第42話:狂戦士との宴
ラウムという戦士にとって、今の世界は退屈の極みであった。
世界に大きな戦いはなく、酷い混乱もない。凶悪な魔獣が闊歩することもなければ、どこかで暴君が悪逆非道を働くこともない。
なれば、その身に宿った強大な力も、圧倒的な才能も無用の長物であり、つまるところ彼は自分自身と言う存在を酷く持て余していた。
生まれる時代を間違えた、とは誰の言葉だったか。初めて惨殺した強盗だったか。あるいは暴走した山のような雄牛の飼い主だったか。はてさて、彼のイデアを打ち破らんと挑みかかってきた白痴の魔術師であったかもしれない。今となっては誰が言い出したかもわからない言葉であったが、まさに自身を示す言葉とラウムは好んで呟いていた。
そう、時代さえ違えば。ラウムの存在はまさに大英雄として持て囃された事だろう。どこへ行っても引く手数多であっただろうし、屠る敵にも苦労はしなかったはずだ。
世界中で彼の名を知らぬ者はいなかったであろうし、きっと暇つぶしにも苦労しなかっただろう。毎日違う女と寝ても、まだまだおかわりがいたかもしれない。
だが、平穏太平たる今の世界に、彼の恵まれた体躯を収める場所はどこにもなかった。その強すぎる力は常に疑念と疑惑を生み、どこへ仕官したとしても数年で解雇されてしまった。彼自身、強すぎる闘争本能と野心を持っていたというのも、受け入れられなかった遠因やも知れないが、自身を曲げるなどという選択肢は彼にはなかった。
人に、国に受け入れられなかったラウムは懊悩した。神は、天は、世界は。何故このような身にこれほどの力を宿したのかと。
この力は世界を掌握するためのものではないのかと。強き力を屠るためのものではないのかと。ただただ無為に腐らせるためのものではないのかと。何度も何度も問いかけた。
だが答えが返ってくることなどはなく、無為に時だけが過ぎてゆく。
四十も後半を数えるようになった頃、力は衰えず技も円熟に向かっていったラウムは、孤独な中で一つの願望を抱くようになった。
……世の掌握も、全ての敵も、あるいは全ての欲も諦めよう。代わりにこの世界に名を刻んでやろう、と。
世界は未だ俺という存在を知らぬまま。これだけの力を誇ってなお、誰も我が存在を知らぬというのは、どこまでも悔しい話だ。
ならば、後代にまで語り継がれるような存在となろう。時間、手段、感情問わず、誰もが忘れられぬ存在になろう。
持って生まれた多大な才を、どこまでも持て余してしまった男はそれだけ決意し、野に下る。
その数年後、彼は一人の魔導師と出会うこととなる。
魔王の復活を目論んでいるという、なんともいえぬ大きすぎる野望を抱いた、そんな大馬鹿者に――。
かすかに亀裂の入った己の愛斧を構え、ラウムは目の前の少年――トビィを睨み付ける。
「見違えたぞ……! よもや、数時間でこれほどの進化を遂げようとはな!」
「………」
喜色満面といった笑顔を浮かべるラウムの言葉には答えず、トビィはジリッと低い体勢を取る。
ラウムは素人然とした構えを取るトビィを観察しながら、両脇で崩れ落ちているグレータースケルトンたちの残骸から、彼の攻撃法方とその威力を割り出す。
(バルカスご自慢のグレータースケルトン……真核さえ無事ならいくらでも復活するという話だったが、先ほどの一撃でそれも砕け散ってしまったか。尋常ならざる脚力だな)
地下牢を占領していたグレータースケルトンたちであるが、見た目はアンデットであるが、構造的にはむしろゴーレムという見た目詐欺の魔物である。
アンデットは基本的に、その身を構成する魔力への干渉で無力化できる。安価で死体さえあれば大量生産可能なのがアンデットの利点だが、その分弱点も多く非常に脆い。
そのアンデットの弱点を克服する目的で、死体を利用したゴーレムを作成しようと考えたのが、グレータースケルトンの出発点であった。
基本的にゴーレムは真核と呼ばれる機関を持ち、そこが無事であれば幾度となく再生する機能を保有した人造魔兵の一種である。素材には土や岩、変わったところでは木々を利用するのが一般的で、死体……特に人肉のような生ものは、ゴーレムの素材としては不適合とされていた。ゴーレムは真核から供給される魔力を動力にするため、生態部分を自力で維持する機構が存在せず、生ものの類はどう足掻いても腐り落ちてしまうためだ。
そこでバルカスは死体の中でも無機物に近い、骨に注目した。クリエイト・スケルトンによって、アンデットのスケルトンへと死体を転生させれば簡単に素材が集まるし、何よりその硬度はなまくら刀程度、あっさり弾き返す。強靭なゴーレムの素材としては、この上なく頼りがいがあるといえた。
実際、無手であったり、グレータースケルトンを強大なアンデットと勘違いしていた地下牢の捕虜たちには絶大な力を発揮していたが、トビィの放った一撃によってバラバラに砕け散ったところを見るに、構造に何らかの欠陥を抱えていると見るべきだろう。
