第59話:双生児の怪奇輪唱
――フォルティス・グランダムの玉座の間は、一瞬で消し飛んでしまった。
フォルティス城の象徴たる天頂は、ポルタの放った衝撃波によりいずこかへと吹き飛び、玉座の間を覆っていた外壁も、アルス王たちの生活スペースもろとも消失した。
残ったのは、玉座の間の床部分……そして、辛うじて玉座の間であった場所の縁に引っかかっているゲンジくらいなものであった。
「ぐ…く……!?」
ポルタの一撃によって危うく失神しかけてしまったが、何とか玉座の間の縁にしがみつき、弾き飛ばされるのを耐えたゲンジ。
何とか体を床の上に引き上げ、荒い呼吸を繰り返しながらゲンジはすっかり風通しの良くなった玉座の間を見回した。
「……これは……これほどとは……」
「どう? 私たちの双生児による怪奇輪唱の力は」
聞こえてきた声に顔をあげると、ポルタが上空からこちらを見下ろしているのが見えた。
相変わらず化け物の顔が浮かび上がっている腹部を晒しながら、ポルタは朗らかに笑う。
「バルカスに出会ってから、お姉ちゃんの力は前よりずっと強くなって、私もお姉ちゃんの力を借りることができるようになったの」
「姉の力……先の衝撃波がそれか」
「うん。形無き力の奔流。防御も回避も不可能な一撃……って、バルカスが言ってた」
(……確かに、見えなかった)
ゲンジは油断なく構えながらポルタの言葉に内心で同意する。
(剣の一撃に織り交ぜられたために見逃したのかと思ったが、先ほどの玉座の間を吹き飛ばした一撃……衝撃で視界こそ歪んだが、発生の瞬間が全く分からなかった。言葉の通り、姿形のない力の塊ととらえるべきか)
爆発は唐突に。化け物の顔が歪むという形で認識こそできたが、その部分を見ていなければおそらく先の不意打ちの一撃で玉座の外へと弾き飛ばされてしまっていただろう。
この点から察するに、無形の衝撃波を制御しているのが腹部の化け物、剣を操る力はポルタのほうが分担しているのだろう。
この場合に問題となるのは、やはり無形の衝撃波の存在か。
ゲンジとて、戦いの中にその身を置いてそれなりに長い。目に見えない攻撃というものにお目にかかったことなど何度もある。
だが、そうした小癪な攻撃をしてくる相手は決まって人間であり、種さえ割れればどのような形で攻撃してくるのかは容易に察知することができた。
そうした攻撃の大部分は魔法を利用したものであるため、詠唱だったり体の動きであったり、そうしたもので攻撃の瞬間をとらえることができるのだ。
だが、ポルタの姉なる化け物にはそれがない。いや、攻撃の瞬間の動作はあるようなのだが、それを窺い知るのが非常に難しいのだ。
(あの少女の腹から出ればそれも知れようが、それができるのであれば、あの子ごと殺したほうが早いか)
一先ずそう結論付けると、ゲンジはポルタを睨みつける。
……子がいるのであれば、きっとあのくらいだろう。まだ父母から離れて暮らすには、ポルタの姿は幼すぎる。
「――どうしても邪魔をするか」
「うん。バルカスは約束してくれたもの。私と、お姉ちゃんが暮らせる世界を作ってくれるって」
朗らかに笑いながら、ポルタが手を上げる。
どこからともなくやってきた無数の刀剣は、彼女の手にしがたい、その切っ先をゲンジへと向けた。
「だから邪魔なのは、おじさんのほうだよ。バルカスの邪魔だから、死んで?」
「そうか。ならば致し方あるまい」
ゲンジはより強く拳を固める。
あんな小さな女の子を、こんな戦いの場に連れ込んだバルカスへの怒りはある。
あんな小さな女の子が戦いで、世界を奪い取ろうとする事実に憐憫はある。
あんな小さな女の子を手にかけねばならない、自身の弱さに不甲斐なさと情けなさを覚える。
「邪魔をするなら、死んでもらおう」
だが、そうした全てに封を為す。
ただ一心に目的を果たすべく。ただひたすらにこの国を救うために。
ゲンジは決意を固める。ポルタを……目の前にいる小さな少女を殺すのだと。
ゲンジの全身からほとばしる殺気を浴びても眉一つ変えないポルタは、小さな手を振り下ろし剣を操る。
「双生児による怪奇輪唱っ!」
飛来する無数の刀剣。刺されば間違いなく必殺の一撃となるであろうそれをゲンジは拳で弾き返す。
「ハァァァァァァ!!」
ゲンジの固めた拳は、この世のどのような物質よりも硬くなる。
あらゆる名工が鍛えた武器であろうとも、彼の拳に弾けぬものなど存在しない。
飛来する無数の刀剣程度では傷一つ付かず、避ける必要性すらないゲンジであるが、刀剣の連撃が途切れた一瞬、その場から離れるように駆け出した。
次の瞬間、ゲンジが立っていた場所に大きな穴が開く。
「あ、避けた……。当たらないでしょ」
「当たったら死ぬのでな!」
悪態をつくポルタの言葉に返しながら、ゲンジは刀剣を弾き返す。
ほとんど勘働きで避けたが、やはり前兆が全く分からなかった。
いかに無形であるとはいえ、攻撃の軌道くらいは見えないものかと目を凝らしてみたが、それすらわからない。唐突に自分が立ってた場所に穴が開いたようにしか見えなかった。
(厄介極まりないな……! イデアというものは本当に滅茶苦茶だ……!)
