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12 ピカテット人気とデレク・ストン


 魔法協会に戻ると、先に戻っていた男性陣からの視線が向いた。

 オスカーが声をかけてくる。

「ジュリア、さん。そのピカテットは……」

 さんづけが少しつたないのがかわいすぎる。内心でごろんごろん悶えているのを必死に隠して、彼の問いに答える。


「はい。飼えることになって。家に置いてきたのですが、来ちゃって。先輩たちから使い魔は連れていていいと言われたから、そのまま連れてきました」

「そうか」

「名前、決まりましたよ。命名ジュエルで、愛称がユエルです」

「かわいい名だな」

「ありがとうございます」


 管理部門の部長、ビリー・ファーマーが声をかけてくる。

「ピカテットはこのあたりではなかなか手に入らない魔獣なのですがね。触っても?」

「はい、もちろんです」

 ユエルを手に乗せて差しだす。撫でさせたら別人のように顔を崩した。

(意外ね……)


 自分も撫でさせてほしいと、みんなが集まってくる。

 ユエルは嫌がるかと思ったけれど、まんざらでもなさそうだ。


 ファーマーとデスクが近いデレク・ストンと目が合った。

「あ、ストンさん。ストンさんも好きですか?」

 軽い気持ちで聞いたら、ストンが驚いたように目をまたたいた。直後、何かを理解したかのようにうなずく。


「小動物は嫌いではありませんが。……私も、好きみたいです」

「そうなんですね」

「ジュリアさん」

「はい」

「……おひとつ、いかがですか?」

 ビスケットの缶を開けて差しだされる。


「いつもすみません。ありがとうございます」

 断るのもなんだから、ひとつもらってその場でいただく。

「ピカテット……、ユエルさんでしたか。その子は何を食べるのですか?」

「植物全般みたいです。さっきも果物を食べさせてきました」

「そうなのですね」


(ストンさん、優しい顔してる)

 固くて少し怖いイメージだったから、こんな一面には驚きだ。

(ピカテットはみんなを幸せにするのね)

 それなら、明日からも連れて来させてもらってもいいだろうか。





▼  [ルーカス] ▼



「ルーカス・ブレア。一杯つきあってほしいのですが」

「え、なんでぼく?」

 終業後に職場を出たところでデレク・ストンから声をかけられて、それなりに驚いた。

 最近は予想外のことが多くて日々にはりあいがあって楽しい。が、だからといってストンとのサシ飲みが楽しいとは思えない。嫌われている自覚はある。


「あなたのことは嫌いなのですが。だからこそ醜態を見せてもダメージがないかと」

「ストレートだね?!」

「隠したところでどうせ見抜かれるでしょうから」

「まあ、そうなんだけど。んー……、まあいっか。今日くらいはつきあうよ」

 そう判断したのは、多少なりともこの男を不憫に思う気持ちがあるからだ。


「あ、なんなら女装する? 前の、結構クオリティ高かったでしょ?」

「余計なことはしなくて結構ですが」

「そう?」

 いいアイディアだと思ったのに残念だ。


 男性客が多い大衆向けの飲み屋に入る。ストンが最初から強めの酒を頼んで、一気にあおった。

(これぼくが運ぶことになる気がする)

 早くもついてきたことを後悔した。


「……ルーカス・ブレアは、ジュリアさんに気があったのですか?」

「ぼく? いや、最初から、二人が両思いなの知ってたし」

「最初から?」

「うん。五月の半ばくらいに、オスカーが彼女に出会ったって言ってた時から」

「……ジュリアさんが魔法協会に来てから、ではないんですね。出会ってすぐに両思いだなんてあるのでしょうか」

「ある時にはあるんじゃない? ぼくからすれば、お前らやっとか、っていう感じ」

「そうでしたか……」


「まあ、彼女個人っていうより……、あんなふうに思われることには憧れがあるけど。ぼくの性格じゃあムリだよなとは思ってる」

「それはそうでしょうね」

「いやそこは否定して!」

「ジュリアさんの本命があなたなのかと思っていた時には内心大反対でしたから。こんな腹黒が相手でいいのかと」

「もうぼく帰っていい? 傷心だろうと思ってつきあってるんだけど?」


「……傷心、に、見えますか」

「どうだろうね。ぼく以外は気づいてないんじゃない? ストンさん自身は気づいてる?」

「……複雑ですが」

「ふーん? かわいい娘を男に取られた父親の気分と、倫理的にあってはいけない気持ちへの戸惑いと、気づかなければよかってという後悔と、気づいたのと同時に失恋した傷心が混ざってるってとこかな」

「……なんで本人より言葉になるんですか」

「顔に書いてあるからかな」

「だからあなたは嫌いなのですが」

「あはは。よく思われてると思う」


 ストンがガブガブと酒をあおる。

(ペース早すぎない? ストンさんって普段は飲まない人だよね??)

 止めた方がいいかと思いつつ、とりあえずチェーサーとしてミネラルウォーターを頼む。


「本来ありえないと思うのですが。私より息子と歳が近いのに。ずっと、娘のような感じでかわいいのだろうと思っていたのですが」

「前に四人でランチをした時にオチたなって思ったんだけど、ストンさんの中では認めちゃいけない感覚だったのかもね」

「今でも自分に何が起きているのかわからないのですが」

「そう? 単純な話だと思うけど。いつどこで誰を好きになるかなんてコントロールできないよねってだけな」

「コントロールできない、ですか……」


「うん。コントロールできるのは表に出る言動だけだよね。社会的に正しい方をとるのか、気持ちに正直に生きるのか」

「浮気だ離婚だなどとは生涯関係ない世界の話だと思っていましたが」

「あはは。今でも関係ないんじゃない? ストンさんは堅実に社会性をとる人だし、ジュリアちゃんは多分、オスカー以外を異性だとは認識してないから」

「……その通りでしょうが。理性ではよかったと思っているのに、複雑な感じがぬぐえません」


 そろそろ止め時だろうか。そう思った瞬間、ストンが潰れた。

「やっぱりイヤな予感って当たるんだよね……。そうじゃない予感も当たるけど」

 自分のそれは多分、無意識の予想や推理のたぐいなのだ。回避できないなら、予感したところで意味はないが。


 ため息をついて、とりあえず会計を済ませ、ストンを店の外に引っ張りだす。

 酔って潰れた男との二人乗りなんてごめんだ。

「ウッディ・ケージ」

 ストンの周りに最低限の檻を作り、前にオスカーとジュリアを運んだのと同じように、檻に浮遊魔法をかけてホウキと結ぶ。

 ストンの家の場所は知らないから、寮の空き部屋にでも泊めてもらえばいいだろうか。


(人を好きになるってままならないんだろうね。好きになれるだけ、うらやましい気もするけど)

 その気持ちを本当に理解できる日がいつか自分にも来るのか。

(うーん……、ムリな気がするなぁ)


関係する話:第2章 32 [デレク・ストン] 異常な見習い

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