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29 [ルーカス] 前提がズレてる


 月曜朝は早めに出勤するのが習慣になってきた。

 案の定、オスカーが定位置に落ちている。

「はよ」

「……ルーカスか」

「どうした?」

「自分は死ぬかもしれない」

「今度はどうしたの?」

「幸せすぎる……」

「ああ、そういう……」

 お熱いようで何よりだ。

「長生きはしないといけないんだが」

「そりゃそうだろうけど飛躍しすぎじゃない?!」

 オスカーがおもしろすぎる。


「彼女がかわいすぎるんだが。どうすればいい?」

「うん。おもしろいのとうらやましいのとを通り越して、ちょっと爆発させたくなってきた」

「室内で爆破魔法は推奨しない」

「唱えるわけじゃないよ?! そもそもぼくは使えないしね?!」

「魔道具か?」

「いや物理じゃなくて、そういう気分ってこと」

「気分……」

 まったくピンときていない顔をしている。


「で、どこまでいったの? ちゅーくらいできた?」

 オスカーが、そういえばしてないという顔になる。世間一般的な感覚では進んでいないようだ。

 そのまま返事がない。

「……ま、言いたくないなら別にいいけど。

 そういえば、ぼくがあげた投影の魔道具はどうしたの? 研修室で二人になることはなくなったんでしょ?」

「ああ。回収してデスクにしまってある。返した方がいいか?」

「いや、一度あげたものだし、好きにしてもらっていいよ。ジュリアちゃんでも記録しておけば? 時間が経つとできなくなるでしょ?」

 投影の魔道具は、記憶がハッキリしている間しか記録できない。なるべく早く記録しないと、昔のことは写せなくなるのだ。


「……みんなかわいすぎて、いつのがいいか選べない」

「はいはい。それはゆっくり考えなね」

「から、複数記録用を買って寮に置いてある」

「うん、何も言う必要がなかったね」

 バカップルめ。最初からその要素はあると思っていたけれど、つきあい始めてからどんどん加速している。


 次第に顔ぶれが増えてくる。

「おはようございます」

 ジュリアとクルス氏も顔を出す。

(ん?)

 クルス氏が難しい顔をしている。何か用事がありそうだ。

(オスカーとジュリアちゃんのデートに物申す系?)


