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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
【間章】 月にて君を想う

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退廃の国の王と姫──月──(3)

「……うわあ。セリス姫にはそんな風に言っていたの? おいたが過ぎますって」

「何が『うわあ』なのかは知りませんけど、勝手な想像は慎んでください。不愉快です」


 そっけなく言うものの、ゼファードは手首を戒めたまま。アリシアも倒れこんだまま。

 顔が近い、とアリシアが上目遣いで見たところで、目が合ったゼファードは表情も変えぬまま唇を寄せてきて、額に口づけた。


「ええと……」


 困惑したアリシアをぐいっと押し返して、ゼファードはようやく手を離した。


「処女のように赤くなるくらいなら、はすっぱな真似はおよしなさい。私も男ですよ」

「どの口がそんなことを」

「今あなたに口づけた、この口ですよ」


 言い含めるような物言いに、アリシアはぼうっとゼファードの横顔を見つめてしまった。それから、膝の上で手指を組み合わせて躊躇いがちに言う。


「そうね……。たしかに私は処女ではないし……。そういうことも含めてこの話を受けたつもりだから。あなたが女性の肌を求めているというのなら、その……いいわよ」


 眉をしかめたゼファードが、渋い表情でアリシアを見た。


「女性のせっかくの覚悟と申し出をお断りするのはさすがに胸が痛みますが、結構です。あなたも、滅びゆく国の王の子を腹に宿しても、この先苦労しますよ」


 不意に、アリシアのまとう空気がひんやりとしたものになった。

 ゼファードはハッと息を呑んだが、遅かった。


「苦労……。苦労はね、うん。十分、わかっているのよ……?」


 言いながら、アリシアはゼファードの腕に指をかける。細い指がきつく食い込む。


「もうおとなだから、あなたたちとは遊ばない……。私がそう言って王宮に遊びに来なくなったのを、あなたは真に受けていたんですものね……? そうね、たしかに私はおとなになったのよ。あの時の私が何歳だったか知ってる……?」


 食い込んだ指が蝋細工のように真っ白になっているのを見てから、ゼファードはアリシアの全然笑っていない目を見た。


「同意の上、だったんですよね……?」

「それはね。あの男もそこまで獣じゃなかったわ。ただね『自分は長く生きられないと思うから妻はいらない、でもお前は欲しい』なんて同情をひくよーなことは言っていたわね。うふふふふふふよく考えると最低よね?」


 アリシアは、笑っていない。誰がどう見ても笑ってなどいない笑顔をゼファードへと向けた。

 ゼファードは深呼吸して、ゆっくりと言った。


「その件については、本当に、知らなくて、ですね」

「そうねー。私はうまく隠したし、あの男に至っては知らないと思うのよ。まさか私が、一夜の逢瀬の末に子を孕んで産んでいただなんて。その生まれた子に関しても、責任もって育てるって申し出てくれた人がいたわけだし。どこで聞きつけてきたのか知らないけど耳聡い。ああ、アルスっていう紫の瞳の(なま)ぐさ神官よ? あなたもよーく知ってるでしょ?」

「はい……」


 かつてアリシアに手をつけて身ごもらせたのは、ゼファードではない。

 時折この国に遊びにきていた、砂漠からの風。 

 だというのに、変な汗をかきながらなんとか挽回しようとゼファードは言葉を選びつつ言った。


「まあ、でもその、あなたの息子は立派な少年に育っていたわけですから……」

「紛れもなくあの男の血筋って感じよね。嫌になるほど似てきて。顔もだけど」


 アリシアが言わなかったところをわかった上で、ゼファードは「そうですね」と呟いてから、しみじみと続けた。


「声が。多少若さはありましたが、同じ声をしている。離れて暮らしていたはずなのに話し方までどことなく」


 アリシアの子にして、アルスに育て上げられた少年。

 国を出たセリスの身代わりを引き受けたアリシアは、我が子をゼファードに引き合わせた上で、条件として「この子を父親に会わせること」と言ったのだ。


 ──私は王族の端くれだし、沈みゆくイクストゥーラに残るのは構わない。でもこの子は国から出して遠くへ行かせてあげて。


 アリシアの願いを聞き入れたゼファードは、セリスの許へと彼を向かわせた。幼少時よりアルスに工作員に必要な技術を仕込まれたという彼は、護衛はもとより「使える」人材に違いない。しかも、セリスの側には彼の実の父親がいる。

 悪いようには、しないはず。


「あの子。砂漠の旅には慣れているとはいえ、無事だといいのだけど」


 溜息をついたアリシアの顔には、紛れもなく彼の身の安全を心配している色があり。

 ゼファードはどんな軽口も思い浮かばずに、そっとアリシアの銀の髪を撫でながら言った。


「大丈夫ですよ。ロスタムは今頃、父親に会ってる頃です。……想像すると、少し笑えます。黒鷲の反応が」

「あらやだ。性格悪い」

「私は子どもの頃からこうですよ。ご存知でしょう?」


 嘯いて、ゼファードはアリシアから手を引き、長椅子の背にもたれかかった。

 普段執務中には絶対に見せない寛いだ様子で、遠くを見ながら小さく呟く。


「見たかったですね、黒鷲が驚くところ。……私はもう、彼に会うこともないでしょうけど」


 幸せな夢を追いかけるように、瞼を閉ざした。

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