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33 魔獣討伐クエストとクレアの不在


 クエスト依頼があった果樹園は、個人経営ではなく、地主が運営しているものだ。十分な費用を用意できるのもうなずける。

 受託書を持って経営者に会いにいく。よく太ったおじさんと、神経質そうな細身のおばさんが対応に並んだ。

「一週間ほど前から徐々に占拠され、収穫時期が遅い品種の、ナシ、リンゴ、ブドウがやられています」

「若い実は食べられずに残っているのがまだ救いですが」

「できるだけ木を傷つけないように退治をお願いします」

「ああ。受注時にその確認は受けている。善処する」


「フルーティ・ムーン・ベアの素材は冒険者協会の回収で、私たちと協会と退治者で三等分という契約になっています」

「一般的な分割方法ですよね。了解しています」

 特に難易度が高い場合以外は、討伐クエストの素材報酬は三分割され、依頼者の損失補填や協会の運営費用にも充てられる。

 冒険者側は依頼報酬が主な収入で、素材分は追加報酬となるため、問題になることはない。

 討伐の危険度が上がるほど、冒険者の分け前が増える仕組みだったはずだ。


「あまり群れる魔獣ではなかったと思いますが。十頭近くが入りこんでいるというのは本当ですか?」

「群れと表現するかは迷ったのですが、頭数が多かったのでそう依頼しました。実際は、果樹園の中でナワバリを作って住み分けているみたいです」

「なるほど」

「別のナワバリで一体ずつ別行動なら、難易度は格段に下がるな」

「安全のためのBランク、あるいはCランク五人以上っていう感じですね。一体ずつならCランクでも倒せる魔獣ですから。

 ちやみに、小熊はいますか?」

「いいや、みんな成体だな。時期的にそうなんだろう」

 ちょっと安心した。必要があれば倒すけれど、子どもは少し気が引ける。


「これまでは被害がなかったのか? 今年が初めてなのだろうか」

「そうだな。なんで今年に限って、とは思う」

「フルーティ・ムーン・ベアは確か、果実を中心にした草食でしたよね。

 山に食料が多い時期に大量に食べて、フルーティ・ムーンと呼ばれる栄養価が高い実を自分の体にならせて、食料が減る時期から冬眠までの間と、冬眠明けはそれを食べる魔獣だったかと」

「そういえば、来た時からフルーティ・ムーンは全くなかったね。どの個体も」

「なるほどな。なんらかの理由で本来の食料がなくなり、果物の匂いを辿って果樹園に集まってきたわけか」

「その原因まではわかりませんが。人のエリアに入ってきてしまったら、退治は仕方ないですね……」

「ああ。果樹園としての被害も問題だが、近づけば人的被害も出かねないしな」


 果樹園の地図を描いてもらって、大体のナワバリを教えてもらう。事前に知りたいことは大体わかった。

 オスカーと二人で、近いところに向かいながら戦い方を相談する。

「さっきの組み手と同じ形がいいと思う。身体強化をかけて、相手に気づかれる前にアイシクル・ソードで速攻、皮が厚いと斬りおろすのは厳しいだろうから、ワイバーンの時に自分がしていたように、切先を突きさした状態でブーストだな」

