逃した獲物は大きい
「しかし、収納魔法にあんな使い方があるとはな」
「俺は戦う力がないから使えるものはなんでも使わないとね」
「あと、俺をイラつかせたのは何をやった?」
「種族特性なのかもしれないけど、ああやって吠えると皆冷静さを失ってイラつくんだよ。狩りにも使えるよ」
「ウサギ族の村に出たウリボアやファングラビットを狩るのにも有効だったな」
ジャガーはその時の事をギルマスに説明する。
「なるほどな。すぐに逃げる奴らを足止め出来るのか。そりゃ効率がいいな」
「誰かが確実にやっつけてくれるってのが前提だけどね」
「お前ら本格的に依頼を受けろよ。そうすりゃランクも上がって金も入るだろうが」
「そのうちね。まずはここを軌道に乗せないと」
「他の奴らにやらせりゃいいだろ?依頼が溜まってんだよ」
「冒険者なんかたくさんいるだろ?」
「割のいいヤツしか受けねぇ奴が多いんだよ」
「俺達に貧乏くじを引けってのかよ?」
「そうだ」
「お断り。ランクを上げたいやつに受けさせればいいだろうが」
「そういう奴らはすぐに失敗しやがんだよ。人助けだと思って頼むわ」
ギルマスは結構本気で困っている様子だった。まぁ、ランクをCまで上げておけば誰とでもパーティを組めるようになるけど、俺にCランクの力があると思われても困るしな。
「採取依頼ならともかく、討伐系は俺には無理だよ。期待をされても困る」
「俺を倒したくせにか?」
「さっきのはギルマスとジャガーの戦い方を見た後だし、本気の戦いじゃないだろ?初見の相手に俺が勝てるかよ」
「その言い方だと初見じゃなければ勝てるということか?」
「対策は打てるかもしんないけど、俺には戦闘力がないの。逃げようにも足も遅いし、一撃食らったら即死だよ即死。ウリボアにでさえ死ぬかと思ったんだから」
「そう言えば木から落っこちるときに誰かの名前を呼んで助けを求めていたな?」
と、ジャガーが言う。とっさに叫んだランガスの事を聞かれていたのか。
「え、あ、うん。俺が小さい頃に冒険者の訓練生の的にされていた所を助けてくれた人だよ。前に言っていたAランク冒険者のランガス」
「ほう、お前はAランク冒険者に育てられたのか?」
「そう。俺を守りながら依頼を受けてたからずっと一緒に居たんだ。俺が成人したから嫁探しをしたいと言ったらお金を持たせてズーランダに送り出してくれたんだよ」
「人族のやつだろ?随分といいヤツなんだな」
「そうだね。ランガスと出会ってなければ子供のうちに死んでいたと思うよ」
ランガスにはすぐにラメリアに移住するつもりだったから一度手紙を送っただけだ。もう少しここにいることになりそうだからもう一度手紙を送ろう。
その夜、ジャガーが横に寝に来た。
「どうしたの?」
「お前を育てた人族に会いたいか?」
「そうだね。前にもらった手紙にも向こうも寂しいと書いてあったし、俺もどうしてんのかな?って気になってる」
「人族は基本的にズーランダには入れんからな。ラメリアに行くというのはそのこともあるのか?」
「コディアからラメリアに行くのは難しいみたいなんだよね。船でズーランダ経由で行くか、コディアとラメリアを隔てている広大な森林を抜けないとダメみたいでね」
「ラメリアからも船が出ていると聞いたことがあるが私はどこにどの国がある知らぬし、ラメリアから出ている船もどこに行くのかは知らん。が、知らぬだけで他にも手段があるかもしれんぞ」
確かに言われてみればそうだ。ラメリアはかなり大きな国だと聞いた。そんな所が陸の孤島になっているわけがないよな。
「朝になったらギルマスに聞いてみるよ」
「ポンタ、行きたいのならここの事は気にせずに行け。色々とやってくれているのは非常にありがたいが本来はヒョウ族が解決しないといけないことだ。お前はその道筋を付けてくれたのだ。後は自分のやらねばならないこと、やりたいことをやるがよい」
「ジャガー…」
「お前と離れるのは私も寂しい。しかし我々は足枷とはなりたくないのだ」
「足枷なんて思ってないよ。ここの事は俺がやりたいからやっているだけで」
「私はポンタが惚れた女の為にやるのだと言ってくれた時に心の底から嬉しくもあり悲しくもあった。なぜお前はヒョウ族ではないのか、なぜ私は犬族ではないのかと思った。しかし、違うものは違う。嘆いてもどうしようもないのだと」
そう言ったジャガーは少し黙った後にまた話しだした。
「お前がとっさの時に叫んだ名前は私ではなかった。お前が叫んだランガスという人はお前に取って一番信頼のおける人なのだろう。だから会いたいのなら会える方法を探せ。そうでないと必ず後悔をする。この世界はいつ命がなくなってもおかしくはないのだ。特に冒険者をしているのであればな」
「ジャガーはどうするの?」
「私は親なしのあの子達が独り立ち出来るまでは面倒を見てやりたいと思う。それにこの集落は新たな道を進み出したのだ。先導するものが必要であろう。お前は何も心配せずに自分の道を歩め。そうしないとすぐに爺さんになってしまうのだろ?」
「ありがとうジャガー。やっぱりジャガーは最高の女性だよ」
「ふふふっ、逃した獲物は大きいぞ」
「本当だね」
多分ジャガーも俺の事を好いてくれているような気がする。元の世界で生きていた時は子供が出来なくても全然気にしなかっただろう。しかし、獣人になった影響か本能的に子孫を残さねばと思う。それにジャガーも子孫を残すべきだと思う。ジャガーが誰かの子供を産む事を想像すると心が引き裂かれるような感じになるけど俺にはどうしようもできないのだ。
