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第28話:洞穴の中

 思わず呆然と、中庭に生じた崩落現場を見下ろしていた一行であるが、一番最初に笑い声を上げたのはラウムであった。


「は。はっはっはっ! まさかこんなオチがつくとはなぁ! ハハハハ!!」

「これは……まさか、中庭の下は空洞が広がっていたのですか?」


 バグズはしゃがみ、軽く中庭の地面に触れる。

 ひび割れ、半ば裂けているかのように見える中庭の亀裂からは、ぽっかりと空洞のようなものが見える……ような気がする。あいにく、日は落ち辺りに宵闇が広がり始めているせいで、その中を窺うことができない。

 しばし硬直していたバルカスであったが、爆笑しているラウムを見下ろし、低い声で尋ねる。


「……ラウム。この下は、地下牢に通じていますか?」

「ッハハハハハ!! あー、くそおもしれぇ……地下牢かぁ? あいにく、あそこはどこにも通じてねぇよ」


 ラウムは瞳に浮かんだ涙を拭いながら、バルカスの問いに答えた。


「あそこは入り口が一個だけだ。仮にも牢だからな。どこかの牢が別の空間に通じていることもなかった。一番外側が、鉛の鉄板で覆われてんだ。言っちまえば、でっけぇ鉛の箱が地面の下に埋まってて、その中に牢をこさえた形さ。完全に独立してる。牢として考えると、最上だな」

「それは、確かで?」

「おいおい、疑うのか? こと、こういった空間把握に関して、この世で一番通じてんのはどこの誰だよ?」


 ラウムは、皮肉げな笑みを浮かべながら、バルカスを見上げる。

 その裏に込められた絶対の自信。そして、彼が持つ能力を考え、バルカスは瞳を細め考えた後、彼に向かって頭を下げた。


「……失言でした。貴方の言うことなら、間違いはないでしょう」

「ふん、ありがとうよ」


 バルカスの謝罪を聞き、肩をすくめながらラウムは中庭に開いた大穴を再び見下ろす。


「この穴、それ自体は天然の代物だな。ひょっとしたら、干上がった水源の類かもしれん」

「干上がった水源? そんなものがありえるのですか?」

「さあな。あくまで、可能性の一つだ」


 小首を傾げるバグズにそう答えながら、ラウムは顎に手を当てて考える。


「まあ、水源というには小さな気がするが……いずれにしろ、人工的に掘られた穴じゃねぇ。人の出入りどころか、存在を知っている奴がいるかどうかも怪しいんじゃねぇか?」

「では、先の少年は?」

「穴の底で串刺しだろう。這い上がってくるにしても、この金蓋を持ち上げるのはことだろうさ」


 ラウムは自身の剛斧を引き抜きながら、穴を塞いでいる数多の武器を靴底で叩く。

 さながら複雑な檻の様に絡み合った武器たちは、折れ曲がりもはや本来の武器の用途を為しえそうにはないが、触れれば指が落とされそうな鋭さはそのままだ。

 ポルタのように、無手で武器を操るような能力があればその限りではないだろうが、少年――トビィにそのような能力があるとはさすがに思えない。そんな力があるなら、真っ先に使って戦いを挑むだろう。