「アイシクル・ソードのブーストだと、体内に氷の剣を複数延ばす形ですね」

「ああ。それが一番、果樹園への被害を出しにくいだろう。自分が行くから、ジュリアは何かあった時に補助してくれればいい」


「それは悪いです。私の用事のためのクエストなのに」

「属性剣のブーストは中級魔法で、まだ習っていないだろう?」

「目撃する人はいませんし、あなたが倒したことになるなら問題ないかと」

「ならば尚更、実績も自分につくわけだから、むしろちゃんと戦わずに自分の功績となる方が自分はイヤだが」

「うーん……、じゃあ、半分こしましょうか」

「半分こ?」

「はい。半分こ。一体ずつ、補助と交代で」

「……ずいぶん凶悪な半分こだな」

「そうですか?」

 オスカーがどこか楽しげに笑ってくれるのが楽しくて、つい笑みがこぼれる。


 話していたところで、一体目を目視できた。木に前足をかけて、果物に手を伸ばしている。フルーティ・ムーン・ベアはオスカーより頭ひとつくらい大きいだろうか。

「行く」

「はい」

 オスカーが身体強化をかけ、氷の剣を作りだして速攻をかける。身体強化がなくてもオスカーの敵ではないだろう。気づかれないうちに倒すための身体強化だ。

 比較的皮が薄く骨もない腹部に氷の剣を突きとおす。

「ブースト」

 複数の鋭い氷の切っ先が、フルーティ・ムーン・ベアの体から飛びだす。

 絶命を確認してから剣を消せば退治完了だ。この時期なら、体内に氷を残さない方が素材が傷まない。


 涼しい顔でオスカーが戻ってくる。

「さすがです。カッコよかったです」

「……そうか」

 褒めたらちょっと照れくさそうな顔になる。かわいい。

「次は私ですね」

 自分は、まだ身体強化なしでは腕力も速さも足りない。身体強化前提の戦闘だ。体の負荷が大丈夫な範囲で、少し強めにかけておく。


 彼の動きをイメージして、模倣もほうするように体を動かす。四つ足を地につけているから、背中側、背骨と肋骨を避けた位置に氷の剣を突きたてる。

「ブースト」

 体内で氷の剣が四方八方に延び、内側から複数ヶ所を突き破る。悲鳴をあげることもなく、フルーティ・ムーン・ベアはドサっと地にした。


 軽く駆けて彼の元へ戻る。

「どうでしょう?」

「ああ。さすがだ」

 小さく笑って頭を撫でてくれる。嬉しい。

 一度コツをつかめば、後はもう作業だ。移動が長そうな時にはホウキも使って、時には空から速攻をかけ、全て退治する。そう時間はかからなかった。


 依頼主に終わったことを報告に行くと、そんなに早いのかと驚かれる。一頭ずつ状態を確認してもらって、確認書面に頭数の記載とサインをもらう。

 果樹園に傷ひとつつかなかったことをすごく喜ばれ、依頼主からのクエスト達成評価は星五だ。

 これを冒険者協会に提出すればクエスト完了になる。後は協会が後処理用の人員を派遣してくれて、魔獣を素材として回収し、後日、素材分の追加報酬が支払われる。


 冒険者協会に戻ったら、ここでももう終わったのかと驚かれた。

 もう野次は飛ばないし、パーティへの勧誘もない。実力差が確実だと逆に誘われなくなるのかもしれない。


「お疲れ様でした。お昼にしましょうか」

「ああ」

 ちょっと遅い昼食というくらいの時間だ。クエストが終わってもまだまだ一緒にいられるのが嬉しい。

 とりあえず手頃な店でランチにする。前の時に家族で使ったことがある店だ。


(懐かしい……)

 もう一人、ここにはクレアが足りない。そう思うと泣きたくなるけれど、オスカーだけでも取り戻せたのは本当に嬉しい。

「ジュリア?」

 心配そうに呼ばれた。その音が心地よくて、愛しい。

「……あなたがいてくれて嬉しいなと、思っただけなので。大丈夫です」

 努めて笑顔で答えた。


 オスカーが考えるようにしながら、小さく音を作る。

「……クレアか」

 飛びだしそうになった涙をぐっと飲みこむ。喪失の悲しさと、彼が気づいてくれた嬉しさが等しい。

「……はい」

 どうしてわかってしまうのだろう。彼に話したことはあったけれど、気づかれるほど顔に出ていただろうか。


「ジュリアは……、また子どもがほしいと思うか?」

「え」

 それはつまり、彼との子を、という意味だろう。一気に顔が熱くなる。

 バーバラたちの所で、彼以外の子はほしくないと公言したも同然だったけれど、確かにその先を話したことはない。


「そう、ですね。私の問題がクリアになったなら。あの子の代わりにはならないけれど、あの子の弟妹はほしいと思います。

 前の時は仕事を優先して一人にしたので、今回は何人かいてもいいかもしれません」

「……そうか」

 オスカーが少し恥ずかしそうだ。

 言っている自分も恥ずかしい。彼との未来を望むと言ったも同然だ。


「ドリーミング・ワールド」

 想定していなかった呪文が聞こえた。心地いい一陣の風が吹いた気がした。

 幻想の魔法がかかったはずなのに、周りの景色は変わらない。不思議に思う前に、子どもの笑い声がした。一人、二人、三人。歳が違う女の子が駆け回っている。

(ぁ……)

 ぶわっと涙があふれる。その中にクレアはいない。その寂しさもあるけれど、それ以上に、そこには新しい光がある。


「……必ず、世界の摂理の問題は解決する」

「はい……」

 短い間の夢の世界。彼はそれを現実にしてくれるつもりなのだ。自分があきらめていた全てを。

 嬉しくて、涙が止まらなくて、ごまかすように小さく笑った。

「ふふ。……みんな、私に似すぎです。あなたに似た男の子もほしいです」

「……そうか」

 オスカーがものすごく恥ずかしそうだ。かわいくて愛しくて、彼のすべてが大好きだ。


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