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27 ショー邸訪問


 ショー兄妹の魔力開花術式の後、週に一度バーバラと手紙のやりとりをしている。返事を書くのは日曜日が多い。

 内容はとりとめのないことだ。最近の流行はやりやちょっとしたできごとなど、女の子の友だちという感じが思っていたより楽しい。

 ただ、毎回、手紙の終わりに家へのお誘いがついてくるのにだけは困っていた。


 断り続けるのが申し訳なくて、昼休みにオスカーに相談したのが先週半ばだ。

「バーバラと二人なら、ジュリアがイヤでないなら行ってもいいのだろうが」

「バートさん、ですよね」

「ああ。当たり前のように居そうな気がする」

「そんな気はします……」

「自分も同行できるなら、と思うが」

「わかりました。聞いてみますね」

「ピチチチチ!」

 話は通じていないはずなのに、ユエルからも全身で主張された。


 オスカーとユエルの同行を打診したら、バーバラからすぐにオーケーの返事が来た。土曜日のどこかという希望にも、一番近い日程での指定があった。

 それが今日だ。

 昼過ぎまでは街中でゆっくりデートをして、それから二人プラス一匹でホウキでショー邸へと向かう。高級街の中にあるから、自宅から遠くない場所だ。


 クルス邸は門や柵が格子状になっている開放的な作りだ。対して、ショー邸は重厚な門で塀が高く、一切中が見えないようになっている。

 時間近くになってからノッカーを鳴らす。

 使用人が門を開けたのと同時に、飛びだしてきたバーバラに思いっきり抱きしめられた。

「ジュリア! よく来たわね! 待っていたわ!」

「えっと……、バーバラさん。お久しぶりです」

「本当よ! お久しぶりよ! もう一ヶ月近いんだから!」

「ちょっと色々と忙しくて。ちゃんと来たから許してください」

「許すわ!」

 バーバラが目をキラキラさせてそう言った。バーバラは懐かれるとかわいいタイプだった。


「立ち話もなんだから、入って入って。お兄様もお待ちよ」

「はい。ありがとうございます」

 ユエルを肩に乗せたまま、オスカーの手を取って後をついていく。

「お手紙でおつきあいしているとは聞いたけれど。本当なのね」

「はい。ちょうどバーバラさんたちが術式を受けに来る少し前からです」

「そうだったの? よかったじゃない」

「はいっ」

 こうしてオスカーの手を取れるのは本当に嬉しい。オスカーを見上げて笑うと、小さく笑みが返る。幸せだ。


 客室に通される。豪華なソファが置かれていて、商談などにも使われそうな部屋だ。テーブルの上には色々な種類の、たくさんのお菓子が並んでいる。

 バートに笑顔で出迎えられる。心なしか前回よりも服も髪型もキチッとして見える。

「ようこそ、ジュリア・クルスさん。それと、オマケのオスカー・ウォードさん」

(オマケ……)

 確かにその通りなのだけれど、なんだかトゲがある。

「お兄様? わたしのお友だちとその彼氏さんなのだから、失礼がないようにしてくださいませね?」

「もちろん。ジュリアさんの彼氏さんですからね」

 そう言ってバートの目が細められる。笑顔なはずなのに、うっすら寒気を感じるのはなぜだろうか。


 勧められた席に座る。一人掛けのいいソファだ。

「ジュリアの隣はわたしね!」

「では、俺は向かいに。彼氏さんは俺らと違って普段から会えるんだし、狭量きょうりょうなことは言わないでしょう?」

「……どうだろうか。自分は狭量だと思うが」

 バチッと火花が散った気がする。二人と二人で向かいあって座ろうとすると、どうしても一人が自分から遠くなる。

(確かにオスカーとはいつでも会えるけど、一緒にいられるなら近くがいいって思っちゃダメかしら……?)


 バーバラがケラケラ笑う。

「なら、三人掛けの真ん中にジュリアが座ればいいのよ。片方の隣はわたしね」

「それなら、バートは向かいで構わない」

「いや、その場合は俺も横がいい」

(なんで私のそばを取りあうのかしら……?)

 バーバラは元々、話したいと言って招待してくれたのだから当然だ。オスカーも、自分と同じように思ってくれているなら頷ける。

 問題はバートだ。妹の友だちのそばに座りたがる意味がわからない。


「なら、ジュリアさんに決めてもらいましょう」

 意外にも、そのバートがそんなことを言いだす。

(もっと押しが強い人かと思ってたけど)

「じゃあ……、すみません。バートさんが向かいで、右にオスカー、左にバーバラさんでもいいですか?」

 なんとなく、オスカーが右側にいてくれると安心する。

 全員が頷いて座り方が決まった。席につくと、使用人が紅茶を淹れてくれる。


「ピチチ!」

「ユエルは肩の上でも頭の上でもひざの上でも、好きにしてくださいね」

 言葉はバートとバーバラに聞かせていて、ユエルには手で位置を示す。

 ユエルは肩の上を選んで、ちょこんと収まった。

「ユエルちゃんって言うのね?」

「はい。名前はジュエルで、私とまぎらわしいから、愛称でユエルと呼んでいます」

「ピカテットよね。かわいい」

「ふふ。撫でてみますか?」

「いいの?」

 バーバラが目を輝かせる。

「もちろん。バーバラさんが連れてきていいと言ってくれて助かりました」


「うわあ、ふっかふか! すごい! ふっかふか!!」

「喜んでもらえて嬉しいです」

「俺も撫でさせてもらっても?」

「バートさんも動物が好きなんですか?」

「そうだね。その子は、ジュリアさんに似てかわいいと思うよ」

「え、似てますか?」

 そんなことは初めて言われた。ユエルと似ているだろうか。

(性格は知らないから見た目の話よね?)

