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17 [ルーカス]へたれむっつり/[ジュリア]かわいすぎる


▼  [ルーカス] ▼



 週明け、早めに出勤する。

 オスカーはもうデスクにいた。まとったシルバーグレーのローブが存在を主張している。

(あれ、珍しい)

 夏場に暑さ対策としてクールローブを着ていることはあったけれど、それも常ではない印象だ。オスカーが冬にローブを着ているのは初めて見る。

(筋肉量が多い方が体温が高くなって寒くないはずだから、今日くらいの気温で寒さ対策ってことはないよね)


「はよ。ジュリアちゃんにホットローブもらったの?」

「……どこで見ていたんだ?」

 ほおづえをついていたオスカーがこちらを向いて眉をしかめる。

「あはは。この時期にオスカーが着てる理由は他にないかなって。誕生日プレゼントはその胸元の万年筆だったんでしょ? なら、少し早いセイントデイ?」

「待て。誕生日プレゼントも話した覚えはないんだが?」

「あはは。タイミングと大事にしてる感じを見ればわかるよ」

 自分がジュリアにアドバイスしたなんて言ったら微妙な反応をされそうだから、それは伏せておく。


「週末にデートしてたんでしょ? 何かあった?」

「なかったというか……、なさすぎた」

「あっはっは!」

 笑うしかない。要は、先々週いろいろありすぎた影響で期待しすぎたらしい。


「真剣なんだが? 一緒にいられたのも手をつなげたのも嬉しかったし、デート自体はすごく楽しかったし、ホットローブも嬉しい。何も問題が起きなかっただけで十分だとも思う。のに……」

「もっといちゃいちゃしたかったと思ってしまう、と」

「……欲張りになっている自覚はある。ほんの少し前に比べると、すごく幸せなんだが」

「ちゅーのひとつもしたかった、と」

 オスカーが恥ずかしそうに手で口元を隠す。


「……自分からしていいのかがわからない」

「え、ジュリアちゃんなら喜ぶの一択なのに?」

「そう思うか?」

「思わない理由がないよね」

「そうか……」


(オスカーはへたれむっつりだから、手を出したくても出せなくて煮えるんだろうなあ)

 自分本位ではなく彼女を大事にしているのはオスカーのいいところだけれど、今はそれが足枷あしかせになっているのだろう。

(ま、放っておいても本人たちのペースで進むでしょ)

 要は幸せな悩みなのだ。相手がいない自分からすれば、うらやましい以外にない。


「おはようございます」

 入り口から奥さんの声がする。不機嫌なクルス氏も一緒だ。

(ジュリアちゃんも新しいローブ。プレゼントを贈りあったってところかな)

 それを着ているだけで幸せだと顔に書いてある。

 クルス氏がオスカーをひとニラみしてからデスクに向かい、ジュリアはこちらに来た。


「ホットローブ、着てもらえて嬉しいです」

「自分もだ」

 空気が甘ったるい。ほほえましいけれどうらやましい。

 ジュリアが内緒話をするように声をひそめる。

「昨日帰ってあなたに買ってもらったって言ったら、お父様が『私も買ってやろう』って。二枚は必要ないし、これしか着なさそうだから断ったら、不機嫌になっちゃって。態度が悪くてすみません」

「いや。クルス氏のアレには慣れてきた」

 二人が小さく笑いあう。


(ふーん? ジュリアちゃんもオスカーと同じこと思ってそうだね)

 嬉しいし幸せだけど、もう少し何かあるのを期待していたような顔をしている。

(さっさとちゅーすればいいのに)

 そう思うのと同時に、できたらできたで、その次の月曜の朝にはオスカーがデスクに落ちている気がした。





▼  [ジュリア] ▼



 月曜の昼休みにオスカーと二人で窓口に行って、相談の申しこみ手続きをした。翌日、『いつでもスケジュールを合わせるよ!』というフィンからの返事があった。

 その先は個人的な手紙でやりとりして、急ぎがいいだろうと、デートの土曜日の昼過ぎに行くことになる。社会科見学の子ども一人と、使い魔としてユエル同行の許可も得た。


 オスカーと午前中はデートをして、ランチを食べてから子ども服を買った。人がいない街の外で空間転移を唱え、夏の別荘に移動する。

 一時的に外見年齢を変える古代魔法をかけてから着替えてもらった。彼の服は別荘に置いておく。

 八、九歳くらいの見た目にして、髪型も変えた。

(めちゃくちゃかわいい……!)