「まあ、色々残念な結果じゃあるが……小僧の排除には成功したんじゃねぇか?」

「ふむ……」


 バルカスはラウムの言葉に一つ頷く。

 その全てに納得したわけではない……が、不確定要素の排除に成功したことも事実。


「……あ、あの……」

「ポルタ」


 完璧にトビィの止めをさすことができず、おろおろしているポルタを、バルカスはしばし冷然と眺める。

 彼女はバルカスからの叱責を恐れ、しばらくその身を縮ませていた。

 バルカスは、おびえる少女をじっと見つめていたが、やがて一つ頷くと彼女へこう告げる。


「……確認できないのは落ち度ですが、よくやりました」

「あっ……」


 ポルタはバルカスの言葉に体の硬直を解き、顔を上げた。

 そのときにはすでにバルカスは玉座の方へと振り返り、そちらの方へと向かってしまっていた。

 だが、叱責ではない言葉を受け、ポルタは安堵したようにため息を吐いた。


「よか、ったぁ……。ねぇ、姉様……」


 しばらくそうして力を抜いていたポルタだったが、やがて笑顔で顔を上げるとバルカスの後を負って玉座へと向かった。

 中庭で主人とポルタのやり取りを見上げていたバグズであったが、やや硬い声で呟いた。


「……主は彼女に優しすぎる。完全な止めを確認するまで、油断すべきではないというのに」

「じゃあ、どうやって確認するんだ?」


 同じように中庭に残っていたラウムは、足元の金蓋を叩いて、バグズへと問いかける。


「洞穴はこの通り、金蓋が落とされちまってる。さっきの檻のでかさは、お前も知ってのとおりだ。こんなもん持ち上げるのなんざ、そうたやすいことじゃねぇぞ?」

「………」


 天を突くばかりの勢いでそそり立っていた剣の檻を思い出し、バグズは沈黙する。

 間違いなく、この国にあるほとんどの武器が折り重なってできただけあり、見上げるような巨大さであった。下手をすれば、その辺りにある見張り用の尖塔すら上回りかねないほどだ。

 そんな剣の檻が完全に埋まってしまっていることを考えると、この洞穴の深さは相当であるし、武器そのものの重量も想像を絶するものだろう。

 黙ったバグズに向かって、重ねるようにラウムが問いかけた。


「お前さん、イデアが虫がらみだろ? 地面に潜れる虫を使役してみちゃどうだ?」

「……残念だが、今回用意できた虫に、地中潜行はできない」


 バグズは背後に控える二体の甲冑……いや、二匹の甲虫を見上げ、悔しげに呟いた。


「王都内を遊飛させている虫がおおよそ三千。さらにこの戦闘用の虫二匹と、表で死滅した三匹のワーム……。これが、今の僕に使役できる虫の全てだ」

「ああ、そうだったのか? そりゃ悪かったな」


 ラウムは謝罪しながら、軽く首を振った。


侍虫の主(パラサイト・キング)も、無敵じゃないというわけか」

「通常であれば、三千どころか千で事足りる。人を殺すのに力は要らない。ただ、口を虫で塞げばいいだけだ」


 ラウムの言い草にバグズは憮然と答える。

 しかし、彼の言うとおり自身の持つイデアは無敵ではない。大小に関わらず、三千超の虫を操り、生み出すことは出来るが、逆に言えばそれ以上の戦力は持てない。

 状況や環境によって虫の戦闘力も大きく左右されてしまう。今回は、そのリソースのほとんどを王都内で、今後の計画に使用する虫に割り裂いてしまっているため、純粋な戦力は後ろの二匹だけとなってしまっている。

 場合によっては、王都の中の虫を呼ぶことを考える必要もあるだろう。……いずれであれ、地面の中を確認することは出来ないのだが。


「……このような事になるのであれば、小型のワームを一匹でも生み出せる程度の力は残しておくべきだった。これは、僕の落ち度だ」

「真面目な事で。まあ、あまり気にする必要もねぇだろうさ」


 ラウムは肩に剛斧を担ぎながら、城の中へと戻ろうとする。


「あの小僧がどんな豪傑だろうが、穴掘って出てくるってわけにもいかねぇだろ。どんな深さにおっこったのか想像持つかねぇし、ほっときゃなんであれ死んじまうさ」

「……ラウム。貴方であれば、中に降りて確認できるのでは?」


 バグズはある事に思い至り、ラウムの背中を見つめる。


開廟の調べ(ノック・ノック)であれば、通れぬ場所はないはずです。下に空洞があるのはわかっているのです。そこに飛べば……」

「やなこった。そんなことして、地面の中に埋まっちまったらあっという間に潰されちまうよ」


 ラウムはつまらなさそうにそれだけ言うと、そのまま城の中へと姿を消してしまった。

 バグズはそんな背中を見送り、深いため息を吐いた。


「無責任な男だ……」


 それからちらりとポルタの埋めた金蓋を見やり、振り返って自身も城の中へと戻る事にした。


(主の懸念……不確定要素。芽を出さねばそれでよいだけれど、な)