(骨を無理やり繋いで肉体を構成しているせいか、衝撃が突き抜けやすいようだな。多層構造ゆえ武器そのものは途中で止まるのだろうが)
全身を骨のみで構成しているため、グレータースケルトンは存外隙間が多い。その隙間で体の大きさをごまかすことも出来るが、防御においては突き抜けるような衝撃に弱いようだ。
結果、トビィの一撃は見事にグレータースケルトンの体を突きぬけ、真核を綺麗に破壊した。隙間なく土や岩で肉体を構成されている通常のゴーレムではありえない現象である。
「今後の課題の一つだろうな」
ポツリと呟きながら、ラウムはトビィを見やる。
グレータースケルトンの脆さは想定外であるが、それ以上に驚くべきはやはりトビィか。
ラウムのイデアから逃げ遂せるだけの脚力があったし、玉座の間においてはほとんど瞬間移動じみた速力を叩き出していた。彼の脚力は、同年代と比べても抜きん出ているといえるだろう。
だが、それを考慮したとしても、グレータースケルトンを一撃で粉砕して見せるのは異常であった。
真核だけ破壊すればゴーレムの無力化は可能だが、その真核とて果物で出来ているわけではない。潰そうと思って簡単に潰せるほどやわらかいわけがない。
それを一撃の衝撃だけで破壊してみせるなど……ラウムとて、できるかどうかわからない。
「さて。自覚があるのか、それとも目覚めかけなのか……」
ラウムは愉快そうに笑いながら、トビィとの間合いを計る。
トビィの視線が一瞬自身を離れ、近くの牢へ向いた。
瞬間、ラウムの剛斧は一気に振り下ろされる。
「どちらでもよいか! ウラァァァァァァ!!」
「っ!」
地下牢の床は一撃で粉砕され、下に仕込まれた鉄板が露出する。
飛び散る破片の中に紛れ、トビィは飛び上がり周囲をぐるりと見回した。
辺りの牢にはことごとく鍵がかかっているようであり、おそらくそれはこの中に侵入する際に使った、地下牢の外にかかっていた鍵束で開くことが出来るのだろう。
トビィの任務は、この地下牢の解放。それはグレータースケルトンやラウムを倒さずとも、成し遂げることは可能である。
「シャァァァァァァァ!!」
「くっ!?」
だが、スケルトンの方はともかく、ラウムを無視して行動できるほど簡単な任務ではない。
無音で自らの傍に飛んできたラウムの一撃を、トビィは近くの壁を蹴って回避する。
距離を無視したかのような移動速度に、水滴一粒落ちるのにも満たないほどの気配のなさ。
この謎の移動を攻略しない限りは、トビィが地下牢の鍵を開けてまわるのは不可能に近いだろう。
(僕が開けるのは、無理。なら―――!)
トビィには無理。ならば、誰かに開けて貰えば良い。
地下牢の中を飛び回る間に、トビィはすばやく鉄格子の向こう側にいる者たちに視線を向ける。
「―――!」
それなりに長い時間、牢の中に押し込められてたせいか、皆生気のない表情をしている。
外に逃亡しようと努力し、精根尽き果てたのか冷たい石の床の上で倒れているものもいた。
グレータースケルトンはまだ何匹か存在している。出来ればもう何匹か倒し、解放した仲間たちの安全を可能な限り確保したいところだが――。
「ウラァァァァ!!」
横薙ぎの剛斧一閃を、真上に跳んでかわす。
ラウムの追撃を回避しながらとなると、難しい。
先に二匹倒せたのは、まぐれのようなものだ。アルス王のアドバイスどおりに敵は踏む事にしているが、グレータースケルトンを倒すくらいに強く踏むとなると結構な隙が生まれてしまう。
なるべくラウムから距離を離し、向こうの隙を窺いたいが、彼の移動能力を前にしてはそれすら難しい。
とにかく、逃げ回りながら何とか仲間たちの解放を狙おうと、トビィは何度目かになる跳躍を行う。
「トビィ!!」
そのとき、鋭く自身の名を叫ぶ者がいた。
トビィが慌てて視線をそちらに向けると、牢に捕らわれたフランがこちらを見つめているのが見えた。
そして、彼女は。
「―――!」
無言で必死に手を伸ばしていた。
思考は一瞬。トビィは考える暇もなく、彼女の手の中に向かって牢の鍵束を投げた。
「っ!」
トビィの投げた鍵束を受け取ったフランは、急いで自らの牢を開けられる鍵を探し始める。
トビィはそのままフランの牢から離れるように跳び回り、ある程度広い場所まで到達すると、そこに着地し立ち止まった。
「む?」
トビィの動きが止まったことをいぶかしんだラウムは、一定距離を開けて自身も止まる。
トビィはゆっくりとラウムのほうへと振り返り、深く腰を落としてラウムを無言で睨み付ける。
反射的に、フランに鍵を投げつけてしまった。だが、彼女はまだ動ける様子であった。
ならば、今の自分にできることは、可能な限りの時間稼ぎ。
少しでも長く、ラウムを自身の下に押し止め、皆を助ける時間を稼ぐことが、最良の選択肢のはずだ。
決意を固めたトビィは、跳躍に備えて、足に力を込め始めた。