 面影はあるけれどそっくりではないし、一般的な魔法ではないから、そう簡単には気づかれないはずだ。


 空間転移でホワイトヒルの近くに戻って、自分のホウキに乗せる。小さい子どもが魔法を使えるのは不自然だからだ。

 子どもを乗せる時の乗せ方で、自分の前に彼がくる形になる。風が冷たいから、自分のホットローブで軽く包んだ。

(かわいい……)

 前の時に男の子がいたらこんな感じだったのだろうか。これはこれで幸せだ。


 領主邸に向かいながら声をかける。

「すみません、二人の時間に予定を入れる形になってしまって」

「いや。気にしなくていい」

(かわいい……!)

 話し方が同じでも、声が子どもだと印象がまるで違う。

 前に魔道具のローブで姿を変えていた時よりも年齢を下げたからか、その時よりももう少し声が高い気がする。


「そういえば、姿を変える魔道具のローブの時の服は、どうしていたんですか? 魔道具だと一緒に縮むのでしょうか」

「いや、あれはルーカスのを借りていた。後から弁償はしてある」

「そうだったんですね」

「口調も変えた方がいいだろうな」

「あ、そうですね。あの時に私が気づいたの、それもあったので」


 徒歩五分くらいの距離を残してホウキを降りる。直接乗りつけると目立つ気がしたからだ。

 大人と子どもでつなぐ時のつなぎ方で、子どもオスカーと手をつなぐ。自分の手より少し小さいくらいだろうか。子どもの手だけどしっかりしていて、男の子という感じがする。


 考えていた様子のオスカーが、ふいに音を形作る。

「……ぼく?」

(ちょっ、かわいすぎる!!!)

 ヤバい。かわいい。普段からかわいいところはあるけれど、それとはまた違ってクリティカルヒットだ。撫で回したいのをがんばってガマンする。

「ルーカスの話し方が参考になるかもしれないね。このくらいの歳でも違和感ないから」

「ぶっ……」

 ちょっとふきだした。ルーカス口調の子どもオスカーがかわいすぎる。


「……ジュリア姉? ジュリアお姉ちゃん?」

(きゃあああっ! かわいいっ! かわいいっっっ!!)

「このくらいの歳だと、ジュリア姉かな」

「……はい。どちらでも」

 かわいい。ダメだ。かわいい。


「あとは名前でしょうか。名乗らないのも変なので」

「ああ、確かに。……スカイ・ガイア?」

「ぶふっ……」

 お腹を抱えて笑い転げそうになるのを必死に堪える。マリンの反対でスカイとはよく言ったものだ。


「ちょっ、待っ、あれ黒歴史なんですが。その後も他に思いつかなくて使っちゃったけど」

「ああ、出会った日に自分に偽名を使ったことか?」

「はい……」

 その件については、彼には申し訳なさしかない。

「衛兵に本名を呼ばれて恥ずかしそうにうろたえていたのが、すごくかわいかったな」

「かわっ、えっ……」

「ジュリアは、自分のかわいさをもう少し自覚した方がいい」

 気恥ずかしそうに言われたけれど、むしろ自分の方が恥ずかしい。

(変な人だと思われたとしか思ってなかったのに……)

 恥ずかしいけれど、今は嬉しい。彼のそばに立つ前に知ったら反省会だっただろうが。


「自分の偽名はジョン・クレイにでもしておくか。ガイアは魔法卿に使っていたから万が一にもつながると面倒だろうし、ジュリアが笑っても困るからな」

「はい。そうしてもらえると」


 話したところで目的地に着く。約束の時間より少し早い。門番にアポイントと来訪目的を告げると、すぐに中に通された。


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