23 [オスカー] 虫退治も悪くない
「大丈夫か?」
「はい。すみません、ちょっと驚いて」
彼女の顔が青い気がする。普段ならあの間合いでも自分で反応できただろう。本調子ではないのかもしれない。
「調子が悪いならムリをしなくても、また後日来てもいいと思うが」
「いえ……、大丈夫です。続けましょう。できれば今日終わらせたいです」
「もし数が多くて魔力が厳しそうなら、持ち越しても?」
「はい。そういう時はムリをしないようにしましょう」
「わかった。自分が前で掘り進めるから、援護を頼む」
「はい。ありがとうございます」
ジュリアがしたのと同じように、その穴に続ける形で、魔法で斜め下へと穴をあけていく。自分の背が余裕で入るくらいの大きさだ。
土だけを動かす魔法で、土がなくなったところにボテボテと普通の虫が落ちる。これらは、なるべく殺さない方がいいのだろう。
「……ジュリア?」
「大丈夫、です……」
どんどん青白くなっていて、あまり大丈夫そうには見えない。心配ではあるけれど、彼女の目は進む決意を固めている気がする。
(なるべく早く終わらせるか……)
「ユエル、多いのはこの方向であっているか?」
「その先がみっちみちですよ!」
「ジュリア、明かりを頼んでも?」
「はい。それは任せてください」
ジュリアが呪文を唱えると、ふわりと光の玉が浮かび、トンネル状になった通路にくっついて固定された。帰りのために残しておくつもりなのだろう。
少し先までトンネルになるように魔力量を調整して、土を外へと動かす。森の方向に十メートルくらいは掘れただろうか。ところどころ木の根も見える。
トンネルになった部分に、十数匹の虫型魔物が残されている。
ビッグワーム、サンダービートルの幼虫、ダイヤモンドゴールドバグの幼虫、ダイオウヒャクソク、おまけにスライミースラッグ。
幼虫系はおおむね、大きいだけで幼虫の形をしている。ダイオウヒャクソクは無数の脚を持った長い体の巨大ムカデだ。スライミースラッグは虫というより、粘液をまとった大きなナメクジである。
「ひゃっ……」
後ろでかわいい声がした。間髪入れず詠唱が続く。
「ボルケーノ・イラプション」
(は?)
一歩前に出たジュリアから放たれたのは、進行方向に作ったトンネルを覆いつくすほどの巨大な熱線だ。火炎系最上級魔法のひとつで、火山の爆発に例えられる。
明らかなオーバーキルだし、おそらくはクルス氏も使えないレベルの魔法だ。残すと言っていた木の根や普通の虫まで跡形もなく燃えつきている。
「……ふぅ」
姿が見えた魔物をチリひとつ残さないで消し去り、ジュリアがホッとした顔になる。
「さすがヌシ様!! 最高にアツイです! 火炎魔法なだけに!」
ユエルが興奮気味に褒め称えるが、自分はまるで違う感想を抱いた。
「……ジュリア」
「はい」
「もしやと思うのだが……、虫系は苦手、か?」
「……みたいです。すみません」
重大な隠しごとがバレたかのように、ものすごく申し訳なさそうに謝られる。
半泣きになっているのは心配なのに、無性にかわいい。
「いや……、気づくのが遅くなってすまなかった。ムリをする必要はないし、もっと頼ってくれていい」
「でも、これは私が言いだしたことだし……」
「自分は、頼ってもらえた方が嬉しいが?」
「……ありがとうございます」
視線が絡まる。こんな時、こんな場所なのに、触れてもいいのかと錯覚しそうになる。
「ほら、今ですよ、今! オスカー! ここが押しどころです!」
「……うるさい」
耳元で騒ぐピカテットを押しやる。おかげで雰囲気が霧散した。
土の中がもこもこと動いて、ボコッとダイオウヒャクソクが顔を出す。
「ファイアアロー・ブースト」
ジュリアを抱きよせて視界を塞ぎ、見えないようにして魔法で処理する。なるべく原型を留めないように燃やしておく。
先程、ジュリアが全て消し飛ばしたエリアにも、動き回るタイプの虫型魔物がポコポコと落ち始めている。
「ファイアアロー・ブースト」
彼女には見せないようにしたまま、魔法を連投する。比較的消費魔力が少ない中級魔法だ。
ひととおり目に入ったものを始末して息をつく。
「……本当に多いな」
「ね? みっちみちでしょ? あ、オスカー。ヌシ様、今いけますよ」
「頼むから余計な世話はやめてくれ……」
匂いでゴーサインがわかると言っていた。おそらくは不憫に思って言ってくれているのだろうが、余計な世話が過ぎる。雰囲気も何もなくなるし、妄想しそうになるのを止めるのも楽ではない。
「オスカー……?」
「ああ、すまない」
抱きよせたままにしていたのを、そっと離す。
顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で見上げるのはやめてほしい。理性が逃げていきそうだ。
「……そろそろ、一度戻って休憩をとるのはどうだろうか」
「そうですね。上でお昼にしましょう」
安心したような笑みが返ってくる。かわいい。
そっと指先が触れて、それから、軽く手が重なり、彼女の方からおずおずと指を絡ませてくる。周りへの警戒を最優先にしないといけないのに、全ての意識が持っていかれそうだ。
ボコッ。
「ファイアアロー・ブースト」
出口付近で顔を出した無粋な虫は瞬殺で燃やしておく。処理するのにも慣れてきた。
外に出て一息つく。
彼女がリュックをピックアップして、穴からは少し離れた眺めのいいところで、並んで腰を下ろした。
「お昼、作ってきたので。よかったら」
何か退治に必要なものを入れてきたのかと思っていたら、昼食を作ってきてくれたらしい。
(手料理……?)
