25 あんなに苦労したのに
「恥ずかしいところを見せてすみませんでした」
「……いや」
オスカーのホウキで運びだしてもらって、それからしばらく、落ちつくまでしがみついていた。
落ちついたら、ものすごく恥ずかしくなった。
恥ずかしさと申し訳なさで謝ったけれど、むしろオスカーの方が恥ずかしそうに見える。不思議だ。
「オートマティック・ウォッシュ」
とりあえず二人ともキレイにしておく。スッキリして、やっとちゃんと一息つけた。
「あ、オートマティック・ウォッシュ、よかったら教えましょうか?」
前の時、彼も自分の魔法の師匠の一人だったから、ちょっとおこがましい気もするけれど、便利で簡単な魔法は共有したい。
「そうだな。……あの処理が終わったら、頼む」
「ああ……、あの処理……」
正直、考えたくない。けれど、しないわけにはいかない。
ため息混じりに、なるべく見ないようにして歩いていく。ヌメヌメ池には二度と近づきたくない。数メートル離れたまま魔法を唱える。
「ドライ・ライカデザート」
これも魔法協会では習わない魔法だ。何か方法がないかと探していた時に片っ端からあたった本の中にあって、一応習得した最上級魔法のひとつだった。
(確か人に向けちゃいけない的なことが書いてあったのよね)
スライミースラッグの死骸を乾かすのは問題ないはずだ。よく乾いていた方が燃えやすいだろうから、強めに魔力を込めておく。
テラテラしたら粘液の池が姿を消していく。それから、スライミースラッグからテカリがなくなり、次に本体がしおれていく。水分が減れば減るほど、ぺっちゃんこになっていく感じだ。そのほとんどが水分でできていたのではないかと思えてくる。
そんな様子を薄目で眺めていると、乾燥しきったスライミースラッグが細かい砂状になってサラサラと風に飛ばされ始める。
「あれ?」
この後、燃やして灰にするつもりだったけれど、このままいくとその処理は必要なさそうだ。ちょっと魔力を込めすぎたのかもしれない。
「……乾ききって、消えていくな」
「ですね。ここまで乾くのにびっくりです」
習得したはいいけれど、お蔵入りしていた魔法だ。どの程度の出力でどうなるかはよくわかっていなかった。
(これは人に向けちゃダメよね……)
使い方によっては跡形もなく消せてしまうかもしれない。空間転移と合わせたら、簡単に完全犯罪ができてしまう。道理で魔法協会で習わないはずだ。
キレイさっぱり、とはいかないが、後には分解された砂と、複数の鈍く光る一センチ弱ほどの小さな石だけが残った。
この状態なら平気だ。元の姿をわざわざ想像して気持ち悪くなるようなことはない。
砂の中に残っている石を拾いあげる。
「スライミースラッグって魔核持ちがいるんですね」
「生きた年数や魔力の強さで魔核が育つのだったか。最初に処理した中にもあったかもしれないが、そこまで意識が回らなかったな」
「あの程度の強さの魔物だとせいぜいこのくらいの大きさなので、ムリしてまで回収しなくてもいいと思います」
魔核は全魔法耐性があり、物理で砕かない限り、本体を燃やしても大体の場合は残る。乾燥して消えることもないようだ。
(ボルケーノ・イラプションの時はさすがに、このサイズは吹き飛んだだろうけど)
魔核は加工すると魔石になる。魔石は魔物の魔核か、魔力が高い場所の地中にできる魔原石のどちらかから加工されていて、比率としては後者が多い。一度安全が確保できれば、それなりに長期的に安定して採掘ができるからだ。
魔核を魔核として使う研究もあるらしいけれど、自分は詳しくない。
素材を引き取れる場所に魔核を売ればそれなりの金額になるが、特にお金に困ってはいないし、このサイズだとちょっとしたお小遣い程度だろう。
昔手にしたエイシェントドラゴンの魔核なら、一国を買ってもおつりが出ただろうが。ワイバーン襲撃後の素材としても、魔核は高く売れて財源の一助になっていたはずだ。
「ここのものは回収していくか?」
「そうですね。人が通りかかって疑問を持たれても困りますし。
私が売ってお父様に伝わると面倒なので、とりあえず回収だけにするか、あなたに冒険者協会に持ちこんでもらうかが妥当でしょうか」
素材の売買には身分証明が必要になる。本来は誰が何を売ったというのは個人情報で秘匿事項だけど、父は立場が立場だ。魔法協会内は確実に伝わるだろうし、避けて冒険者協会に持ちこんでも伝わる可能性がゼロではない。
「なら、明日の夕方、自分がウッズハイムの冒険者協会に持ちこもう。師匠の弟子だと伝えれば、素材の持ちこみに違和感は持たれないだろう。ジュリアは関与を知られたくないのだろう?」
「ありがとうございます。助かります」
拾い集めてみると、大きさのバラつきがある魔核が十個弱あった。退治したうちの三分の一くらいだろうか。
「結局、日が落ち始めるまでかかっちゃいましたね。すみません」
「いや、今日中に終わってよかった」
「ジャイアント・モールの件に効果があるといいのですが」
「ヌシ様は、ジャイアント・モールが街の近くに来るのを防ぎたいんですか?」
「そうですね。ヒトが多く活動している範囲には、来なければと思っています」
「なら、オイラが時々見回って、もし前兆がありそうなら伝えますよ?」
「え」
ユエルからの提案を考えてみる。ユエルは地中の魔物を探知できていた。ある程度定期的にホワイトヒルの周りを見てもらえば、ジャイアント・モールが増えたとしても、被害が出る前に退治できる可能性がありそうだ。
「……ちょっと待って。その方法が使えるなら、もしかして虫退治する必要、なかった……?」
(あんなに苦労したのに!! あんなに苦労したのに?!)
