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21 ジャイアントモール事故予防のヒント


 十一月に入ると、母の職場での外部研修が始まる。

 魔法協会で支給された筆記の魔道具に予定をまとめた。


 午前:魔法研修 (父と) *父が忙しい時は他業務

    武術研修 (オスカーと)

 午後:月〜木曜 外部研修(農林研究所)

    金曜 魔法協会で研修報告 他業務


 初日の金曜日は、魔法協会の代表として父も挨拶に行くという。

 家からホウキに乗って、父と母と三人で向かった。家族で並んでホウキを飛ばすのは初めてで、新しい場所に行く緊張より、ちょっと楽しい感じが勝つ。

 当たり前のようにユエルも飛んでついてくる。


「お母様の職場は、ホワイトヒル農林研究所でしたよね」

「ええ。あそこに見える建物よ」

 領主邸の裏庭の近く、城壁に隣接する形で、四角い建物を中心にいくつかのドーム型の温室が見える。

「一般開放している温室には、小さいころにあなたも連れて行っているのだけど、覚えているかしら」

「……はい。懐かしいです」


 正確には、覚えているのは自分が小さいころに行った記憶ではない。まだ幼かったクレアを連れて行った記憶だ。その時に自分が小さかった時にも来ていたのを思いだしていたから、今でも覚えている。

「おかあさま、おおきなおはな!」

 楽しそうに目を輝かせていた姿が浮かぶ。じわっと涙が浮かんで、両親に気づかれないようにあわててぬぐった。


「ふふ、そうね。このあたりでは珍しい大きな花を咲かせる植物もあって、あなたが目を輝かせていたのが懐かしいわ」

(私も、クレアと同じ……)

 暖かさと苦しさに同時に襲われる。オスカーと居られるようになったけれど、クレアだけはきっとどうにもならないのだ。

 記憶に飲まれないように、オスカーが買ってくれたホットローブを握りしめて必死に今に戻る。


 父と一緒に所長に挨拶をしてから、父と別れ、母に連れられてメンバーとの顔合わせをする。

 魔法協会よりも規模は小さくて、全部で十人に満たない。魔法使いは母一人、魔道具師も一人で、他は一般人とのことだ。


「研修に来させていただくことになりました、ジュリア・クルスです。よろしくお願いいたします」

 白衣の男性たちが驚いたようにまじまじと見てくる。

(?)

「この子、ちゃんとお相手がいるから、手を出しちゃダメよ?」

「お母様?!」

 初めて来た研修先でなんてことを言うのか。メンバーたちもあからさまにがっかりしないでほしい。そんなに出会いに飢えているのだろうか。


 そのうちの一人が手を挙げる。

「すみませんが、ここは植物の研究施設なので。草食のピカテットは入れないでもらえると」

「あ、すみません。一旦帰って置いてきます」

 それはそうだと思って慌てて謝った。魔法協会がOKだったのは、魔法協会という環境だったからだろう。

 家に帰ったら会話魔法を使って、ユエルについてきてはいけないと言い含めないといけない。


「あら、オフィス内はいいんじゃないかしら? 研究エリアに行く時にはカゴに入れてもらえたら問題ないと思うのだけど、どうかしら?」

 母が全体に言う。反対意見はなかった。

 母はここのナンバーツーで、替えがきかないという意味では所長より発言権がある時があるとは聞いている。

(植物研究ができる魔法使いなんて、他に聞いたことがないものね)

 世界的には他にもいるのかもしれないけれど、少なくともホワイトヒルのこの施設で働ける人材は他にいないだろう。

「ウッディ・ケージ」

 母が魔法で鳥カゴを作ってくれる。

「とりあえず今日はこれを使って。今日の仕事が終わったら、一緒に買いに行きましょう」

「ありがとうございます」


 母に施設を案内してもらいながら、概要を教えてもらう。母は、魔法の農業への応用や食べ物への影響を研究しているのだそうだ。

 苗を育てているところや、実際に作物を育てているところ、土づくりの研究をしているところなどがある。


「ジュリアは、植物の成長を促進する魔法があるのは知っているかしら?」

「はい。一気に木を大きくしたり……、そこから何かの形を作ったりする魔法は、比較的よく使われますよね」

「そうね。その魔法で作物を一気に育てることもできるのだけど、これが、ものすごくおいしくないのよ。栄養もスカスカでね」

「そうなんですか?」

 それは知らなかった。前回の時の外部研修先に母のところは入っていなかったのだ。今回、前倒しになったことで追加になったのだろう。


「ええ。魔法で作った土もダメ。おいしいものを作るには、時間と手間暇が必要なの」

「じゃあ、お母様がしているのは育てる研究じゃないんですね」

「品質に影響しない範囲で丈夫にしたり、枯れそうな時に元気にするのは問題がないかとか、そのあたりね。

 あと、違う品種をかけあわせて新しい品種を作ってみたり、害虫・害獣対策とか、やることはいっぱいあるの」

「なるほど……」


 害獣と言われて思いだしたことがある。オスカーと二人ではどう頭をひねってもいい方法が思いつかなくて、保留になっていた案件だ。


「あの、お母様。ジャイアント・モールも害獣ですか?」

「もちろん。地盤の崩落を起こすこともあるから、農業に限らない害獣だけど。畑に入られたら目も当てられないわね」

「対策はあるのですか?」

「いくつかあるわね。手軽なのはジャイアント・モールが苦手な臭いをまいて追い払うこと。あと、苦手とする音を出す魔道具も開発されているわ。こっちは結構なお値段になるけど。

 ただ、追い払っても他の場所で被害が出たりするから、理想は退治することね。

 Bランク以上の冒険者か、同等の魔法使いじゃないと厳しいから、一番高くなるわ。土地の持ち主の予算次第かしら」


「事前に繁殖を防ぐことはできますか?」

「見つけるたびにちゃんと退治することかしら。ただ、野生のジャイアント・モールを退治しすぎると、今度は虫系の魔物が大発生して困ることもあるから。そこのバランスは気をつける必要があるわね。

 逆に、エサになるビッグワームとかサンダービートルの幼虫とかが土壌からいなくなれば、餓死させることができると思うわ。ジャイアント・モールは大食漢だから。

 でも、魔法で土壌をいじると魔物だけじゃなくて益虫もなくしてしまうから、農業用地には使えないの」


「色々難しいんですね」

「そうね。ジュリアは害獣退治に興味があるのかしら?」

「そういうわけでもないのですが。人に被害が出ないといいなとは思います」

「ええ、そうね。魔獣が相手だとそういうこともあるものね」

 母がおだやかな笑みを浮かべて、案内を続けてくれる。


 思いがけない身近なところでヒントをもらえた。灯台下暗しとはこのことか。

(あとでオスカーと相談してみよう)

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