 首を傾げる。似ている要素がまるでわからない。どうしようと思ってオスカーを見ると、ちょっと笑いをこらえている気がする。

(え、なんで?)

 誰もおもしろいことは言っていないはずだし、オスカーは笑いの沸点が低い方ではない。むしろ高い方ではなかったか。

 よくわからないから、わかることだけをする。


「じゃあ、どうぞ」

 肩の上のユエルを手に乗せて、そっと差しだす。

「ピチ!」

 バートが手を伸ばそうとしたところで、ユエルが逃げるように飛んで、今度は自分の頭の上にとまった。

「あれ、嫌われちゃいましたかね」

「すみません、私もこんな反応は初めて見ました」

 ユエルは自分以外に特に懐きはしないけれど、これといって拒否したこともなかった。ちょっと父と意味不明なじゃれ方をすることはあるものの、撫でられる時には撫でられている。

(後で聞いてみよう)

 久しぶりに会話を解禁するのには十分な理由だろう。


「ピカテットが来ると聞いて、新鮮な果物も用意させたんです。よければどうぞ」

「ありがとうございます」

「お菓子は、好みがわからなかったので。口に合うといいのですが」

「お気遣いありがとうございます」

「お兄様ばかり話してずるいわ。今日はわたしがジュリアを誘ったのよ?」

「まあいいじゃないか」

「ダメよ。あんまりとられるなら、ジュリアだけわたしの部屋に連れていくわ」

「待て。男二人で残されてどうしろと」

(それはオスカーも困ると思う……)

 彼のためにもバーバラを立てる必要がありそうだ。


「バーバラさんは、どのお菓子が好きなのですか?」

「わたし? オススメはこれ! マカロンっていうお菓子」

「初めて見ます」

「でしょう? この辺りじゃ売ってないの。最近首都に入り始めたお菓子で、贈答品としてうちの商会で購入代行を始めたばかりなのよ。暑いと悪くなるから、冬季限定ね。食べてみて?」

「いただきます」

 今着ているローブと同じ色のマカロンをひとつ、つまんで口に運ぶ。初めての食感だ。中にクリームが挟んであって、おいしい。甘さは少し強めで、紅茶が合いそうだ。甘味は高いから、かなりの高級品だろう。


「おいしいです」

「気に入ってくれて嬉しいわ。フィンくんなんて、甘すぎるからいらないって言うのよ?」

「そういえば、フィン様とはよく会うんですか?」

「よく、ではないわね。子どもの頃に親と領主邸に行った時に出会って、遊んでもらって。年に数回あるかないか?

 ちょっと歳が上がったらそれもなくなったから、今ジュリアにしているみたいに、お手紙を出してお誘いしてきたの。気が向いたら来てくれる感じね」

「バーバラさんが行くことはないんですか?」

「誘われないもの。それに、領主邸に行くのって色々と手続きもあって面倒じゃない?」

「そうなんですね」

 その辺りは全て父が話を通していたから、よくわからない。そうでない時は緊急時で、一方的に押しかけていた。

(本当は手続きが必要なのね……)


「わたしの一方的な片思いなのはわかっているのよ。昔から。でも、いつかって思うじゃない?

 親からの結婚の圧力が強いって困ってたから、冗談混じりに、わたしはどう? って言ったの。家柄的にもギリギリ釣りあうし、この街で釣りあう家なんてそんなにないでしょう?

 考えておくって言われて。これはいけるって舞い上がっていたところへの、あなたとのお見合い話だったの」

「それは……、ごめんなさい」

 事件のタイミングとしてはジャストだったのだろう。けれどバーバラの視点からすると、とんでもない横槍だ。


「まったくよ! 冠位の娘なんてどうせ高飛車でろくでもなくて、一度会って終わりになると思っていたのに。

 フィンくんからの手紙、見る?! 運命の人に出会ったとか天から舞い降りた天使みたいだとか恥ずかしいこといっぱい書いてあるんだから。それをわたしに言う?! って思ったわ」

「ああ……。なんかほんと、すみません……」

 フィンから自分への手紙も似たようなものだった。もっと熱量があった。早々に距離をとりたくなったのは、そこについていけなかったのも大きい。


「手紙については、ジュリアが謝ることじゃないわ。フィンくんが無神経なだけ。もっと言うと、わたしがちゃんと告白できてないから、そういう対象だと思われていないんだと思うわ」

「うーん……、これは、女の子の内緒話なのですが」

「何かしら?」

 オスカーとバートに聞かれて困ることではないけれど、内緒感を出すためにバーバラの耳元に口を寄せる。


「フィン様、『知りあいの女の子』にお見合い相手役を頼むつもり、あったって言ってましたよ」

「え、ウソ。ホント? ……でもそれ、わたしのことだと思う?」

「はい。家格がある程度つりあって、年齢も近い女の子の知りあい、他に聞いていますか?」

「……多分、いないと思うわ」

「商工会長の孫娘だとも」

「わたしじゃない!!!」

「なので、横槍を入れてしまったのは申し訳ないのですが。今からでも押せば……、いつかはいけるかも、と思います」

 断言できないのは、想定をはるかに超えて自分に執着されたからだ。自分以外と結婚する気はないと親や周りに宣言して後継ぎの問題を話し合ったらしいから、時間はかかるかもしれない。


「ホント? ホントにそう思う??」

「はい。前に会った時にも言った通り、フィン様とバーバラさんはお似合いだと思います」


「ジュリア、大好き!!」


 思いっきりハグされる。この子は本当に感情表現がストレートだなと思う。


(私もオスカーにそう言って抱きつきたい……)

 思っても、そのハードルは中々高く感じる。


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