20 [ルーカス] キスの場所の意味
週明け、早めに出勤する。
(バカップルは土曜日にデートして、日曜日はオスカーが剣の師匠のところで訓練を受けるスケジュールになったんだよね)
聞けた範囲の情報ではそのはずだ。
デート先については何もわからない。二人ともそういうことをペラペラ話すタイプではないからだ。つきあえるようになってからはオスカーの相談を受けなくなったのも大きい。
オスカーから話を聞くのはいつもデートの翌週月曜日だ。それもいちゃいちゃしたかどうかが中心で、現実的な部分は毎回謎なままになっている。
クルス氏くらい口が軽ければと思うけれど、ジュリアが魔法協会に来るようになってからはそのクルス氏も口をつぐんでしまった。情報源がなさすぎる。ジュリアはクルス氏にも最低限しか言わなさそうだから、そこにはそれほど意味がないかもしれないが。
見える範囲では、単純に浮かれているだけな感じではないから、何かやっかいごとに首をつっこんでいないといいと思う。
(ジュリアちゃん、大人しくはないからね)
前にオスカーがダッジに言った言葉には全面的に賛成だ。自分が「こうしたい」と思ったことを簡単には曲げない子だと思う。
同時に、彼女の「こうしたい」は利他的だ。そのどちらもオスカーとよく似ている。だから、表面上は似ていなくても気が合うのだろう。
オスカーの利他は自発的にはジュリアに限られるけれど、誰かのために動く彼女が好きなようだから、彼女に危険がない限りは止めないと思う。それは良さでもあって、危うさでもある。
(ほんと、目が離せないんだよね)
そんな理由もいくらかあるが、根本のところではただおもしろがっているだけだ。特に、へたれむっつりなオスカーの遅れて来た思春期を。
日曜の訓練を挟んでいくらかリセットされている可能性はあるが、あまり効果がない気もする。
案の定、オスカーがデスクに落ちている。
「はよ」
「……ルーカスか。おはよう」
オスカーがもっそりと体を起こす。
(今日の顔は事後っぽいかな)
できたらできたで、と先週思っていた通りなのだろう。おもしろくなりそうで、つい口角が上がる。
「今度はどうしたの?」
「……自制心はどうすれば戻ってくるんだ?」
「ついに手を出したの?」
「ピカテットに煽られて……、少しだけ、イヤなことから彼女の意識をそらせたらと思ったのだが……」
「待って。状況がわからないんだけど。まずピカテットに煽られるって何……」
オスカーは説明が足りなすぎる。ジュリアにどんなイヤなことが起きたのかもわからない。一体どこでどんなデートをしてきたのか。
説明が足りなくても状況がわかればなんとなくわかるが、さすがにパズルのピースが足りなすぎる。
オスカーが恥ずかしそうに、ため息混じりに続ける。
「調子に乗りすぎた……」
(あ、これ説明する気がないやつ)
おそらく言えないことに関わるのだろう。流して、二人の関係だけ聞いておく。
「どこまで?」
「……キスを」
「ああ、やっと?」
「ひたいだけでとどめるつもりが、耳と鼻先にも……」
「待って。それ、手を出したうちに入る?」
ピュアだ。ピュアピュアだ。
聞き返したら、顔を半分隠して目を逸らされた。思いだすだけでも恥ずかしいようだ。
「耳がヤバい……。その後、唇を重ねそうになったのを思いとどまれなかったら止まれなかったと思う……」
「あー……、耳へのキスはお誘いになるって言うもんね」
「……は?」
本気で驚いたような視線が向いた。おもしろい。
「え、知らない? キスって、する場所によって意味があるって」
ふるふると首を横に振られる。オスカーのやらかした感が深まった。
「ぼくも聞きかじりだから、全部は覚えてないけど。ひたいは祝福、鼻先はあなたを大事にしたい、で。耳は、そのまま誘い文句を言う時にする、みたいな感じだったと思うよ」
「……そう受けとられたと思うか?」
「どうかな。ジュリアちゃんは知らない気がするけど。今度なにげなく話振ってみようか?」
「いや、いい」
「他のとこも教えとく?」
「……縛られたくない気もする」
「そう?」
教えたら教えたで考えすぎておもしろそうだし、教えなかったら教えなかったで折々にからかえそうでおもしろそうだから、自分はどっちでもいい。
(ほほは親愛、髪や頭は愛しさ、のどは独占欲、まぶたはあこがれ、首は執着、手の甲は敬愛、てのひらは懇願、だったかな。
体は全体的に性的な意味を持ってて、すねより下は服従とか依存とかになるんだっけ)
そういう時にそうしたくなると言われているだけで絶対ではないのだろうけれど、そう受け取られる可能性はあると思っていいだろう。
感覚的なものだが、確かにそう感じるものも多い。実際にしたことはないし、したい相手もいないから、ただの想像だが。
「まあ、自制心っていう意味なら、顔まわりと手までにしておきなね。他はそのままそっちに流れるかもしれないから」
「意味を知らなくてもそんな気はする……」
「彼女の反応は?」
「……赤くなって、かわいすぎた。声も……」
(声?!)
想像するだけでもダメなやつではないだろうか。彼女の方もそういう気になっている気がする。オスカーは据え膳を食わないで頑張っているのだろう。
「あー、まあ、むしろちゃんとそこで止まって偉かったんじゃない?」
「自分でもそう思わなくもない」
「うんうん、偉い偉い」
「雑だな」
「あはは」
軽く流したけれど、ある意味では尊敬に値すると思っている。
ジュリアがオスカーに向けている態度を自分が向けられたら、秒で手を出す自信がある。
彼女の恋慕は反則だ。恋も愛も全部が向いているのに、ひとりよがりじゃない。大好きと大事があふれている。求めればいつでも受け入れてくれそうに見える。
そんなのを前にガマンできる方がおかしい。自分なら、クルス氏が怖くてもバレなければいいと思うだろう。オスカーの自制心は相当だ。
だからこそ、彼女はオスカーから大事にされていると感じられて、もっと彼が大事になっていくのだろう。
ゆっくりにしか見えない二人のペースが、二人にとってはちょうどいいのかもしれない。
(やっぱりぼくは、オスカーにはなれないんだよなあ……)
うらやましいのかうらやましくないのかは、今は微妙だ。
(手を出したら出したで、ジュリアちゃんは喜びそうだけど)
二人とも態度に出る方だから、クルス氏の雷は必須かもしれないが。
(ま、とりあえずは、ちょっとイヤなことがあっただけで問題ないって思ってよさそうかな)
やっとつきあい始めたバカップルを生暖かく見守り隊(隊員自分のみ)の活動はゆるく続く(多分)。




