下準備はOK
ポルクの屋敷に行く途中で主任にお礼を言う。
「色々と手伝ってもらうことになって悪いね」
「ハハハ、これも仕事ですから」
「お礼にこれをあげるよ」
「なんですかこれは?」
「香茸オイル。そのまま食べていたらすぐになくなるし、かといってすぐに食べないと香茸の香りはなくなるでしょ?」
「そうですね。香りが命のものですから」
「これは結構日持ちすると思うから料理に使えば長く楽しめるよ」
「いいんですかっ」
「仕事のうちといっても範囲外の仕事でしょ。これは報酬だと思って」
ありがとうございますとめっちゃ喜んでくれた。
「どうやって使えば良いか教えてくれませんか?」
「料理の仕上げに掛けたり、サラダに掛けたりとか好きに使えばいいけど、玉子と相性がいいからオムレツとかいいんじゃないかな?」
と言ってもピンと来ないようなのでポルク邸の屋敷でなんか作ろうかとなった。このオイルはポルクにも教えるつもりなのだ。香茸を樽で渡しても一気に使い切るとは思えんからな。
屋敷に案内されたので樽を出しておく。
「本当に樽いっぱいに持っていたんですね」
「俺は冒険者登録しているといっても採取しか出来ないからせっせと集めていたんだよ」
コディアには群生していたからいくらでもあるのだ。
しばらく待つとポルクと奥さんも来た。お目当てはお菓子のようだ。
まずは樽の中身を確認してもらい受け渡し。
「確かに受け取った」
「ポルクさん、これは一気に消費するつもりですか?」
「一部は献上する予定にしているがな」
「保存とか大丈夫ですか?」
「冷凍しようと思ってはいる」
冷凍か。それだと少し持つかな。真空パックしてあると長く持つけどこの世界では無理だし。
「加工すれば日持ちするのも作れますよ」
「加工するだと?」
「はい、こんな感じでオイルに漬け込むと香りがオイルに移るので長く楽しめます。そのまま使うより消費量も減りますから。良かったらこれを使って簡単な料理をつくりましょうか?」
「頼む。出来れば作り方をうちのコックに教えてくれ。礼は別でさせてもらう」
ということで厨房に行くとコックが泣きついてきた。どうやら俺がこの前作っていた様子を見ていたはずだから同じものを作れと命令されて困っていたようだ。
「了解です。ではこの前の料理は後で教えますね。今からは別の物を作りますから」
作るのは香茸オイルを使ったオムレツとパスタだ。昼時だしこれぐらいでいいだろう。奥さんもいるからオムレツはフワフワタイプの方がいいかな?
まずはクリームソース作り。コックに教えながら作っていく。これをベースにスープにしたりグラタンにしたりソースにしたりと応用が効く。カルボナーラを作るのにこれを使えば簡単にそれっぽいのが出来るからな。
カルボナーラは手持ちのベーコンを入れるか迷ったが豚肉は共食いになりそうなのでエビの下処理を教えつつそれを使うことに。
次はオムレツの準備。
フワフワオムレツは卵白をメレンゲにしてから卵黄と混ぜる。フライパンにバターを入れて卵液投入。ジャガーがいないからメレンゲを作るのが面倒だった。
チーズと香茸オイルを入れてくるくると混ぜて巻いていく。2つに折って蒸し焼きでもよかったんだけどね。
次は湯だったパスタを香茸オイルに絡めてクリームソースとあえて完成。胡椒はお好みでかけてもらえばいいな。
「はい、運んで運んで。オムレツはフワフワのうちに食べてもらいたいから」
「うむ、旨いっ。香り茸の姿は見えぬがちゃんと使われているのがよくわかる」
ポルク絶賛。奥さんはフワフワオムレツをいたく気に入ってくれた。
食後に塗るポーションの権利の話をすると書類を持ってきて主任に申請をかかせた後に許可のサインをした。役所をすっ飛ばしたスピード認可だ。
「製法は誰に伝えればいいのですか?」
「これはギルドにも製法を伝えるのか?」
「はい、その予定です」
「ならばうちはギルドから仕入れよう」
屋敷の誰かに作らせるより情報が漏れないだろうとのこと。ここで作ると使用人が製法を知ることになるからだそうだ。
「さて、飯の礼は何が良い?」
薄力粉を貰おう。あれがどこに売っているのかわからんのだ。
「厨房にある素材を分けて貰えると嬉しいです。あとは入手先も」
「そんな事で良いのか?」
「はい。庶民街では手に入らない物がありまして」
「わかった。出入りしている商人を紹介しよう。あと、欲しい物があれば持って行くが良い」
「ありがとうございます。帰る前にコックさんに料理を教えて帰りますね。奥様用にお菓子のレシピも伝えますので」
そういうと満面の笑みを浮かべたのだった。笑顔がとても愛らしい。奥さんがいくつかわからないけど獣人って歳とっても若い時とあまりかわらないんだよな。年寄りにまでなるとわかるけれども。
「ポンタ、お前が奴隷商に狙われる事はもうないと思うから安心してよいぞ」
「え?」
