26 警戒と報酬と将来の話
最近、出勤するとオスカーとルーカスが先に着いて話していることが多い。
(やっぱり二人、仲良いのよね)
この時期で考えれば、前の時よりも距離が近い気がする。
始業時刻に全員がそろうと、父から全体に話があると声をかけられた。
「土曜の午後、ホワイトヒルの近くで再びワイバーンの群れが目撃されている。
街に来ることはなく、人的被害もないが、目的が不明のため警戒を怠らないようにしたい。各々気にかけておくように」
(わーっ!!! ごめんなさいっ! 犯人は私です!!)
内心平謝りだ。
オスカーと目が合うと、お互いに苦笑する。ものすごく助かったけれど、ワイバーンを人がいるエリアの近くに呼ぶのはやめた方がいいのはよくわかった。
昼休み、オスカーとユエルと、行きつけになってきた個室がある店に入る。
「驚きましたね。ワイバーンを呼んだのがあんな話になるなんて」
「事情を知らない人が目撃したら恐怖だろうが、事情を話すわけにもいかないしな」
「ですね」
「昨日、スライミースラッグとツインヘッドイーグルの魔核を売ってきた」
「あ、ありがとうございます。大丈夫でしたか?」
「ああ。師匠の名を借りるから事前に話したら、初回は一緒に行くと言われて共にウッズハイムの冒険者協会に行ったんだが。
その場にいた全てのパーティからものすごく勧誘された」
「まあ、剣聖の弟子だなんて言われたらそうなりますよね」
「ああ。それと、持ちこんだ魔核の数も多かったからな。ツインヘッドイーグル討伐がソロだとBランク下位の難易度なのもあって、初回登録でBランク認定された」
「あなたの戦闘力なら妥当だと思いますけど。初回登録としてはかなり高評価ですね」
「師匠もそう言っていた。中級以上の魔法が使える魔法使いで、剣でも戦えることが珍しいというのもあるらしい」
「ふふ。あなたの実力が認められて嬉しいです」
「自分一人の力ではないが」
「いえ。ほとんどあなたが退治していましたから。今回の私はただのお荷物でした。本当に、迷惑しかかけていないかと」
「そんなことはない。が、荷物になるジュリアはかわいいから、それでも構わないとは思う」
「かわっ?! えっ……」
なんてことを言うのか。そんなことを言われたら反省が溶けてしまう。顔が熱い。
オスカーが少し気恥ずかしそうにしつつも、言葉を続けてくれる。
「頼られたのは、すごく嬉しい」
「……ありがとうございます」
だからといって頼りすぎるのは違うと思うけれど、彼がそう言ってくれるのは嬉しい。
「これが今回の魔核の代金だ。どちらも討伐依頼は出ていないから、純粋な素材の金額だな」
思っていたより悪くない。奮発するようないい店で、二人でディナーができるくらいの金額だ。
「さっき言った通りなので、今回はあなたがとっておいてください」
「そう言われるかと思って、提案があるのだが」
「なんでしょう?」
「二人で使うのはどうだろうか。例えば、セイント・デイのディナーなどに」
「あ、それはいいですね。気兼ねなく贅沢できそうです」
それまでに元の姿は忘れていたいとは思うが。金額的には程よいだろう。
「ならば、一旦預かっておく」
「はい。ありがとうございます」
食事を進めながら、ふと思ったことを聞いてみる。
「……オスカーは、いつか冠位になりたいですか?」
冒険者協会に届けた分も、実績として申請時には加味してもらえる。
申請しなくても、実績によっては向こうから話が来ることもある。自分が冠位二位を打診された時に素材を売ったのは冒険者協会だった。
オスカーが少し考えてから口を開く。
「そうだな……。ジュリアは……、ただの魔法使いの妻と、冠位で準男爵の妻。どちらがいい?」
「ぁ……」
前の時、ほとんどの討伐を一緒にしていたから、同時に冠位を打診された。その時にも彼は聞いてくれたのだ。「ジュリアはどっちがいい?」と。
冠位をもらうことには、メリットとデメリットがある。確かに出世はするけれど、その分、どうしても忙しくなりやすい。
朝は一緒に来ている父と、帰りが一緒になることはほとんどない。それでも夕食までに帰れるだけマシだろう。冠位一位、魔法卿は忙しすぎて離婚の危機だ。
「……家族でいられる時間が持てるなら、出世するのもいいと思います。あなたが認められるのは嬉しいので。けど、ただの魔法使いの妻も幸せだと思います」
遠い昔に彼に答えたのと、自分の答えは変わらない。
(……ん?)
答えを口に出してから、違和感があった。
(ちょっと待って。結婚する前提になってない??)
前の時には、結婚して子どもが大きくなってからの会話だ。だから何もおかしくない。けれど、今のそれはまったく意味が違ってくる。とはいえ、今更否定するのもおかしい。
だいぶ恥ずかしくなりながら言葉を続ける。
「え、っと……、なので、私はどちらでも。今回は、私自身が受ける気はないですが」
「そうか」
「あなたが受位を望むなら協力しますよ」
「……考えておく」
そう言うオスカーもどことなく気恥ずかしそうだ。
(結婚、かぁ……)
できればそうしたいし、少し前ほど悲観的ではないけれど、どうなるかはわからない。わからないのに、そうなる可能性を考えるとニヤけそうになる。
「ピチチ!」
「あ、ユエルも話に入りたいですか?」
ランチの時にユエルと会話ができるようにする時もあれば、しない時もある。その日の流れでなんとなくだ。
「ヌシ様! ヒトは結婚というのをするそうですね」
「えっと、そうですね」
オスカーもいるところでいきなり何を言うのか。さっきの会話はわかっていないはずなのに。
「結婚というのをしないと番えないと聞きました。どうなったら結婚になるんですか?」
(ん? つがう……?)
想像してはいけないことを言われた気がしたから、流しておく。
「どう……、両方の両親の承諾を得て結婚届を出したら、でしょうか。式を挙げて周りにも知ってもらうことが多いですね」
「それだけですか?」
「それだけとは?」
「なんで、ヌシ様はオスカーとすぐ結婚しないんですか? そんなにいつもお互いにつがもごっ」
オスカーが全力でユエルの口を塞いだ。
「……そうか。お前もツインヘッドイーグルのように焼き鳥になりたいか」
「もごごご! もごーっ!」
(何?! いつもお互いに、何?!)
全力で問いただしたいけれど、ここは聞かなかったことにした方がいい気がする。
「……とりあえず、私の問題が解決しないことには」
「もごっ?」
ヌシ様の問題? と聞かれている気がする。
話題が変わったからか、オスカーがユエルの拘束を解いた。
「ヌシ様の問題?」
「ユエルには話したことがなかったですね。私は幸せになると、大切な人を失う呪いが発動するんです。それを解かないとオスカーが危険なので」
「ああ、なるほど。ヌシ様はオスカーと結婚すると幸せだから、その呪いがなくならないと結婚できないんですね」
(そうだけど! その通りだけど!!)
本人を前にしてみなまで言われるのは恥ずかしすぎる。
「……ユエル」
「はい! ヌシ様」
「しばらく会話禁止、です。ディミティス」
「ピチ?!」
古代魔法の解除呪文で会話魔法を解除する。
顔を赤らめているオスカーも少しホッとしたようだった。




