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11 結婚詐欺に気をつけてください


 軽く汗を流して着替え、昼食に行くためにオフィスエリアに戻ると、オスカーが男性の先輩たちに捕まっていた。筆頭はダッジのようだ。


「ウォード、仕事上がりに俺たちにも訓練をつけろ」

「年下の女の子より体力がないとか、男の沽券こけんに関わる」

 そうだ、まったくだという同意が続く。

「先輩方は自由にトレーニングをすればいいかと。一般向けの訓練所もあるだろう?」

「そうですよ、勤務時間外に働かせないでください」

 近くに行って援護射撃をしてみる。


「あー、奥さんにそう言われたらなあ」

「奥さん?!」

「それはダメだな」

「まだ妻ではないのだが」

「似たようなもんだろ」

「違いますっ!」

 からかわれているだけなのはわかる。けれど、否定せずにはいられない。そこにいくにはまだ、とてつもなく大きな壁がある。

(なりたいかなりたくないかなら、もちろんなりたいけど)

 一緒に考えてもらえることにはなったものの、まだその未来が見えているわけではないのだ。


「あ、ウォードを拉致する前にジュリアさんに言っておくことがあったんだ」

 ダッジがそう言うと、オスカーから後ろ手に庇われた。

「なんだ?」

「お前じゃない」

 ダッジがオスカーとの間に火花を散らす。いたたまれない。

(聞くだけでも聞いた方がいいわよね……?)

「……なんでしょう?」

 オスカーの後ろから少しだけ覗いて尋ねた。


「ここから高級街に向かった方に仕立て屋があるだろ?」

「はい、ありますね」

「試しに入ってみたら、すっごくかわいい子とすれちがったんだが。そこのお針子さんらしい」

「そうなんですね」

「だから……、その……、夏は怒って悪かったと思っている」


(あ、なるほど)

 そこまで聞いてやっと合点がいった。

「一度オーダーメイドのいいジャケットを仕立ててもらったらどうかなと」

 そうアドバイスをした時、ダッジは怒って席を立った。仕立て屋でかわいい子に出会えたからチャラになったようだ。

「いい出会いができたならよかったです」


「待って、なんの話?」

 メリッサ・レイが尋ねてくる。話が聞こえていて気になったのだろう。夏合宿で好みのタイプを長々と語ってくれた独身のお姉様だ。


「前にジュリアさんからアドバイスをもらった通りにしたら、かわいい子に出会った話だ。

 そんなわけだから、今日は気兼ねなくウォードを問いつめるつもりだ。ついでに誕生日も祝ってやる」

 口は悪いけれどダッジの表情は晴れやかだ。

 若い男性グループにオスカーが連れて行かれる。ルーカスも笑ってついて行った。


 彼らを見送ってから、改めてメリッサが尋ねてくる。

「あのダッジくんがあんなに上機嫌だなんて、本当にいい出会いだったのね。どんなアドバイスをしたの?」

「えっと……、一度オーダーメイドのいいジャケットを仕立ててもらったらどうかと」

「それだけ?」

「はい」

「私は? 私は何を仕立てればいいの?」

「え」

 そう聞かれても困る。前の時、ダッジの奥さんがお針子さんだったからそう言っただけだ。

「すみません、私にはなんとも」


「ちょっ、お願いよ。ダッジくんだけずるいわ。私も運命の人に出会わせて!」

 そう言われても困る。ダッジは前の時に結婚した実績があった。一方のメリッサは、自分が知る限りずっと独身だったと思う。結婚するかもと聞いたことはあったけれど、残念な結果だったはずだ。

