28 [オスカー] 厄介なバート
バートを警戒しながら、女性二人の話を聞く。バートはただニコニコとうさんくさい笑顔を浮かべているだけだ。
バートがユエルについて「ジュリアさんに似てかわいい」と言ったのは、「ジュリアさんがかわいい」と褒めたつもりだったのだろう。彼女が見事に無意識でスルーしていたのがおもしろかった。
「ところで、バーバラさんは子どもはほしいですか?」
「えっ?! 子ども?! 結婚もまだなのに?!」
バーバラがチラリと自分の方を見てくる。そこまで進んでいるのかというニュアンスを感じたが、とんだ濡れ衣だ。
ジュリアが続ける。
「フィン様は、子どもを持つ気はないとハッキリ言っていたので」
「……そうなの?」
「はい。私と条件が合ったのも、当時の私が、子どもを持たなくてもいい相手という条件をつけていたからで」
「ジュリアは子どもが嫌いなの?」
「いえ。むしろ好きな方だと思います。ただ……、ほしいと思う相手が一人だけなので」
ジュリアの視線がチラリと飛んでくる。
(ちょっと待ってくれ)
なんということを言うのか。「あなたの子どもがほしい」「あなたがほしい」に脳内変換されるのを防ぎようがない。
彼女がお見合いを受ける条件は二つあった。思いがなくてもいいこと、子どもを持たなくてもいいこと。それでもいいとクルス氏に言ったら拒否されたが。
彼女の条件の背景に既に自分がいたのだとすれば、どうしようもなく嬉しい。ニヤけそうになるのを必死にこらえる。
バーバラは首をかしげた。
「それってどういうこと?」
「遠回りをしたけど、ちゃんと大好きな人の手を取れたということです」
ジュリアがそう言って笑って、手をにぎって指を絡めてくる。
(ああああああっっ)
かわいすぎる。今すぐここから連れ去りたい。やっと手にできた愛しいぬくもりを離すまいとするかのように、大切ににぎり返す。
「お二人は本当に仲がいいんですね」
バートが、底が見えない笑顔で言った。
「えっと……」
ジュリアが再びチラリと見上げてくる。かわいい。
それから少し気恥ずかしそうに「はい」と答えてくれる。もう連れ帰っていいだろうか。
「まだ初々しいのがかわいらしい。大体のカップルは、三ヶ月目、三年目が山場らしいけど」
(何が言いたいんだ)
「それなら……、きっと大丈夫です」
ジュリアが確信を持って答える。それはそうだろう。彼女は以前、自分と二十年近く連れ添ったと言っていたのだから。
バートがニヤッと笑う。イヤな感じがした。
「それはそれとして。ジュリアさんにお願いしたいことがあるんです」
「お願い、ですか?」
「ちゃんと魔法協会に仕事として依頼しようと思っているのだけど、事前の打診として聞いてください」
(仕事?)
すごくイヤな予感がする。ろくでもないことを企んでいそうだ。
「毎年、ショー商会でセイント・デイの立食パーティを開催しているんです。そこで新商品を紹介したり、普段は非公開の珍しいアイテムを公開したりしていて。
今年の目玉は、ブルーミスリルをあしらったロッドになります」
「ブルーミスリル……。それはまた、珍しいものを入手されたんですね」
通常のミスリル鉱石は無色透明から、淡いピンク色や薄く紫がかった色をしている。ブルーミスリルはブルーダイヤモンドよりも希少だという一般認識だ。
「珍品を集めるのは祖父の趣味で。ただ、警備面で心配があります。魔法を使ったとしか思えない盗難事件が各地で起きていて、手口から同一犯だと言われているけど、犯人はまだ捕まっていません。
少し前にこの街でも、盗品を扱った宝石商が捕まりましたが。肝心の盗んで流した方の消息は未だつかめていなかったかと」
ルーカスが女装をして、自分と調査をしていた事件だ。犯人の消息についてはバートの言う通り、追えていない。魔法使い絡みの犯罪のため、魔法協会の管理部門の管轄だ。
「詳しいんですね」
「俺も祖父の店で見習いをしてますから。この辺りの情報は仕事柄必要なんです。
ブルーミスリルが展示されることは招待客には通知しているので、相手が情報を得るのはそう難しくないでしょう。
それで、ジュリアさんにお願いというのは、パーティ当日、警備を兼ねて、俺のパートナーとして参加してもらえないかと」
「え」
「却下だ。普通に警備を依頼すればいい」
つい口を出してしまう。やはりろくでもない話だった。
「あんたには聞いてない」
「えっと、でも、オスカーの言う通りかと」
「商工協会関係のお偉方が集まるから、あまり物々しい警備にはしたくないんです。俺と同年代の女性魔法使いってなると、ジュリアさんしかいないのでは?」
「私はまだ見習いなので、戦力に入らないと思います。先輩たちに任せた方が安全かと」
「ジュリアさんが俺のパートナーとして来てくれると、冠位魔法使いエリック・クルス氏と奥方を関係者という名目で招待できる。
もちろんそちらも魔法協会にはちゃんと依頼として出すけど、商工協会側に対する名目っていう意味でね。
それ以上に心強い警備はいないでしょう?」
「それは……、そうですね」
(ちょっと待ってくれ。何を納得しているんだ……)
確かに一見、理屈としては通っているように聞こえる。
けれど、目的が逆なように感じるのだ。警備にクルス氏を引っぱりだすためにジュリアに声をかけたのではなく、ジュリアをパートナーにするためにクルス氏の名を借りているような気がする。
もう一度、却下だと口を出したい。けれど、ジュリアのことはジュリアが決めることだとも思う。本心を言えば、ものすごくイヤだが。
「そうでしょう? なので、ぜひ受けてもらえたらと」
「あ、でも、セイント・デイはもう予定があるので。その日はムリです」
(よく言った!)
