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13 商工会長の孫の指名依頼


「魔力開花術式の立ち会い、ですか?」

「ああ。お前に指名が入っている」

 騒がしかったオスカーの誕生日の翌日、父と研修室に向かいがてら、そんな話をされた。


「私にですか? まだ見習いなのに?」

「それを理由に断ることはできるが、お前の意向を聞いてからと思っている」

「相手はフィン様ですか?」

「いや。フィン様は二年前に既に受けている。才能は皆無だった」

「そうなんですね」

 他に思い当たる相手がいなくて首をかしげる。前の時には、こんな話はなかったはずだ。


「なら、どなたでしょう?」

「バート・ショーとバーバラ・ショー。双子の兄妹だ」

(バート・ショー……?)

 どこかで聞いた気がするけれど、思いだせない。

「商工会長の孫たちだな」

(あ!)

 思いだした。フィンと並んでいた、もう一人のお見合い相手だ。


 おそらくバーバラは、前の時のフィンのお見合い相手で、一緒に殺された子だ。フィンが商工会長の孫娘に頼むつもりだったと言っていたから間違いないだろう。

(今回は私がその立場を取っちゃった、ことになるのかしら……?)

 殺されるという前提がなかったら、それはただお見合い相手を取られただけになる。


 兄も妹も、前の時にはなかった関係が今回は生まれている。指名依頼はその影響だろうか。


「受けても受けなくても、私や魔法協会としてはどちらでも構わない。お前の仕事の実績にはなるが、それも気にする必要はないだろう」

「ありがとうございます。いつまでに決めればいいですか?」

「商人は気が短いからな。一両日中に返事をした方がいいとは思う」


「わかりました。ちなみに、受ける場合、立ち会いは私一人ですか?」

「いや。一般的な二人でと考えている。お前はまだ見習いだしな。もう一方が主導する形になるだろう」

「えっと……、誰というのは」

「受けるならお前の希望を聞ければと思うが、ブリガムとも相談してになるな」

「ありがとうございます。わかりました」



 オスカーと一緒に中庭をランニングしながら、父から打診された話をした。

 朝から同行しているユエルは、木の上で見学だ。


「商工会長の孫たちの術式の立ち会いか……。見習いのうちに術式に立ち会うこと自体は、研修の一部として一般的だが。指名された理由がわからないな」

「そうですよね……。父の仕事上のつきあいかなとも思うのですが、父は受けても受けなくてもっていう感じで。

 他に思いあたることといえば、兄のバートさんがお見合い候補の中にいて断っているから、その不満を言いたいのかなとか、そのくらいです」


「それは断った方がいいんじゃないか?」

「けど、本人に会ったことはないはずなので。お見合い自体が本人の意向ではなく、父と商工会長で盛りあがっただけかもしれません。

 今回も、今後の仕事を優位に運ぶために縁を結びたいのかなとも。父は指名できないので、娘の私なら、という感じで」


「ジュリアは受けたいのか?」

「うーん……、どちらかというと受けたくないですが。受けておいた方がいいのだろうとは思います」

「なるほど?」

「仕事として考えるなら『受ける』の一択なのではないでしょうか。指名は臨時依頼として費用が発生するし、実績件数にもなります。商工会との関係も、いいに越したことはありせん」

「それは……、大人の判断だな」

「これでも一応、見習いとはいえ社会人ですから。実年齢はもっとずっと上ですし」

「ああ……、そうだったな」


 言ってから、実年齢の部分は余計だと思った。それを言いだすと、おばさんを通り越しておばあちゃん、なんならおばあちゃんすら通り越している。

「私の中身の年齢を聞いたら普通は萎えますよね……」

(って、何を聞いてるの……)