「メリッサさんは……、結婚詐欺に気をつけてください」

「待ってジュリアちゃん。それどういうこと?!」


 話を聞いていた育成部門部長アマリア・ブリガムがカラカラと笑った。

「私たちもお昼に行きましょうか」

 そこで話は終わって、お姉様方に取り囲まれて魔法協会を出る。


 その瞬間、顔面にモフッとしたものがつっこんできた。


「ピチチ! ピチチチチ!!」

「あれ、ユエル?」

「ピイッ!」

「かぁわぁい〜い〜!!」

 周りから黄色い声が上がる。


「ピカテットかしら?」

「はい。昨日から飼うことになって。でも、家に置いてきたはずなのですが」

「ビピイ! ピチ!」

 なんかものすごく不満そうだ。言葉がわかるようにしたら絶対に文句を言っている。


「ピカテットは頭もカンもいい魔獣だから。主人の魔力を辿って見つけられる子もいるって聞くわね」

「なるほど」

 そう言われると、家を抜けだせさえすれば、ここに来られるのは納得だ。そもそも山で出会った時、ユエルが自分の魔力の強さを感知して寄ってきたのだ。


「このまま連れているわけにはいかないので、一度帰宅して置いてきてもいいですか?」

「あら、連れていれば? テラス席や個室がある店ならペットや使い魔も入店できることが多いし、魔法協会は使い魔を連れて仕事できるから」

「え、いいんですか?」

「使い魔を禁止にしたら、使役を主にする魔法使いは仕事にならないもの。珍しいからうちの支部にはいなかったけど」

「あ、確かに。そうですね」


 使い魔の使役と召喚は別の魔法だ。使役ができても召喚はできないこともあるから、そういう魔法使いが使い魔を連れたまま仕事をするのは、言われてみれば当たり前だ。

 どちらも空間転移と同じで才能による珍しい魔法で、前の時には使える人に出会っていない。

 自分は使えるけれど、ユエルとは魔法での正式な契約をしていない。

(立場としては懐かれただけのペットだけど、使い魔っていうことでいいのかしら?)


「かわいくて癒されるもの。むしろ連れてきてほしいくらいだわ」

「ほんと、小さくてかわいいジュリアちゃんが、小さくてかわいいピカテットを連れているなんて、完全な癒しよね」

(小さいって思われていたのね……)

 確かにお姉様方よりは少し(・・)小さい。ほんの少しだ。自分では、ハイヒールを好んで履いていないというのもあると思っている。


 ユエルを肩に乗せていると、すれ違う人の視線がやたら向いてくる気がする。

 子どもには指されることも多く、触らせたらものすごく喜ばれた。

(ピカテットって本当に人気なのね)

 街中では見たことがなかった。散歩をさせていないだけかもしれないし、繁殖と流通の関係であまりこのあたりにはいないのかもしれない。


 昼食では、オスカーとのことをお姉様方からたくさん聞かれた。

「いつからそういう関係なの?」

「えっと、……昨日、告白して……」

「ジュリアちゃんはウォードくんのどこが好きなの?」

「……全部、好きです……」

「ホウキの二人乗りって実際、どうなの?」

「あの……、死ぬほど恥ずかしかったので、もうしないかと……」

 聞かれている今も恥ずかしくていたたまれない。

 答えられる範囲で少し答えるけれど、色々な方向から次々質問が増えるばかりだ。


「ピチイ! ピチチ!!」

 ユエルが飛び上がって存在を主張する。

(あ、これ多分「図が高いぞ! ヌシ様に平伏せ、ニンゲン!」とか言ってる気がする)

「かぁわぁい〜い〜!」

 ユエルの言葉を聞いたことがないお姉様方の反応は平和そのものだ。


 注文した果物が来て、ユエルに分ける。ピカテットは植物を食べるらしい。実が一番好きだけど、葉や茎、花なども食べるそうだ。エサを用意するのが楽で助かる。

 ユエルがクチバシでつんつんと食べると、お姉様方がとろっとろに溶けた。

「かぁわぁいいいい〜!!!」

 そのままペットの話に移ってくれて、本当に助かった。


(後でご褒美……、あげたら調子に乗るかしら)


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