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14 お騒がせショー兄妹


 バート・ショーとバーバラ・ショー、商工会長の孫兄妹を案内して、魔力開花術式の部屋に向かう。二人が一応ついてきて、後ろからオスカーが見守ってくれる形だ。


 ふいに、バートが一歩前に出て隣に並んできた。

「ジュリアさん。ジュリアさんはどんな男性が好みなんですか?」

「……お答えしかねます」

(これ、セクハラでお帰り願っちゃダメかしら……)

 どんなもなにも、あなたの妹に怖いと言われたその人が好きなんですが。とは言えない。


「なら、俺のことはどう思いますか?」

「どうこう思うほど、ショーさんのことを知りません」

「あ、バートって呼んでください。妹と紛らわしいので。じゃあ、これから知りあっていくってことでいいですか?」

(遠慮させてください……)

 さすがに本音は言えない。

「もし後輩になられたら、その時はよろしくお願いします」

 ならない確信があるから、そう流しておく。


「冠位の娘だからって、お高くとまりすぎなのよ。お兄様が下手したてに出る必要なんてないと思うわ」

 後ろは後ろで何か言っている。

「……絶対、わたしのがかわいいのに」


「いや、それはない」

 兄が振りかえって言いきった。

「お兄様?!」

「客観的意見だ。確かにお前も普通以上だとは思うが、俺はジュリアさんの方がずっとかわいいと思う。フィン様の感覚は正常だ」

 そう言われたバーバラが、ポロポロと涙をこぼす。

(ちょっと待って。術式を受けに来たのよね……?)

 仕事だからと依頼を受けた自分に、やめた方がいいと教えに行きたい。


 泣いている女の子を優しくなぐさめるべきなのだろうけれど、どうしてもそんな気になれない。この場にいる全員、その点では意見が一致しているようで、誰もバーバラに声をかけない。

 見なかったことにして、淡々と、すべきことをすることにする。


「術式を受けられるのは一名ずつになります。一名は一旦、この待合室でお待ちいただきます。どちらから受けますか?」

「じゃあ、俺から。できればジュリアさんと二人で」

「術式の立ち会いは二人一組です。私はまだ見習いなので、ウォード先輩が主導する形になります。どうぞご了承ください」

 形式上もそうだし、バートと二人きりになるのは全力で遠慮したい。


 自分が術式を受けたのと同じ場所だ。同じように、七つの水晶球をセッティングしてある。

 二人で不備がないのを確認してから、オスカーが父と同じように教示した。


「初めに混沌あり。混沌に光あり。世界に摂理あり。我、世界のことわりを動かす力を望む。チェイスィングザ・レインボウ」

 バートが唱え終える。


 部屋の中はシンとしたままだ。

 床に描かれた魔法陣は何の反応も示さないし、もちろん、水晶球が割れるなんていうイレギュラーも起こらない。

(これが普通なのよね。魔法適性があるのは百人に一人くらいなんだから)

 前の時にたくさんの術式に立ち会ったけれど、九十九パーセントはこの無反応なのだ。


「えっと、これは……」

「残念ながら、バートさんに魔法適性はないようです。引き続き、商会でのご活躍をお祈りしています」

「そっか。うーん、残念」

 多少は残念そうだけど、特に落ちこむようではない。人によっては人生の終わりのような反応をすることもある。さらっと納得してもらえるのは助かる。


 三人で待合室に戻ると、バーバラが声をあげて泣いていた。

(えっと……、これはどうすれば?)

 頭を抱えたい。

 バートが肩をすくめる。オスカーもどうしていいかわからない顔だ。


 内心でため息をついてから、モードを切りかえる。バーバラに優しくできなかったのは、仕事モードと攻撃されたモードの自分だったからだ。この場を少しでも早く収めるために、それらは一旦封印する。


「バーバラさん」

 座っているバーバラに視線を合わせるために、少し屈んで覗きこむ。

「少し待つのと、少し一人になるのと、お話を聞くの。どれがいいですか?」

 娘が泣いていて状況がわからない時に聞いていたことだ。その時によって答えは違っていた。

(どうかしら? お母さんモード)

 泣く声が大きくなる。

(失敗……?)

 元の関係性が違いすぎるから、難しいのかもしれない。


「なんっで……! なんで、わたしに文句のひとつも返してこないのよぉ」

 びぇんびぇん泣きながら理不尽なことを言われた。

「えっと……」

「あなたの本性をひっぺがして、どんなにイヤな女なのかをフィンくんに告げ口してやろうと思ってたのにぃ」


「あー……、そういう。バーバラさんはフィン様が好きなんですね」

 バーバラの顔が真っ赤になる。同時に涙も引っこんだようだ。

(あれ、この子、かわいい?)