張り裂けよるような切ない気持ちを心に刻んだポンタはかならずヒョウ族の集落が未来に繋がる物にしてから旅立とうと決めたのだった。
翌日、ギルマスやウサギ族達と街へ行く。俺達はギルドへ、ウサギ族は住処へ戻り移住の予定を皆と決めるとのこと。ビーバー族はすぐに仲間を連れて移住してくると言っていた。
「ジャガー、ネロ、好きな酒はどれだ?」
「どれでもいいのか?」
「ギルマスの奢りだからね。俺はここで一番高い酒にする。ジャガーとネロも一つずつ選びなよ」
「おいおいっ、人の金だと思いやがって。一番安いのにしろ」
「なんでもいいって言ったろ?往生際が悪いぞギルマス」
強面のギルマスに偉そうな口をきくEランク冒険者のポンタ。食堂のマスターはその様子を見て笑いながら一番高い酒を出してきた。
「ほら、こいつが一番高い酒だ。支払いはギルマスに請求したらいいんだな?」
「これなんの酒?」
「ワインを蒸留したものだ。ラメリア産だから高ぇぞ」
なるほど、ブランデーか。確かに樽からいい香りがしてくるわ。
「てめぇっ、それは樽で出すような酒じゃねーだろうがっ」
「うむ、では私もこれにしよう」
「じゃ、俺も」
「勘弁してくれよお前ら……」
3樽しか在庫がないブランデーをゲットしたポンタ達はホクホクだ。これだけで100万Gぐらいになるらしい。
ギルマスはギリギリと悔しそうな目で俺を見ていた。言っとくけど勝負も賭けも言い出したのはギルマスだからな。
「ありがとうねギルマス。じゃ帰るよ」
「待て、依頼を受けて帰れ」
「何でだよ?」
「昨日頼んだだろうが」
「えーっ」
「おい、あの依頼を持ってきてくれ」
受け付けの娘にそういうとなんか古そうな依頼書を持ってきた。何度か報酬が上書きをされている。
「これを受けろ」
内容を読むも意味がよく分からない。
全部が黄身の卵?なんだこれ?
「何これ?」
「お前、採取依頼は得意なんだろ?これは卵の採取依頼だ」
「卵の採取はわかるよ。全部が黄身の卵なんてあるのか?」
この世界は元の世界の常識が通用しない事が多い。もしかしたらこういう卵があるのかもしれない。
「俺も知らん。というか誰も知らんし見たことがない」
「そんなのどうやって探せって言うんだよ?」
「だから残ってんじゃねーかよ」
「断れよこんな誰も知らないような依頼」
「断れなかったからこうして依頼書があるんだろうが」
「断れないって、もしかして貴族からの依頼?」
「当たり前だ。採取依頼にしては報酬も高ぇだろ?」
30万から始まって今は100万Gだ。
「これ失敗したらランクポイントマイナス3万だよね?」
「あぁ、そうだ。何人か報酬に目がくらんで失敗している」
もしかしたらイレギュラーで全部が黄身になったものならあるかもしれない。黄身の入ってない白身だけの卵は聞いたことがある。
「これ、依頼者の話を聞いてから受けるかどうか決めていい?」
「しょうがねぇな。おい主任、連れてってやれ」
主任が連れて行ってくれるということは豚貴族か。
「ごめんね毎度毎度」
「いえ、可能性があるならありがたいです。ずっとせっつかれていましてホトホト困ってたんですよ」
「誰も知らない黄身だけの卵が特殊な動物や魔物の卵ならお手上げだね。探しようがない。それかたまたまそういう卵になってしまった物でも無理だね」
「そうですよね」
「でも加工品なら可能性があるよ」
「加工品?」
「そう。それを確かめたいんだよ」
案内されたのは貴族街でハンプシャー家というらしい。
ローソン家よりは少し小さいが立派な屋敷で門番がいる。
「私、冒険者ギルドで主任をしておりますピグーと申します。奥様とお約束はしておりませんが依頼の件で伺いました。お取次ぎお願いできますでしょうか」
丁寧に挨拶をした主任。しばらく待たされた後に中へ通されて応接室へ。
「あらぁっ、ピグーさんお久しぶり」
部屋に入ってきたのは金のネックレスをした豚婦人。拝んだら金運がアップしそうだ。
「奥様、こちらは冒険者のポンタ殿とジャガー殿とネロ殿です。ご依頼頂いている卵の件で内容によっては依頼を受けてくれるとのことでお連れ致しました」
「まぁっ、本当ですのっ」
「初めましてポンタです。お話を伺ってから決めますけど宜しいですか?」
「ええ、えぇ、良いですともっ良いですともっ」
なんかイメージ的にPTAのおばさんみたいだな。
「その卵はどちらでご覧になられました?」
「ラメリアですわ」
「お召し上がりになられたんですかね?」
「社交会のデザートとして頂きましたの。それはそれは珍しい物と言われまして。割ってみたら全部が黄身の卵でとろっとしていて大変美味しかったですわ」
「他の方も召し上がられました?」
「はい、出席者全員頂きましたの」
あー、何かわかったわ。
「わかりました。この依頼をお受けします。近々恐らくこれだというものをお持ちいたします。もし違ったらごめんなさい」
「今のお話しだけで何の卵かおわかりになりますの?」
「見た目は鳥の卵と同じですよね?」
「はい」
「多分わかります。では一週間後ぐらいで宜しいですか?」
「えっ、ええ」
話はここで終わり退出した。
「ポンタさん、本当に大丈夫ですか?」
「多分ね。明日ギルドに持っていくよ」
え?と驚いた主任に大丈夫だよと言っておいた。




