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34 [オスカー] なんてことを言うんだ


「あなたに似た男の子もほしいです」

(……なんてことを言うんだ)

 二人の子どもの話という暗黙の了解はあった。けれどこうもハッキリ言われると、より鮮明に想像せずにいられない。

 まだ少しぐすぐすしている彼女を見守りながら、食事を進めて熱を冷ましていく。ピカテットが何か言いたげだけど、気にしたら負けだ。


 昼食を終えた頃には、お互いに通常運転に戻ったようだった。

「この後はどうしましょうか。ドワーフのところに行ってもいいのですが、もし引き止められたら帰りの時間が心許ないから、そっちは元の予定通り別日がいいかなって」

「そうだな。ジュリアはどうしたい?」

 特にこれといった希望はないから、彼女の希望を叶えられたらいいと思う。自分が答えるとすると、彼女と一緒ならなんでもいいになってしまう。

 ジュリアが少しおずおずと見上げてくる。


「あなたと一緒にいたいです」

(かわいすぎるんだが?!)

 意識を保っている自分を褒めたい。

「……自分もだ」

 正直に答えると、彼女が嬉しそうな恥ずかしそうな笑みで顔を赤らめる。

(かわいいかわいいかわいい……)

 どちらからともなく手をつないで、指を絡める。細くて柔らかい、しなやかな手の温もりが、とても愛しい。


 彼女が辺りを眺めて、思いついたように言った。

「ここ、あなたの地元ですよね。地元案内をしてもらうのはどうでしょう?」

「特にこれといった名所はないが。それでもいいのか?」

「はい。あなたの視点であなたの街が見られるの、嬉しいです」

「……わかった」

 いちいち言うことがかわいすぎる。どこまで好きになっていくのかが、自分でもわからない。


 三年しか離れていない街の景色はそんなに変わらないはずなのに、彼女と歩くと新鮮だ。

「あの店のジェラートが、子どものころ好きで。こんな時期にも食べたいと言って、冷えるからダメだと止められたことがあった」

「ふふ。なら、今、食べちゃいますか? ホットローブを着て食べるジェラートって、なんかちょっと悪いことしてるみたいで楽しいですよね」

「そうだな」

 楽しいと言って笑う彼女といるのが楽しい。


 店頭でどれにするかを一緒に迷う。

「オスカーのオススメはどれですか?」

「スタンダードなフルーツ系や、ミルクやヨーグルトは外さないな。好みにはよるが、ピスタチオやミントも、ある程度大きくなってからはよく食べていた」

「迷いますね。ダブルはちょっと多いし……」

 そう言って考えていた彼女が、すごいことをひらめいたように笑った。


「半分こ。しませんか?」

(……は?)

 かわいすぎて反応できないのもある。が、それ以上に、内容に反応できない。

(いいのか? 本当に?)

 ジェラートは割れるものではない。半分にするということはつまり、口をつけたものを交換することになる。

「……イヤですか?」

 上目遣いに、少ししょんぼりと見上げられる。かわいい。

 イヤなはずがない。けれど、いいのかとは思う。

「……ジュリアがイヤでないなら」


「なら、そうしましょう。私はヨーグルトが食べたいです。あなたはどれにしますか?」

「もうひとつも、ジュリアが選んで構わない」

「でも、私も、あなたが選んだものを食べたいです」

(あああああっ……)

 かわいいかわいいかわいいかわいい。

 本当にもう、どうしていいかわからない。が、ぐっと飲みこむ。


「……なら、ピスタチオを」

 注文して二つ分の代金を支払う。

「いいんですか?」

「ああ。たまには出させてもらえた方が嬉しい」

「ありがとうございます」

 ふわっと笑みが返る。かわいい。

 本当は普段からすべて出したいくらいだが、彼女がそれをよしとしないのだ。今はこのくらいの金額ならと顔を立ててくれた気がする。


 それぞれで受けとって、道の邪魔にならないところに用意されている、ジェラート屋のベンチに座る。

「甘さと酸味がちょうどよくて、おいしいです」

 かわいい舌先が舐めとるのをつい凝視しそうになり、意識して視線を外して道行く人たちに向ける。

「ピスタチオも濃厚でうまい」

「もらってもいいですか?」

「……ああ」

(半分食べてから交換ではないのか?)

 まだ食べ始めで差しだすということは、それがすぐに戻ってきて、何度もそれが行き来することになる。

(……いいのか?)