 同い年としては付きあいたくないけれど、娘と同年代の女の子としてなら許容できる気がする。


「ふふ。フィン様は、私よりあなたとお似合いだと思います」

「え、そう? そう見える?」

「ええ。私に好きな人がいることはフィン様も知っているから、今後友人以上になることはありません。私の好きな人をこっそり教えるので、仲直りしましょう?」

「んー……、ちゃんと教えてくれるなら? 考えてあげなくもないわ? 知らない人ならこっそり会わせてね?」


「ふふ。秘密ですよ?」

 そう前置いて、バーバラの耳元に口をよせて囁く。

 女の子は恋バナと秘密が大好きだ。自分だけに打ち明けられる秘密は特別だから、一気に距離を縮められる。

「え、ウソ。どこがいいの?」

「全部」

「全部? それじゃあ全然答えになってないじゃない」

「詳しく聞きたいですか?」

「当たり前じゃない。じゃないと納得できないもの。口から出まかせだって言えるし」


「私を父の娘じゃなくて、ジュリア・クルスとして見てくれるところも。いつも気遣ってくれるところも。私の気持ちをちゃんと大事にしてくれるところも。信じられないような話をしても私を信じてくれるところも。自分でもどうだろうと思うところを受け入れてくれるところも。教えるのが上手いところも、必要な時にはちゃんと注意してくれるところも。仕事ができるところも。強さも優しさも、カッコいいところもかわいいところも、全部。大好きです。他にもいっぱいあるけど、もっと聞きますか?」


「あー……。わかったわ。つまりあなたは全然、ライバルじゃないのね」

「はい、全然。そもそも、フィン様とのお見合いを受けたのも、その後、二人で話してお試しでつきあってみようってなったのも、人命救助のためですし」

「人命救助?」

(あなたとフィン様の、とは言えないわよね)

「はい。当初のお試し期間の約束は、フィン様を狙っていた犯人が捕まるまで、でしたから」


「何それ。仕事じゃない」

「そうですね。仕事の一環だと思ってもらって構わないです」

「いっぱいやきもきさせられて、すっごく損した気分なんだけど?」

「それは、ごめんなさい。あなたがフィン様のことを好きだって知らなかったから。これからは協力しますね」

「ほんと?!」

「はい。まずは、今日の術式を終わらせませんか?」

「そうね。積もる話はまた今度にしましょう」

(あれ、ちょっと仲良くなりすぎたかしら?)


 なんとかバーバラの術式も終えて、どちらも魔法の才能がカケラもないことが証明された。

 待たされていた商会の馬車まで二人を送る。

「ジュリア! 今度うちに招待するから、絶対遊びに来てね!」

「……えっと、はい。都合が合えば伺いますね」

 狙った以上に懐かれたのは少し困ったけれど、そんなに嫌な感じはしない。

(一応、今の私とは同い年なのよね)

 気が合うかは別として、一人くらいはそんな友だちがいてもいいのかもしれない。


 馬車が見えなくなると、どっと疲れを感じた。

「お疲れ様でした。すみません、大変なことに巻きこんでしまって」

「いや、それは、構わない……」

 オスカーの歯切れが悪い。そういえば、後半は教示以外黙っていた気がする。

「どうかしましたか?」

「……いや。……全部、かと」

 恥ずかしそうに顔を半分隠したオスカーがかわいすぎる。

「はい。全部、大好きです」

 ガマンしないで言ってよくなったのがすごく嬉しい。


「ピチチ!」

 果物を与えてオスカーのデスクで待たせていたユエルが飛んできて、オスカーの前で何かを主張する。やっぱり仲良しだと思う。

「ここではちょっとわかってあげられないですね」

 翻訳魔法のことを伏せると、そんな言い方しかできない。

 オスカーが苦笑する。

「これはわからない方がいいやつな気がする」





▼  [バート・ショー] ▼



 帰りの馬車の中、上機嫌のバーバラに劣らず、自分も機嫌がいいのを感じる。

 魔法使いの才能はなかったけれど、今日の指名依頼には思っていた以上の価値があった。


「バーバラ、今日のお前はよくやった」

「え、なんのこと? お兄様に褒められるとか気持ち悪いんだけど」

「いくつかあるが。特に僥倖ぎょうこうなのは、ジュリアさんをうちに招待する話をしたことだな」

「ジュリアを招待するとは言ったけど。なぜお兄様に褒められるのかがわからないわ」


「それはもちろん、ジュリアさんを俺のものにしたいからさ」

「ジュリアに好きな人がいるっていうのは、一緒に聞いていたわよね?」

「なんだ、お前は知らなかったのか? 俺が、略奪愛に燃えるって。

 近づけば有利になることもあるだろうと指名依頼に賛成したし、確かにかわいかったのは本当だけど、その時はまだ打算があって。でも、好きな相手の話をする彼女にはゾクゾクした」


「あー……、昔から、つきあっている相手がいる女の子をやたら奪いとって、別れさせていた印象はあったけど。あれって偶然じゃなくてわざとだったの?」

「気持ちいいだろ? 元々好きだった男より、俺の方がいいって言われるの。ゾクゾクする。元の思いが強いほど、手に入れた時は気持ちいいんだ。

 あの話の内容も本当に収穫だった。彼女の好みがわかったからな」


「お兄様って見た目よりずっと性格が悪いわよね」

「お前は見た目通りに悪いけどな」


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