30 かわいいか問題とお酒を買いたい話
「オスカー、あの……」
「ん?」
「私ってかわいいんですか?」
お昼の時に食事の合間に聞いてみたら、絶句してから頭をかかえられた。
「それは……、聞く相手を間違えていると思う。……いや、他の男に聞かれるのもイヤだが」
「あ、そうですよね。かわいくないとは言えないですもんね」
「そうじゃない。自分はジュリアが世界一かわいいと思っているのだから、多分、ジュリアがほしい答えにはならないという意味だ」
「せかっ、え……」
予想外すぎる。顔が熱い。冷たい水を口に含んでみたけど、全然冷めない。
「で、でも。バーバラさんもかわいいですよね?」
「女性の外見をどうこう言うのはあまり好まないが。あの子は性格のキツさが顔に出ているからな。そういうのが好みの男もいるだろうが、自分は苦手だ」
「そうなんですね」
バーバラには申し訳ないけれど、オスカーの好みじゃないことには安心した。
少し食べ進めて、自分の中で納得する。
「周りと比べて、というのはよくわからないけど。あなたがかわいいと思ってくれているなら、それだけで十分です」
オスカーが赤くなって顔を半分隠した。むしろオスカーがかわいいと思う。
彼もまた少し考える間を置いてから、丁寧に言葉を返してくれる。
「それは、ものすごく嬉しいが。朝の話の主旨とは違うだろうな」
「近づいてくる男性をもっと警戒するように、ということですよね」
「そうだな」
「バートさんはちゃんと警戒してますよ。あの後、ユエルにも聞いてみたんです。なんでバートさんには撫でさせなかったのかを」
「それで、なんと?」
「私に、獲物に向けるような目を向けているのが気に入らないからだと言っていました」
「……ピカテットの方がわかっているんじゃないか?」
「私から巻き上げられるものなんてないのに何を言ってるんだろう、商人だしせいぜい何か買わされるくらいじゃないかと思っていたのですが。まさか恋愛対象だとは」
「その逆の自信はどこからくるんだ……」
オスカーがため息をつく。けれど、仕方ないではないか。
「私の目にはあなたしか映らないのに、そこに映りこもうなんていう不毛なことを考える人がいるとは思わないじゃないですか」
正直に言ったら、オスカーが手で顔を覆った。
「……少し、出てくる」
そう言って、お店の個室を出ていく。ちょっと寂しい。
「ピチチ!」
ユエルが何か言いたそうだけど、オスカーがいつ戻るかわからない場所での会話はもうしばらく解禁したくない。
虫退治の時には役に立ったから、そういう事務的な話題ならいいかもしれないけれど。
そう経たずにオスカーが戻ってきた。
「おかえりなさい」
「……ああ」
彼が座って食事を再開したところで、待っている間に思いだしたことを聞いてみる。
「別件なのですが、相談があって」
「なんだ?」
「お酒を買いたいのですが」
「十八以上でないと買えないはずだが」
「そうなんです」
精神年齢ではとうに超えているけれど、体の年齢と社会的にはまだ十六だ。
「今の私はまだ買えないから、あなたにお願いできないかと」
「……飲むのか?」
「いえ、私じゃないです。あ、すみません。そこから話すべきでした。
前の時に会った相手に会いに行く話で。師匠にはセイント・デイにしか会えないので。その前に、ドワーフの長老のところに挨拶に行けたらと思っていて」
「ああ、ドワーフか。確かに、手土産に酒があった方がよさそうだな」
「そうなんです。度数が高いお酒が、結構大量にあった方がよくて」
「長老に会うのに何年もかかったと言っていたが、それは大丈夫なのだろうか」
「前の時は、ですね。はい。今は場所を知っていて空間転移で隠れ里の前まで行けるし、入るための合言葉も知っているので。
それに、前の時みたいに難しいことをお願いするのではなくて、少し話したいだけなので。いいお酒の手土産があればなんとかなるかと」
「なるほど?」
「ただ、それを買うのにも結構お金がかかるので。あまりお給料を使うと親に知られるかもしれないし」
「自分が出すか?」
「いえ、それは悪いです。代わりに、一緒に冒険者協会のクエストを受けられないかと」
「なるほど」
オスカーが考えるように口元に手をあてる。
「つまり、自分がすることは、冒険者協会でクエストを受注して、ジュリアと共に達成し、報告して報酬をもらう。それから必要量の酒を張達する、ということでいいか?」
「はい。保存場所に困るので、お酒を買ったらその日のうちに空間転移で行けたらと思っています」
「クエストに一日、酒を買ってドワーフのところに行くのに一日、と考えるのがいいだろうな。
ひとまず、今週末にでもウッズハイムの冒険者協会に行ってみるか?」
「いいんですか? その、いつも私のことにつきあわせてばかりで」
「ああ。どれも一緒に行く必要性を感じてのことだし、今回は前に進むためだからな」
「ありがとうございます」
二人のことにしてから、それ以外のことにも協力してもらってばかりだ。
(何かオスカーに返せることはないかしら……)
▼ [オスカー] ▼
クエストを受けたり、ドワーフに会いに行ったりするのは望むところだ。他の男のところに行かれるのに同行するよりずっと建設的だし、彼女の問題は二人の問題でもある。
(ドワーフの長老にダークエルフ……、解決の糸口があるといいが)
そんなことを考えていると、ふいにジュリアがおずおずと尋ねてくる。
「あなたは、私にしてほしいことはありませんか?」
「してほしいこと……?」
(待ってくれ……。かわいすぎる……)
そう言われて浮かぶことはある。あるが、言えないことしかない。
(キス……、とか、そういう意味ではないよな……?)
キラキラした天使の前で、邪なのが申し訳ない。
「……突然、どうしたんだ?」
「ずっと私のことにつきあわせているので。少しでも何か返せないかなって」
「ああ……。ジュリアがそばにいてくれるだけで十分だ」
答えたら、彼女が赤くなって両手でほほをおおう。かわいい。
ピカテットがじっとりと見てくる。
(魔法をかけていない時は互いに言葉は通じていなくて、雰囲気を感じとっているだけだとは聞いているが)
へたれと言われている気がした。
食事を終えて、ジュリアを研修先まで送っていく。
「……あの」
「ん?」
別れ際に小さく呼び止められ、彼女がつま先立ちになって顔が近づいた。
(?!)
「だいすきです」
重大な内緒話をするかのようにして、甘い音で囁かれる。
直後、早足で職場へと戻って行った。
(……待ってくれ)
すぐに仕事に戻らないといけないのに、意識を戻せる気がしない。
一緒の職場だったら仕事にならなかっただろう。彼女を早々に外部研修に出したクルス氏の判断に感謝する日が来るとは思わなかった。