 余計なことに余計なことを重ねてしまって後悔する。


「……いや。その……、ジュリアの過去の話を聞いて。……そこまで愛されていたのかと思って、嬉しかった」

 隠していた秘密を明かすように、オスカーが恥ずかしそうに言った。クリティカルヒットだ。

 今がランニング中でよかった。体を動かしているおかげで、雑念がふくらみすぎないで済む。


「……自分が断った方がいいと言ったのは、ダッジのような可能性が浮かぶからなのだが」

「ダッジ先輩ですか?」

「ああ。ジュリアのことをあきらめていない可能性だ」

「さすがにそれはないと思いますが」

 ダッジはずっと投影で見ていて思いを募らせていたらしかった。バート・ショーとはそこまでの接点がない。

「どうだかな……」

 オスカーはそう言うけれど、心配しすぎだと思う。

(ひいき目で見てくれるのは嬉しいけど)


「対応は二人一組で、もう一人は私の希望を聞いてくれるそうなので。

 あなたに一緒に入ってもらえるなら受けると答えるのはどうでしょうか。あなたが一緒なら安全だと思うので」

 隣のオスカーがわずかに口角を上げた。

「そうだな。受ける方向なら、そうしてもらえると嬉しい」


 希望はすんなり通って、オスカーと二人での対応が決まった。父は嫌がるかと思っていたのに、推奨するくらいの勢いだった。助かったけれど、父心はよくわからない。



 その週のうちにバート・ショーとバーバラ・ショーの兄妹がやってきた。祖父の店の名が書かれた馬車が魔法協会の前に止まる。

 受付を済ませてもらってから、オスカーと二人で対応に出た。


「この度は指名依頼をいただき、ありがとうございました。ジュリア・クルスです」

「オスカー・ウォードだ。クルス嬢はまだ見習いのため、実務は自分が執り行わせてもらう」

「バート・ショーです。今日はよろしくお願いします」

「バーバラ・ショーよ」


 バートはメガネが似合う理数系の青年という印象だ。オスカーよりはいくらか背が低いけれど、男性の中では平均的なくらいか。投影の魔道具で見た時と同じ雰囲気だ。笑顔が少しうさんくさい感じもする。

 バーバラの方が活発そうだ。高い位置でツインテールになっている、左右二本ずつの縦巻きロールが印象的だ。自分より少し背が高く、魔法協会のお姉様たちより少し低いくらいか。名乗った声はツンとしていて、プライドが高そうに感じた。

 二卵性なのだろう。兄妹として似てはいるけれど、双子というほどそっくりではない。赤い髪色だけが完全に同じだ。


 バーバラが見下ろすようにしてジロジロと顔を見てくる。

(うーん……、なんか値踏みされてる……?)

「……なーんだ、ぜんっぜん普通じゃない。フィンくんがかわいいって言ってたから、どれだけかと思って見にきたのに、残念」

(何をしてるんですかフィン様……)

 なぜ指名されたかの謎は解けたけれど、予想以上に嬉しくない。


「ねえ、お兄様? そう思わなくて?」

「……いや。投影の魔道具では見ていたけど……、実物はもっとかわいいなって思ったかな。

 お前がフィン様のところに嫁いで、俺がジュリアさんをもらえばちょうどいいんじゃないか? フィン様、確か振られたんだろ?」

(ちょっと待って。何を言ってるの、この兄妹は)

 頭を抱えたい。

 そういう話は帰ってから二人の時にするものではないのだろうか。


 隣のオスカーから冷気を感じる。

「魔法協会には魔力開花術式を受けに来たと聞いている。もし魔法使いの才能があれば、ここで見習いとして研修を受けてもらうことになる。職場の第一歩だと思って、余計な私語は慎んでもらいたい」

 声が低い。普段は私語云々をとやかく言うタイプではないから、相当怒っている気がする。


「うわっ、こっわーい! いきなり先輩のパワハラ?」

(なにかしら、この、人種が違う感じは……)

 オスカーも困惑しているようだ。

 前の時にこんな後輩は入っていないから、二人とも魔法使いの才能がないのはわかっている。関わるのは今日限りだと割りきるしかない。


 仕事用の笑顔を貼りつける。

「術式の用意をしてお待ちしていました。どうぞこちらへ」


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