嬉しすぎる。今日一日が全て報われた気がする。
「口に合うかわからないのですが」
どこか恥ずかしそうに差しだされる。かわいい。
チキンフライのサンド、フィッシュフライのサンド、グリルドソーセージ、ポテトサラダ。好きなものしか入っていない。
(これは……、知っていて、か……?)
彼女には自分と夫婦だった記憶があるらしい。なら、好きだと知って用意してくれた可能性が高い。確かめたい気もするけれど、聞くのは無粋だとも思う。
「……ありがたい」
大切に受けとって噛みしめていく。
(めちゃくちゃ美味いな……)
口に合うかわからないどころか、ドンピシャだ。細かな好みまで知られている気がする。店での食事すらかすみそうだ。
「すごく久しぶりに作ったので、自信はないのですが」
「いや、すごくおいしい」
「よかったです」
彼女が嬉しそうに笑ってくれる。
(これは、ヤバい……)
手放す気は全くないけれど、もう何があっても手放せなさそうだ。幸せすぎる。
「ユエルもお昼、食べますか?」
「ヌシ様の手作り! ありがたく!」
「ふふ。ユエルの分はただ詰めただけですよ」
笑ってピカテットに果物を出し、彼女も食べ始める。
幸せそうに笑っていたと思ったら、ふいに涙が一筋伝った。
「ジュリア?」
「……すみません。自分で作ったのですが、すごく懐かしい味で。こうしてまたあなたと居られるのが嬉しくて」
(ああああああっ!!!)
かわいい。かわいいかわいいかわいい。
暴走しそうな思いをぐっと飲みこんで、そっと指先で涙をぬぐう。
「ん。自分も、あなたがここに居てくれて幸せだ」
「嬉しい……」
甘えるように軽く身を寄せられる。
(ああああああっ!!! ちょっと待ってくれ……!)
かわいい。かわいすぎる。
ピカテットが何か言いたげにこちらを見ているが、言わないだけ成長したと思う。
彼女が再び食べ始めながら、小さく笑った。
「ふふ。こちらに戻って間もないころ……、あなたに出会い直して間もないころ。お見舞いに来てくれましたよね」
「ああ……、そんなこともあったな」
(出会ったころが戻ってきたころだったのか……)
「あの時、泣き崩れてしまったのは、もう二度とこういう時間は来ないと思ったからで。……来ちゃいけないと思っていたからで。
それがなかったら、本当は、すごく嬉しかったんです」
「……そうか」
あの件は今でも押しかけて悪かったかと思っていたから、安心した。
「あの時の飴玉、大事にしまってて。もったいなくてまだ食べられてなくて。……その前のお見舞いのチューリップも、嬉しかった、です」
「それは……、よかった」
彼女からの拒絶に見えていた時期が、ひっくり返るように色を変えていく。
「……たくさん、傷つけてごめんなさい」
「過ぎたことだし……、ジュリアがもう痛くないのなら、それでいい」
「……大好き」
すりっと気まぐれな猫のような甘え方をされる。逃走しそうになる理性を必死に引きとめて、おそるおそる彼女の頭を撫でる。
幸せそうな笑みが返ったから、これで正解なのだろう。
ひととおり食べ終えて、一緒に片づける。
「あ、魔力はまだ大丈夫ですか?」
「そうだな……、いくらか回復できて今は半分程度だ。残りの数によっては心許ないと思う」
「ユエル、あとどのくらい残っていますか?」
「見てきます、ヌシ様」
ユエルがそう言って舞い上がって、そう経たずに戻ってくる。
「大体、二十分の一くらいは減ったんじゃないかと」
「あれで二十分の一か……」
かなり退治したと思ったが。最初にユエルが「みっちみち」だと言って引いていた理由がよくわかった。
「全部退治する必要はないにしても、通常数くらいまでは間引きたいですよね。普通はどのくらいなんでしょう」
「このエリアの通常はオイラにはわからないですが。オイラの感覚だと、元の四分の一くらいならまあ、場所によってはなくはない数かと」
「さっきの十数倍を退治する計算か……。まだまだ先が長いことはよくわかった」
「そうですね。魔力、回復しておきましょうか」
「回復液を?」
「いえ」
ジュリアがどこか恥ずかしそうに見上げてくる。
「私はまだ余裕があるのと……、頼っていいと言ってくれたので。あなたの魔力を回復しておけたらと」
(それは……、つまり、そういうことか……?)
初めて唇を触れ合わせた時と同じ方法を、期待するなというのはムリだ。
ドクン、ドクンと心臓がうるさい。