 背後に二匹の人型甲虫を従えながら、バグズは自身の懸念を振り払うように頭を振った。






 聞こえてきたのは、水の滴る音。

 雫が、自身の頬を叩く小さな音が聞こえ、トビィは何とか目を覚ました。


「……ぅ………ぐっ………」


 ゆっくりと開いた瞳に最初に映ったのは、自身の顔面スレスレまで降りている、剣の切っ先。

 鈍った頭で視界をめぐらせると、幾本かの刃が、自身の周りに突き立っているのが見えた。

 そして、自身が目を覚ますきっかけとなった雫が紅く、鉄錆にも似た匂いを発することに気づき、全身が発する痛みを自覚した。


「いっ……!?」


 そして、一瞬で蘇る記憶。

 自身の周りに降り注ぎ、己の動きを封じる武器の群れ。

 視界が塞がれ、体を裂かれ、やがて武器の積み重なる音が小さくなり、武器を通じて感じる振動が小さくなったかと思えば、けたたましい轟音と共に己の身を打つ激しい衝撃を感じた。

 その重たい衝撃に怯え、己の命が尽きるのを待つことしか出来ないでいた――。

 覚えているのは、そこまでだった。迫りくる死の恐怖を前に、トビィは意識が遠のいてゆくのを感じ……気が付けば、こんな状況に陥っていた。

 わけがわからぬまま、トビィは周りの刃で体を切り裂かれぬように気をつけながら、体を起こす。


「ここ……は……?」


 わけがわからず、自身の顔面まで近づいていた刃を見上げる。

 無数の剣が捻り合わさったかのような刃は、天井に開いた穴から降りてきているようだ。周りに落ちている剣は、恐らくこの剣の蔦から零れ落ちたものだろう。

 トビィは改めて、回りを確認する。


「………? ここ、どこ……?」


 今、トビィがいるのは広めの通路のように見える場所であった。少なくとも、トビィが両手を広げても十分な広さがあるように感じられる。壁は荒削りで、人の手によって掘削したようには見えない。恐らく、水流か何かがあったのではないだろうか? 山の中に洞窟にある、干上がった水源の水路がちょうどこんな感じだったとトビィは記憶している。

 だが、通路の一方は大量の剣や槍によって塞がれてしまっている。恐らく、先ほどトビィを閉じ込めた剣の檻に使われた武器の一部だろう。

 上を見上げてみると一部が崩れたような穴から、剣の檻がこぼれているのがわかる。大量の武器の重みに耐えかねているのか、土が僅かに零れ落ちてきた。恐らくだが、地下水源が今いる場所の真上にあり、穴から少しずつ水が流れていたのではないだろうか? 今いる場所は他の水源との合流地点なのかもしれない。

 ……となれば、穴がいつ崩れるかわからない。トビィは穴が崩壊しないようにゆっくりと壁に手をつきながら、塞がっていない方の通路へと向かう。

 と、そこまで周囲の観察を終え、トビィはある事に気づく。周りが、かすかに明るいのだ。少なくとも、周りを観察するのに不自由がない程度には。自然の地下水路に光源があるとは思えない。

 明かりのするほうを見ると、壁に何か文字のようなものが彫られているのが見える。見たことのない文字だが、明るいということは照明用の魔法文字だろうか? そういうものがあるということくらいは聞いたことがある。

 つまり、この水路は誰かが一度手を加えた通路、という事になる。水が干上がった後、偶然発見されたか何かで、何らかの目的を持って最低限歩けるように明かりを付けたのだ。

 ならば、この一方を歩いていけば、どこかにたどり着ける可能性は高い。


「……よし」


 トビィは、覚悟を決める。

 あんな化け物のような連中から逃げ延びた先が、こんな薄暗い洞窟であったのは不幸であったが、状況は悪くない。いや、悪くなりようがないというべきか。

 少なくとも、あの連中が今すぐ襲ってくることもないし、スケルトンの気配もない。つまり連中がこの場所を知らない可能性は十分あるのだ。

 この地下通路がどこに通じているかは不明だが、連中が知らないのであれば、待ち伏せにあう可能性も低い。うまくすれば、逃げ延びれる可能性はある。

 ……ここまで来てしまえば、さすがにゲンジの命も何もない。大事なのは、自分の命だ。

 トビィはとにかく生き延びるため、逃げ切るために、前へと進み始めた。どこへ通じるのかもわからない、地下通路の中をゆっくりと。

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