「ルーカス・ブレア」

「え、ぼく?」

「仕事でなら女装をしても構わないと言っていたな」

 想定外な質問だけど、困るような質問ではないから普通に答える。

「それは、うん。前にオスカーと調査してた時みたいな感じなら」

「うむ。なら、今後商工協会から正式に依頼が来たら、一日だけ私の娘になれ」

「待って、どういうこと?」

 確実に前提が足りていない。順を追って説明してほしい。

「お前がジュリア・クルスになるんだ。ジュリアの顔は、バートとバーバラにしか知られていないからな」

「言っている意味がわからないんだけど」

「お前でもわからないことがあるのか」

「そりゃあ、前提を知らなかったらムリでしょ。要はぼくに替え玉になれってことなんだろうけど。何がどうなってそうなったの?」


「えっと、一昨日、バーバラさんとバートさん、商工会長の孫の二人に会ってきたんです」

「ああ、魔力開花術式の時にジュリアちゃんを指名して、態度が凄かった」

「受付や廊下で話していたので、聞こえてますよね……。その時にバーバラさんに懐かれて。何度かご招待を断っていたから、週末に行ってきて」

「来た時は凄かったのに帰りは上機嫌だったのって、そういうことだったんだね。で?」

「バートさんが、ショー商会のセイント・デイのパーティで、警備の依頼を出したいと。警備を兼ねて、私をパートナーにと」


「それ完全にジュリアちゃん狙いじゃん」

「え、ルーカスさん、そう思います?」

「いや、思わない方がおかしいでしょ」

「けど、オスカーにも一緒に行ってもらってて。ちゃんと二人にも、おつきあいしているって言ってるのに?」

「あのね、ジュリアちゃん。世の中には君たちみたいに性格がいい人だけじゃないんだよ。

 好きな人とかつきあってる相手がいるなら身を引こうっていうのは、いい人の思考。

 そういう意味だと、フィン様もいい人だと思うよ」

「そうなんですか? けど、相手がいるのに、不毛じゃないですか?」

「人間関係ってさ、波があるじゃん? どんなに仲がよくてもうまくいかない瞬間ってあったり……、ジュリアちゃんにも、つきあい始める前に覚えがあるでしょ?」

 一週間ほど、自分を巻きこんで彼女とオスカーがギクシャクしていた期間があった。なかったとは言わせない。


「えっと……、はい。それは」

「そういう時になぐさめて、甘いことを言って、自分にしておけって言われたら、コロッとなびく女の子は少なくないわけ」

「そうなんですね?」

 イマイチピンと来ていないようだ。このバカップルめ。

「ジュリアちゃんがなびくかどうかはともかくとして、そういうことを考える男もいるってこと。

 で、セイント・デイのパーティなんて、公認カップルになるにはうってつけだよね。周りにそういう印象持たせて外堀埋めてタイミングを待つ以外の何ものでもないでしょ」

「……なるほど?」

 言いつつジュリアが小首をかしげる。ここまで言ってもピンときていないようだ。

 オスカーとクルス氏が話に入ってこないで見守っているのは、二人も同じことを彼女に理解させたいからな気がする。


「あー……、ジュリアちゃん。たぶん、前提がズレてる気がする」

「前提、ですか?」

「ジュリアちゃん、自分のこと普通だと思ってるでしょ」

「え……」

 あからさまに狼狽うろたえた顔。何か隠し事に触れたようだ。

「なんか違うこと考えたっぽいから一応言っておくけど、戦闘力とかの話じゃないよ」

「あ、違うんですか?」

(やっぱり)

 普通の魔法使いじゃないと言われたと受け取っていたのだろう。

「女の子としての見た目の話。あのね、ジュリアちゃん。ジュリアちゃんは、かわいいからね?」

「……え」

 ジュリアがわずかに目を見開いて止まる。


「そこまで意外?」

「はい。少なくともルーカスさんからそう言われるのは意外です」

「ぼくは客観的な意見を言ってるだけ。きみがオスカーとべったりじゃなかったら、狙おうっていう男はこの魔法協会の中だけでも少なくないわけ。

 なんだかんだここのメンツも人がいいから祝福してくれてるだけなの、ちゃんと自覚しなね」

「えっと……、はい」

(やっぱりなんか納得してない気がするんだよなあ……)

「まあ、自覚がないのもきみのいいとこで、女性からも好かれるのはそういうとこなんだろうけど。

 きみを射止めたオスカーは相当な幸運で、こいつがヘマして逃したら次にかっさらいに来るのなんていっぱいいるからね。

 で、ここでもそうなんだから、外の世界はオオカミだらけだと思った方がいいっていう話」


「あの、ひとつだけ、いいですか?」

「何?」

「オスカーに出会えた私の方が相当な幸運だと思います」

「そういう話じゃない!!!」


 バカップルめ。素でなんてことを言うんだ。隣のオスカーが内心で悶絶しているのにも、多分彼女は気づいていない。


 クルス氏がため息をつく。

「お前でもダメか……。昨夜、散々そういう話もしたんだがな」

「あー、クルス氏が言っても、親のひいき目とか言われたんでしょ」

「全くもってその通りだ」

「えっと、要は、相手がいたとしても男性からそういう目で見られることがあるから気をつけるように、っていうことですよね?」

「そういうこと」

 要約するとそうだけど、危機感は半分も伝わっていない気がする。が、これ以上は伝わらないだろうからもうそれでよしとするしかない。


「まあ、クルス氏がそう思ったから、ぼくに白羽の矢が立ったんでしょ? 魔法協会としては受けたい案件ってこと?」

「ああ。前にお前とウォードで調査に回ってもらった件の真犯人が、展示品のブルーミスリルを狙ってくる可能性がある、と言われたそうだ。信憑性はわからないが」

「あー、ブルーミスリルなら可能性はあるかもね。わざわざパーティ会場で盗む意味はわからないけど。

 普段はかなり厳重な管理をしていて魔法使いにも盗みだせないけど、そこだけ警備が薄くなるとか、そういう状況かな。保管場所からの行き帰りの方も警戒した方がいいと思うけど」

「詳しいことは正式依頼が来てからだな。ただ、もし魔法使いの盗っ人が絡んでくるなら、こちらから頼んででも潜入させてもらいたい案件になる。魔法使い絡みの治安維持は魔法協会の重要な機能のひとつだからな」


「なるほどね。いいよ。その日はぼくがジュリアちゃんになるよ。バートとバーバラがそれを許容すれば、にはなるけど」

「ありがたい。その点は説得できるだろう。向こうの建前は崩せるわけだからな」

「ありがとうございます、ルーカスさん」

 ジュリアとクルス氏だけでなく、オスカーもあからさまに安心したようだった。


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