 ペロッと、自分が手にしていたものを彼女が舐める。

「ほんと。濃くておいしいですね」

(ああああああっ)

 必死に煩悩を追い払う。

 手元に残されているのは、小さな舌の跡が残ったジェラートだ。

(間接……)

 ドッドッドッドッと心臓がうるさい。

(いいのか? これを食べていいのか??)


「ふふ。この季節だと、すぐに溶けないのがいいですね」

「ああ、そうだな」

「食べないんですか?」

「……ジュリアの方を貰っても?」

「はい。もちろん」

 それはそれでハードルが高いが、あまり待たせられないから、踏ん切りをつけやすい。し、少しだけ仕返しをしたいのもある。


 差しだされたジェラートの先をパクッともらう。

「……いいな」

 なんともいえず甘酸っぱい。ヨーグルトジェラートの味なのか、彼女の甘さなのかはわからない。

 ジェラートを手元に戻したジュリアが、赤くなって固まった。

「……ジュリア?」

「えっと……。……いえ、すみません」

 思いきりをつけるようにして、彼女がパクッと先を口にする。

(ああああああっ……)

 もうムリだ。かわいすぎる。クルス氏と唱えても平静を保てそうにない。


 頭を冷やすためにも急いでジェラートを口に入れる。彼女が舐めたところは避けてみたけれど、すぐに食べ進められなくなる。仕方なく、そっと味わった。

「……あの」

「ん?」

「やっぱり、このまま食べてもいいですか?」

「ああ。ピスタチオは合わなかったか?」


「いえ。おいしいし、好きです。ただ……、なんだか恥ずかしくて。すみません、私ばっかり意識しちゃってて」

 恥ずかしそうな上目遣いは反則だ。

 意識しているのはむしろ自分の方だと思うけれど、彼女も同じだというなら嬉しい。

 冷たいものを食べているはずなのに、暑すぎてローブを脱ぎたいくらいだ。


「……いや。自分も、だから……、今日はこのままで」

「はい……」

 顔を赤らめたまま、はむはむと食べていく彼女がかわいい。


 食べ終えてからもまだ恥ずかしさが残っている気がする。行方不明の理性を必死に呼び集める。

「行くか」

「はい」

 差しだした手にそっと手が重なる。嬉しい。

 続けて案内して歩きながら、冷静になるための呪文を脳内で唱えつつ、落ちついて話せそうな話題を探す。

(クルス氏、クルス氏……)


「そういえば、クルス氏との魔法学習になってからひと月以上経つが。どうだ?」

「ああ……、ものすごく気を遣っているので、すごく疲れます……。できないフリ、知らないフリって大変なんですね。

 改めて、あなたにすごく助けられていたんだなって思っています」

「そうか」

(かわいい。ああ、かわいい)

 できることならあの場に戻りたいけれど、自分にはその権限はない。


「エンハンスド・ホールボディはクルス氏に習ったのか? 自分と進めていた時は、初級魔法の部分強化までだったと思うが」

「あ、そうなんです。父に代わってから、ちょっと順番も変わってて。普段から使っていいと言われたものと、緊急時だけと言われたものがあって」


「緊急時だけ?」

「はい。触れた相手を、ダメージを残さないで気絶させる雷系の魔法とか、数秒ほど相手の体の自由を奪う魔法とか。

 なんか対人用の物騒なのばっかり。貧民窟について考えていたのがバレているのでしょうか? あ、あと、拡声魔法も習いました」


「それは……、おそらく、自分が警戒されているのだと思うのだが」

「え、それはないんじゃないですか?」

「なぜそう思う?」

「あなたに対して必要になる機会がまったく浮かばないので」

 ものすごくかわいいけれど、ものすごく無防備に見える。みなまで言うのは抵抗があるが、ちゃんと教えておくべきだと思う。


「……仮に、自分の抑えが効かなくなって。不本意なジュリアに手を出すのを警戒されているのだと思うが」

「けど、私が不本意でなければ、警戒の必要はないですよね?」

 思考が止まる。言葉の意味はわかるのに、何を言っているのかがわからない。

(ちょっと待ってくれ……)


「そもそもあなたは私がイヤがることはしないし、私もあなたが私にすることでイヤがることはないと思うし。

 だからやっぱり、あなたに対して必要になる機会はないと思います」

 完全論破という感じでドヤられても困る。


(何をしてもイヤがらない……? 本当に、なんてことを言うんだ……)

 そんなのはもう、誘っているとしか思えないではないか。

(待ってくれ……。これはどうすればいい……??)


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