、楽にして」
「はい、ありがとうございます」
お茶とお茶菓子が出される。それから、しばしの沈黙。
何か話した方がいいのかと思うけれど、自分から切りだしていいのかわからない。
彼の母が最初に口を開いた。
「この子、言葉足らずだし何を考えているかわからないところがあるから、苦労しているんじゃない?」
「あ、いえ。彼は思慮深いんだと思います。必要なことはちゃんと伝えてくれるし、私の考えが足りない時には教えてくれるし。いつも助けられてばかりです」
「あら、あなたの前だとそうなのね」
意外だとばかりにコロコロと笑う。
「ジュリアさんも魔法使いなのか?」
彼の父の声は、言葉よりもずっと柔らかく響く。
「はい。まだ見習いで。オスカー……、ウォード先輩に色々教えてもらっています」
「名前、いつもの呼び方でいいわよ」
「あ、ありがとうございます」
「なるほど。要はこいつが、見習いに来たかわいい後輩に惚れて口説き落としたというわけか」
「え、あの、いえ……?」
それは違うと思うけれど、何をどこまで話していいのか迷う。前の時と違って、今回は色々とややこしい。
落ちつかなさそうにしていたオスカーが、どこか気恥ずかしそうに口を開く。
「……そういうことでいい」
「え、でも」
「大差ない」
「そうですか?」
彼の名誉のためには大差あると思うけれど、彼がそれでいいならいいのだろうか。
「うーん……、でも。出会った時から私はあなたが好きなので。口説き落とされたのとは違うと思います」
ウソは言っていない。前の時、出会ってすぐ。彼の言葉に救われたあの時から、ずっと大好きだ。
オスカーが手で顔を半分おおった。顔が赤い。
(あれ? 言ってなかった?)
「あらあら、そうなのね?」
「はい」
「さっきも少し教えてもらったけれど、この子のどこが気に入ったの?」
「全部……は、答えにならないんですよね。私を私として、偏見を持たないで見てくれるところとか。すごく話す方ではないけど、距離感が心地よかったり。教えてくれることはわかりやすいし、私ができそうなギリギリをうまく設定して、達成感を持たせてくれるし。褒められると嬉しいし、尊敬するところばかりだし。私が苦しかったり辛かったりするのを溶かしてくれるし……」
「……ジュリア」
「はい」
「その辺で勘弁してほしい……」
オスカーが両手で顔をおおっている。耳まで真っ赤だ。
親の前で色々言われて恥ずかしいのだろう。聞かれたからと調子に乗りすぎたことを反省する。
「……すみません」
「いや……」
「ふふふ。オスカーは、ジュリアちゃんのどこが好きなのかしら?」
ぼふんと、オスカーがキャパオーバーしたように見えた。
少しの沈黙を待つ間が、なんだかすごく恥ずかしい。
ぽそっと、真っ赤になったまま、重大なことを白状するかのように呟かれる。
「……とにかくかわいい」
(えっ、かわっ、えっ……)
言われたこっちが恥ずかしい。前にも世界一可愛く見えていると言われたことがある。盛りすぎだと思うけれど、彼がそう思ってくれているなら嬉しい。
「それだけ?」
「……公開処刑か?」
「純粋に知りたいだけよ」
「……外見だけじゃなくて、言動が……、全部、かわいい。どう見ても守られる側なのに、率先して人を守ろうとするところとか……。誰に対しても公正で、人として大事にしようとするところとか。自分よりも他人を優先するのはやめてほしいし、危なっかしかったり無防備すぎると思うことは多いが、そこも含めて。……返しきれないほどの思いを向けてくれるのも。……とにかくかわいいんだが。もういいか?」
(ひゃあああああっっっ)
さっき止めに入ったオスカーの気持ちがものすごくわかった。
これは、恥ずかしい。正に公開処刑だ。オスカーは両方恥ずかしそうだけど、自分は言うより言われる方が恥ずかしい。
思わず顔をおおってしまう。
「ふふふ。よくわかったわ。二人とも、ごめんなさいね? 無粋なことを聞いて。
この子、興味がないことにはまったく興味がなくてドライなのに、思いこんだら一筋なところがあるから。いつか女の子に入れあげたら、全部貢いじゃいそうな気がして心配してたのよ」
(貢っ? えっ……)
思いがけない言葉が出て驚く。前の時にはこんなくだりはなかったのだ。自分の両親も一緒に、結婚を前提としたおつきあいとして会ったからだろう。
思い返してみると、確かに貢がれている。花を贈ってくれたり、希少な飴玉を買ってお見舞いに来てくれたり。
お金の面だけじゃない。命懸けで守ってくれたし、その後も、彼の献身がなかったら自分はもう実家にいなかっただろう。
魔力開花術式や魔法学習で、自分のために危ない橋も渡ってくれた。
今も、自分の問題に巻きこんでいるのに、嫌な顔ひとつしないで協力してくれている。
「……かなり、思い当たる節が」
「ジュリア?!」
「お金というより、すごくいっぱい助けられているなって。本当に、感謝してます」
「……ああ」
「あなたのようなお嬢さんなら安心だわ。むしろ、ほんと、こんなのでいいのかしら」
「母さん……」
「いえ。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げたら、オスカーが驚いた顔になる。ご両親は嬉しそうだ。
(あれ? 何か間違えた??)
前の時もこんなふうに挨拶をしたはずだ。
「あらあらあら、ふふふ。お嫁さんに来てくれるのを楽しみにしているわね」
(!!!)
確かに、結婚の挨拶でよく使う言葉だ。前はそれで正解だけど、今は気が早い。今更訂正もできない。ものすごく恥ずかしい。
▼ [オスカーママ] ▼
外で一緒に昼食をとって雑談をしてから、若い二人を解放する。夫と帰宅して一息ついた。
「かわいかったわね、ジュリアちゃん。オスカーが入れあげるのがわかるわ。私もあんな娘がほしいもの。息子と交換してもいいくらいだわ」
「ジュリア・クルス嬢か。聞くのもなんだと思って聞かなかったが、ホワイトヒルの冠位の娘だろう?
夏に助力に行った時に父上に会った。似ていないものなんだな」
「ふふふ。あの子、そのことを一言も言わなかったわね。魔法使い相手なら、冠位の娘ですって名乗ればマウントが取れるのに」
「ああ。ただのジュリア・クルスでいたいんだろうな。そういうところも、あれは気に入っているんだろう」
「孫の顔が楽しみね?」
「いくらなんでも気が早いだろう」
「それはどうかしら」
息子はもう彼女以外は見えていないようだったし、彼女もまた、他には考えられないように見えた。
「そうね……、まだ研修中だって言っていたから、結婚するなら研修が終わるころかしら」




