22 虫退治デート
昼休みにオスカーが迎えに来てくれた。嬉しい。ブロンソンに会った個室がある店が、個室利用の場合は使い魔可になっていたから、ユエルも連れて一緒に入った。
お昼を食べながら、母から聞いた話を共有する。
話し始めてすぐにユエルが混ぜてほしそうに主張したから、会話魔法をかけて、この部屋の中だけだと念を押した。
「なるほど。シェリーさんの専門分野だったんだな」
「私も驚きました。こんなに身近にヒントがあったなんて」
「とはいえ、実行は難しそうだな」
「そうなんですよね。事前にわかっているから対策してくださいって誰かに言うわけにもいかないし」
「エサを減らしておくのはいくらか現実的だが。そこら中を無闇に掘り返すのは本末転倒だしな」
「なんでそこら中を掘り返す必要があるんですか?」
ユエルが不思議そうに、ほとんどない首をかしげる。
「ユエル? どういうことですか?」
「ビッグワームとかサンダービートルの幼虫とか、他にもジャイアント・モールのエサになりそうな、土の中の虫型魔獣を退治したいっていう話ですよね」
「そうですね」
「なら、オイラ、どこにいるかわかりますよ」
「え」
「魔力で探知できます」
言われて、なるほどと思った。ユエルは自分の魔力を探知して魔法協会に来たのだから、他の魔物を見つけることもできるのだろう。
(なんで気づかなかったのかしら)
「お願いしてもいいですか?」
「ヌシ様のお力になれるなら喜んで!」
「……ペットじゃなくて使い魔なんだな」
「当っ然! 頼ってくれていいですよ!」
フンスッとユエルがやる気満々だ。
「もしかして、ジャイアント・モール自体がいるかも、わかったりします?」
「もちろん。そっちを探した方がよければそうします」
「両方、近隣からいくらか減らした方が安心かもしれないな」
「そうですね。……急で悪いのですが、いつ地面が崩れるかわからないので、少しでも早い方がいいと思っていて。明日にでもつきあってもらってもいいですか?」
「もちろん」
オスカーとユエルの返事が重なる。
独りじゃないことが、とても嬉しい。
翌日、土曜のデート日。昼に街に戻るのは難しいだろうと思って軽食を用意した。動きやすいようにリュックだ。戦闘の時には邪魔にならない安全な場所に置いておこうと思う。
オスカーとホウキを並べて郊外へと向かう。人に聞かれる心配がなくなったところで、ユエルと話ができるようにする。
「どうですか?」
「街の近くにはそんなには。ジャイアント・モールがナワバリ争いをして追い出されてきたりしなければ、問題にならないかと」
「じゃあ、向こうの丘とか森の方とかですかね」
「そういえば、ヌシ様。ひとつ聞いても?」
「なんでしょう?」
「ヌシ様はオイラたちには味方してくれたけど、ジャイアント・モールとかは退治するんですね? 何が違うんです?」
「クロノハック山は魔物のテリトリーですから。そこにヒトが入って悪さをしているなら、ヒトが出ていくべきだと思います。
けど、増えすぎた魔物がヒトのテリトリーを侵して人命に関わる事件を起こすなら、私はヒトを守るために魔物と戦います。
今回もちょっと事情があって。先手を打たないと人命に関わるので、退治するという方向に決めました」
「なるほど。ヌシ様はヒトと魔物の調停者なんですね」
「そんな大層なものになったつもりはありませんが。
被害を受けた誰かが、私にとってのオスカーや両親のような存在だったとしたら、それはイヤなので。人命は守りたいだけです。
でも、魔物が自然として生きる権利はあまり脅かしたくありません。あなたのように、気のいい子もたくさんいますから」
「ヌシ様についてきてよかったです! ヌシ様大好き!」
「ふふ。ありがとうございます」
したいようにしているだけだけど、純粋な大好きを向けてもらえるのは嬉しい。
「あ、ヌシ様。あの森のあたり。その周辺まで、かなり地中の虫系魔物が増えています。……うわ、みっちり……」
ユエルが引いている気がする。
(ピカテットを引かせる量ってどれだけ……?)
「エサの増殖が、その後のジャイアント・モールの増殖に繋がったのかもしれませんね」
「増えたはいいが食べつくしたり、ナワバリの問題が出たりで、ホワイトヒルの方まで来ることになるのかもしれないな」
「とりあえず、通常量くらいまで間引きましょうか。普段ヒトは来ない辺りなので、私も魔法を使っても?」
「遠目に気づかれないものなら」
「……さすがにここでメテオは撃ちません」
魔法卿すら使えないと言っていた。そんなものを使ったら大騒ぎになるだろう。一旦、メテオは自主規制だ。
ユエルが示した森の入り口あたりに降りて、安全なところに荷物を降ろす。念のために囲うタイプの防御魔法でおおっておく。戦闘準備完了だ。
「お母様が、植物を魔法で急成長させても栄養はないと言っていました。なので、今後の生態系のためになるべく森は傷つけないようにしたいです」
「問題はどうやって地上に誘きだすか、か」
「誘きだせたとしても、森を傷つけないで戦うってなると、使える魔法が結構限定されますね」
「そうだな……。死骸を残すとそれが何かのエサになったり腐乱したりして、また違う問題が起きるかもしれないから、できれば燃やせるといいのだろうが」
「森ごと燃えそうで怖いですね……」
「なら、地下に行けばいいのでは?」
ユエルが事もなげに言う。
「地下に?」
「ジャイアント・モールは地下にトンネルを掘って虫を食べるんですよね。なら、ヌシ様たちの魔法で穴を掘って地下に行って、トンネルの中で退治したらいいのでは? 木の根などはなるべく避けて」
「一理あるな」
「試すだけ試してみましょうか。ダメならまた考えればいいだけですし」
「そうだな」
案を採用されたユエルが嬉しそうだ。
「じゃあ……、ディグア・ビッグホール」
地面に手をついて土系の魔法を唱える。そこにあった土がごそっと移動して、隣で塚になる。目の前には人が数人入れるくらいの大穴があいた。
それだけのはずだった。
が、土がなくなった瞬間、穴の中からビッグワームが飛びだしてくる。顔のない、頭の部分がヒトの頭サイズ、全長三メートルほどの細長い肌色の虫型の魔物だ。
「?!」
想定外だったのとゾワっとしたのとで、一瞬対応が遅れた。
「フレイム・ソード!」
オスカーが間に入ってくれて、炎の剣でビッグワームを縦に切り裂く。切られたのに半分の状態でウネウネと動いて、全身に鳥肌が立った。
「っ、……ブレージング・ファイア」
死骸をエサにする魔物が増えても困るから、跡形もなく燃やしておく。
というのは建前で、生理的にムリだった。視界に入るだけで気持ち悪い。
(あれ、私、虫系苦手だったかしら……?)
自覚はまったくなかった。前の時、虫系の魔物とも戦った記憶がある。
「……ぁ」
戦ってきたのは全て、甲虫や昆虫が巨大化したタイプだ。地中でうねうねするタイプは初めてかもしれない。
(ううっ……、鳥肌……。でも、私が言いだしたことだし。最後までやらないと……)
ぐっと歯を噛みしめて覚悟を決めた。