己の身にも宿るその力の厄介さを再確認しながら、ゲンジは拳を構える。
「とはいえ、そちらも同じだろう!? いくぞぉ!」
飛来する刀剣を弾きながら、ゲンジは目の前の空間を殴りぬける。
瞬間、爆ぜるような音ともに目の前の空間が弾かれ、ポルタに向かって突き進んでゆく。
ポルタの放つ無形の一撃と違い、軌道がはっきりと見えるゲンジの一撃は、彼女の体に届く前に何かに遮られて消滅する。
「危ないなぁ……。でも、お姉ちゃんの力には遠く及ばないね」
(防御までこなすか。想像以上に厄介だ)
飛来する刀剣を弾き、とにかく動き回って化け物の衝撃波の的にならないようにしながらも、ゲンジは顔をしかめる。
(こちらの弾いた攻撃を防げるというのであれば、防御力は並みの全身鎧よりも高いのだろう。こうなると、遠距離攻撃では倒せんか)
かつて、弾いた空間で全身鎧の騎士を打倒した経験からポルタの防御力をそう推察する。
攻防に渡って高い汎用性を発揮するポルタのイデア、双生児による怪奇輪唱。
ゲンジは舌打ちしたくなるのを堪えながらも、何とか攻略の糸口を探そうともがく。
「シィッ!!」
飛び交う刀剣を弾き、そのうちのいくつかをポルタに向かって飛ばす。
空を裂く刀剣は、そのうちのいくつかが中途で静止し、最後の一本はポルタの眼前で見えない壁に弾き返される。
「無駄だって言ってるのに……」
(……すべてを絡めとらん、ということはあの少女のほうは能力の使用に制限があるのか?)
呆れたような顔ではじかれた刀剣も回収するポルタ。彼女の能力が底なしであれば、最後の一本も自分の力で絡めとればよいはず。
それをしないということは、ポルタの能力に限界があるということになるのではないだろうか?
(あるいは、あの化け物のほうにリソースを割り割いているのだとすれば……そこが狙い目か?)
これは当然の話であるが、イデアにも限界は存在する。それは使用回数の限界、と表現できるものであり、バグズの侍虫の主わかりやすい一例だろう。イデアの性質や能力によってその辺りも千差万別となるが、力のふり幅に天井が存在することだけは共通している。
そのことを踏まえて考えると、ポルタと化け物はそれぞれにイデアを持っているのではなく、二人で一人分の大きさのイデアを分け合っている可能性が高い。
であれば水瓶の中の水を二つの器に分けるように、その全体量には限りがあるはず。
(そして、もう一つ……。これは実証するすべはないが、ポルタという少女の力、人間には作用しないのではないか?)
こちらは確証がつかめているわけではない。ひょっとして、刀剣を操るように人間の体もねじれるのかもしれないが、それをわざと隠している可能性はある。
だが、それにしてはこちらを殺そうとする手段が回りくどすぎるとゲンジは感じていた。
イデア保有者にもイデアは通用する。ポルタの力がゲンジにも通用するならば、刀剣を操る要領でゲンジの体を止め、そこを化け物の無形の力で打ち砕けば一瞬で片が付く。
それをしないということは……確率として高いのは、できない可能性だろう。切り札たる化け物の力まで開放しておいて、最も確実であろう手段をとってこないのは力の出し惜しみとは言えまい。
(こちらに加減する理由があるわけでもなし……奴の力は、俺の体には通用しないとみるべきだろうな)
危険な賭けではある。だが、このまままんじりと耐久戦を仕掛けるよりは勝率は高いだろう。
さほど分の悪い賭けでもない。……さらに言えば、バルカスがニーナを連れて行ったということも引っかかる。
(手段を選ばないと言っていた以上、何らかのアクションを起こすはず。確実に時間はない。あまり長々と、この少女に時間をかけている場合ではない……)
手段を選ばないということは、おそらく短絡的な手段に頼るということだろう。
相手を追い詰めている証拠であるが、あまり喜んでもいられない。追い詰められたネズミは、猫を噛み殺そうとするという。ネズミでそれならば、虎か何かを追い詰めてしまえば、こちらを噛み殺すくらいは想定すべきだろう。
「――ならば、今こそが勝負どころか……!」
ゲンジは一声叫ぶと、拳を硬く握りしめた。
「拳骨隆々……参る!!」
勇者名の名乗りと同時に、ゲンジは己の拳を振り下ろした。




