19 オスカーからのケア
どっと疲れた。
領主邸を出て、子どもオスカーと人がいない場所まで行き、空間転移で夏の別荘に移動する。
全身に暗雲がまとわりついている気がする。かわいい子どもオスカーを愛でる気力すらない。
オスカーに先に今の服に着替えてもらってから、体の年齢を下げていた魔法を解除する。
「……ジュリア」
「はい」
元に戻ったオスカーに心配そうに呼ばれたと思ったら、次の瞬間には胸に抱かれていた。
(え? え?? オスカー??)
そっと頭を撫でられる。
「ジュリアの優しさは美徳だと思う」
(ぁ……。慰めてくれてるんだ……)
優しさが沁みてじわりと涙が浮かぶ。甘えるように身を寄せた。
「フィン様がかなりキツめに言っていたのは……、ジュリアを守りたいからだと思う」
「……はい。そうだと思います」
思いもよらないことばかり聞いてきた。正直、まだまったく消化できていない。前の時にも関わったことがない世界だ。理解以上に、気持ちの上でついていけていない。
けれど、撫でてくれるオスカーの優しさや、フィンがあそこまで内部事情を話してくれた意味は、わかっているつもりだ。
「多分……、自分が情けなくて恥ずかしいんだと思います。もっとずっと簡単に考えていたので」
「簡単に考えていたのは自分もだ。魔法で解決できるなら協力してもいいと思っていたから。
フィン様も受け売りだと言っていた。本当に一部の者しか知らないことなのだろう。恥ずべきことではないのでは?」
「……結局、何もできなさそうですし」
それが悔しくて、泣きたいのもある。
「あれは社会全体の問題だと思う。ジュリアが一人で背負うことではないだろう?」
「一人で背負うつもりはないのですが。……一人の、子どもを失った親として。多分、私は……、子どもにはみんな幸せに生きてほし……」
ぶわっと一気に涙があふれだす。
ただの自分の欲なのだ。善行をしたいわけじゃない。孤児院で出会った男の子は、あんなに暖かい場所にいてもまだ苦しい時があるのだ。そこにすら辿りつけない、なんの罪もない子どもたち。それだけでもなんとかしたかった。
嗚咽がもれる。
オスカーはただしっかり抱きしめて、優しく背をさすってくれる。
彼がいてくれてよかった。一緒に話を聞きに行ってくれてよかった。独りだったら耐えられなかったかもしれない。
静かに泣かせてくれる。それがとてもありがたい。
少し落ちついたところで、重ねて優しく頭を撫でられた。
「……今日の話を、自分も考えてみる。すぐにとはいかないかもしれないが、解決の糸口を探し続けることはできるだろう」
「はい……」
「ピチチチチ!!」
放っておいていたけれど、なんだかユエルがすごく怒っている気がする。
久しぶりに、オスカーもいるところで魔物との会話魔法をかける。
「なんなんですかさっきの男は! 何を言っていたかは知りませんが、ヌシ様をいじめるなんて万死に値します!」
「えっと……、ユエル。あれはいじめられていたわけではないです」
「どう見てもいじめられてましたよ! 今度オイラが仕返ししてやります!」
「ふふ。気持ちだけもらっておきますね」
(独りじゃないんだ……)
改めてその実感が湧いてくる。オスカーも、ユエルも、味方でいてくれる。自分のわがままに巻きこんでも、こんなにぐずぐずになっていても。
「オスカー! ボーっとしている場合じゃないですよ。傷心のヌシ様を慰めるためにも、今こそせっぷ……ピチ! ピチチ?!」
その先は言わせちゃいけない気がして魔法を解除した。
「……もう、ユエルったら。何を言っているんでしょうね」
ユエルはスキンシップのハードルが低いようなのだ。ピカテットは魔物の中でも繁殖力が高い。本能に従って生きているのだろう。言葉の端々にそんな考えが入りこんでくることがあって、すごく恥ずかしい。
「……ジュリア」
「はい、なんでしょ……?!」
柔らかな感触があった。
一瞬だけなのに、ひたいに、彼の唇の感覚がしっかりと残っている。
(ひゃああああっ……)
落ちこんでいた気持ちが霧散して、『オスカー大好き』に塗り替えられる。
「あとはどこがいい?」
「どこ?!」
(え、ええっ、リクエストしたところにキスしてくれるってこと?!)
想像するだけで顔が熱くなる。
返事ができないでいると、指先でそっと涙がぬぐわれた。それから、柔らかく髪をすくように手が滑って、耳の上に軽く口づけが落ちる。
(??!)
「ふぁっ……」
ゾクゾクッと全身に熱が巡る。かかる彼の吐息が熱い。
「あ、ああああっ、あのっ、もう、十分……」
これ以上はダメだ。今は、絶対に誰も来ない密室で二人きりなのだ。これ以上気持ちが高まったら、自制が外れて引かれかねない。
頭ではそう思っているし、自分から離れた方がいいのはわかっているが、体は離せない。
「そうか……?」
愛しそうに見つめてくれる深い海のような瞳が、とても愛しい。大きな安心に抱かれているように感じる。
彼の大きな手が、壊れものにさわるかのようにほほに触れてくる。
(え、ちょっと待って。これって……)
顔が近づいて、自分の心音が速く聞こえる。
これ以上はダメだという理性よりも、彼が望むところまで受け入れたい思いが強くなっていく。
そっとまぶたを落として目をつむる。
ちゅっ。
小さな音と共に、鼻の頭にキスされた。
期待とは違っていたけれど、すごく幸せな気持ちだ。
視線を重ね直す前に彼の手がほほから外され、しっかりと抱きしめられる。
(オスカーの匂い……、大好き……)
オスカーがゆっくりと長く息を吐きだした。その熱がかかるだけでドキドキが加速する。
離れないとと思いつつ、身を寄せて甘えてしまう。
別荘に戻ってきた時は気持ちがどんよりと重かったのに、その感覚はもうない。頭の片隅にはこれからも考えていくこととして残っているけれど、心も体も彼への愛しさで満たされている。
オスカーはすごい。あんな話を聞いても冷静でいられるのも、こうして簡単に自分の苦しさを溶かしてしまうのも。彼がそばにいてくれることが幸せで、とてもありがたい。
もう一度、そっと頭を撫でられた。
「……ホワイトヒルに帰るか?」
「はい……」
名残惜しく思いながら、彼の提案にうなずいた。もう少しだけとその温もりを感じてから、ゆっくりと体を離す。
(オスカー……、大好き)