「そんなに先まで約束を?」
「デートもそうなのですが。その日にしか会えない人に会いに行きたいので」
彼女の師匠はその日にしか捕まらないと言っていた。年に一度の機会だ。
これで話はなかったことになるだろうとホッとしたのも束の間だった。
「なるほど。でも、安心してください。当日はそれぞれで過ごしたい人が多いので、例年、前日の夕方に催していて。それなら問題ないですよね」
「……私一人で決められることではないので、まず父と相談してみます」
「はい。いい返事を期待しています」
(……面倒だな)
うまく絡めとられた印象だ。すべての問答を想定されていたような感覚がある。
商工会長の孫、バート・ショー。フィン・ホイットマンよりずっと厄介だと思う。仕事としてパートナー役を受けたら、そのまま外堀を埋められそうなイヤな感じだ。
その後はあたりさわりのない話が続いて、いくつか菓子を食べてお茶を飲み、適当な時間に屋敷を後にした。
彼女の家の方へと、歩いて送っていく。
「すみません、完全に付きあわせた感じになってしまって。楽しくなかったですよね」
「いや、一緒に行ってよかったと思う」
「そうですか?」
「……ジュリア」
言うか言うまいかを随分考えたが、言うだけ言った方がいいと思って、少し真剣に彼女を呼ぶ。
「はい」
「あの話は、受けないでほしい」
「あの話?」
「セイント・デイのパーティのパートナー役だ。……自分が口を出すことではないかもしれないが」
「……いえ。あなたは口を出せる立場ですよ? 私の本当のパートナーなんですから」
私の本当のパートナーなんですから。
嬉しすぎて何度もエコーがかかって再生される。
「私も、私が決められるなら断りたいです。あなた以外と腕を組んだり、手をつないだりしたくないので」
(ああああああっ……)
どうしよう。どうすればいい? かわいすぎるのだが。
つないだ手に力がこもる。
「それに、もし逆で、バーバラさんがあなたを指名してきたら私はイヤなので。お父様には断る前提で、お話があったことを伝えようと思っています」
「……そうか」
安心したのと嬉しいのとで、思いっきり抱きしめたい。が、ぐっと飲みこむ。
出会った頃から彼女が好きだけど、つきあえることになってから、加速度的に好きが増している気がする。これ以上ないくらい好きだと思っているのに、それをゆうに超えてもっと好きになるのだ。この気持ちをどう表していいかわからない。
チラリと彼女を見ると、かわいい笑顔が返ってくる。かわいい。幸せだ。
歩けばそれなりの距離だと思っていたのに、そう経たずに彼女の家の前に着いてしまう。手を離すのが名残惜しい。
彼女の指先が、離れがたいと言うかのように二度揺れた。しっかりと握りかえしてから、ゆっくりと解いていく。
「……また、月曜に」
「はい」
かわいい目元が大切そうに見上げてくる。かわいい。
視線を外せずにいると、ふいに胸に飛びこんできて抱きしめられた。
「オスカー。……大好きです」
恥ずかしそうに囁くように言って、彼女がパッと離れて門の中に駆けこんでいく。
(……は?)
何が起きたのかがわからない。
数秒遅れてやっと認識できると、一瞬で頭の中が湯立つ。
(かわっ、え、かわっ……)
どこまでもあふれて止まらない大好きを、どう彼女に返せばいいかがわからない。