ものすごくショックだ。
「いや、打てる手は全て打った方がいいと思う。ここの異常繁殖は放っておけば他にも影響したかもしれないし……、苦手な中、ジュリアはよくがんばった」
オスカーがよしよしと撫でてくれる。嬉しい。愛しい手に自分からも擦りよる。
「私一人だと早々に逃げ帰って、どうにもできなくて悩んでいたと思うので。本当に助かりました。ありがとうございました」
「ん。ジュリアの力になれたなら嬉しい」
「オスカー……」
彼は、カッコイイ。それはいつもだ。けれど今日はそこに輪をかけて、ものすごくカッコよかった。大好きがあふれて止まらない。
肌に触れたり、キスをしたりするのは困らせるだろうか。そう思わなくもないけれど、今は、すごく彼に触れたい。
彼の方にそっと手を伸ばす。
ぽふっ。
柔らかなもふもふがてのひらに収まった。
「オイラも褒めてください、ヌシ様!」
「ユエル……」
(ちょっと待って。私、今何考えてたの??)
気持ちが昂りすぎて、あやうく手を出すところだった。ユエルが止めてくれてよかった。
「とても助かっています。ありがとう、ユエル」
オスカーの代わりに、ユエルのほほに口づける。飼い主と使い魔の間なら、珍しくないコミュニケーションだ。
「あ、魔法、教えますね」
そっと彼の手に触れる。それだけで、とても愛しい。
▼ [ルーカス] ▼
月曜朝。先週と同じようにオスカーがデスクに落ちている。
「はよ」
「……ルーカスか」
「今度はどした?」
「夢見が……、二日続けてヤバかった……」
「あー、そういう」
顔つきから、あられもない方のヤバさな気がする。
「煮えてるねえ。本物とのデートはどうだったの?」
「……ヌルヌルだった」
「ちょっと待って?! どういうこと?!」
返事が予想外すぎる。どこで何をしてきたのかがまったく想像できない。
(なんなのこの二人。ほんとおもしろすぎるんだけど)
「あと……」
「あと?」
「自分が使い魔になりたい……」
「いやだからほんと、どういうことなの?!」
自分が全力でこんなつっこみをする日が来るとは思っていなかった。おもしろすぎる。
言うだけ言って、オスカーはそれ以上を教えてくれる気はないようだ。どこかで彼女を捕まえて詳しく聞きたいけれど、目の前のこの男が二人きりにはしてくれないだろう。
「あー……、むしろぼくが使い魔になってついていって、二人のデートを眺めたいわ」
「却下だ」
「わかってるよ。できないから、できたらって話」
「おはようございます……」
話していたら、奥さんの方も少し早く到着した。
(ん?)
「ジュリアちゃん? 顔色悪いけど大丈夫?」
「あ、はい。ちょっと……、ここ二日、夢見が悪くて」
(んん?)
表情が真逆だ。ますます意味がわからない。
オスカーが心配そうに立ちあがる。
「大丈夫か?」
「はい。……夢の中でもあなたが助けてくれるから。ちょっと寝不足気味なだけです」
「そうか」
本当に何があってこうなっているのか。全力で話に混ぜてほしい。
そう思うけれど、彼女に付随する上司も出勤してきているから何も聞けない。
「……ヌルヌル?」
ぽつりとそれだけ小さく呟いてみた。
オスカーが真っ赤になって、ジュリアはゾワゾワっと背筋を凍らせる。
(えっ、なに? ほんと、なんのヌルヌルなの? バカップルは何してたの?? そこんとこ詳しく!!)