「尻尾を掴んだからな。そのうちこの街の貴族の勢力は大きく変わるだろう」
クックックッとそう言って笑ったポルク。恐らく衛兵のトップである犬貴族は失脚するのだろう。奴隷商はズーランダでは捕まらないかもしれないけど出禁になればいいと思う。
その後、厨房で遅くまでレシピと調理実習を行い、薄力粉を大袋で貰い、出入り業者を教えてもらった。ローソン家の紹介状を持たせてくれたので問題なく対応をしてくれるらしい。
「主任さん、ありがとうございました。スムーズに事が運びましたよ」
「こちらこそありがとうございます。香茸のオムレツの美味しさは天にも登る味でしたよ。家で妻に作ってもらいます」
「パスタはクリームソースにしなくても大丈夫だから面倒なら香茸オイルで少し炒めて好きな具材と合わせるだけでもいいですよ」
「わかりました」
そしてギルドに戻るとジャガーとネロが待っていた。
「遅いから心配したぞ」
ムギュっ
「ごめん、ごめん。料理をコックに教えていたから遅くなったんだよ。色々と食材をもらったから帰ってなんか作ろうか」
「ここで作って行ってもいいんだぞ?」
ぬっとギルマスが現れてそう言う。
「ここで?」
「そいつばかり旨いものを食わせたんだろ?ズルいとは思わんのか?」
ギルド併設の食堂だと他の奴らが多いから部屋で作れと言われてギルマスの部屋で作らされる。換気扇の無い室内で揚げ物をしたのでえらいことになってしまったのであった。
ヒョウ族の集落に戻ると皆が集まっている。
「なんかあったの?」
「長から話があると集められてな。お前らが帰ってくるのを待ってたんだ」
のんきに飯食ってて悪いことをしたな。
「ポンタ、こちらへ来い」
長に呼ばれて皆の前に行く。
「皆の者。我が集落は他ヒョウ族列びに他種族を受け入れようと思う」
ザワザワザワザワ
「長、それは決定ですか?」
「そのつもりではあるが反対の者はおるか?」
「正直に言うとこれからどうなるかが想像出来ねぇ。他のヒョウ族を受け入れるってことはネロみたいな黒いやつも受け入れるってことか?」
「その通りだ」
ザワザワザワザワ
「毛並みの違い、考え方の違いは勿論あろう。それで揉めることも出てくるのは承知しておる。それでもワシが生きている間に皆の未来を絶やしてはならんと決心をした」
「ポンタの言っていたやつか?」
「そうじゃ。他のヒョウ族を誘っても来ぬやもしれん。が、その努力はせねばならん」
ザワザワザワザワ
「他種族を受け入れたらどうなるんだ?」
「それはポンタが説明してくれぬか?ワシでは上手く説明が出来ん」
と、バトンタッチされる。
「えー、他ヒョウ族を受け入れるのは血の濃さを薄める為だというのは理解してもらっていると思う。他種族を受け入れるのはこの地を守る為に必要かなと思ってる」
「この地を守る?」
「そう。今回、この集落周辺から山に続く土地と山全体をヒョウ族の土地としてもらった。今までは縄張りですと言っていただけで悪意を持ったやつが侵入してきても何かされるまでこちらから攻撃することはできなかったのは理解してもらえる?」
皆が頷く。
「で、土地の権利を持っていると無断侵入しただけでそいつを攻撃する権利を持つんだよ。つまり土地が自分の家と同じような感じだね」
「なら、他種族を受け入れなくても問題ないだろ?」
「土地の権利を持つということは土地の税金を払わないとダメなんだよ。通常はお金か農作物で税を払うけど、ヒョウ族は税金を払えるほどお金を稼ぐ手段もないし、農作物も作っていないだろ?」
「金はそんなに必要じゃなかったからな」
「だから他種族を受け入れて農作物を作って貰うのがいいんじゃないかと思う。来てほしいのは主に農作物を育てるのが上手い種族だね。でもそういう人種は戦闘に向かないだろ?ヒョウ族は農作物を作るのが苦手、草食系獣人は戦闘が苦手。お互いの苦手を得意な種族がカバーしたら上手くいく」
「そいつらを俺等が守るってことか?」
「そう。街中以外は魔獣や魔物が出るからね。農作物を作っている獣人はそういうのに怯えて暮らしてるんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。農作物は街中で作れないだろ?ここなら土地もたくさんあるから農作物も作れるし、ヒョウ族が魔物を狩ってくれるから安心なんだ。農作物を作っている獣人は冒険者ギルドに魔物討伐の依頼をかけてお金を払ってやってもらっている。ここなら自主防衛出来るから余計なお金を使わずに済むんだ」
「その代わり税金用の農作物を作ってもらうってことか」
「そう。今回税金はかなり抑えて貰ったからお金も稼げるようになると思う。色々と美味しい物を買えるようにもなっていくと思うよ」
「随分と上手い話だけど裏はないのか?」
「あるとすれば考え方の違いとかでムカつく事は出てくるだろうね。それは向こうも同じように感じることだよ。お互いに今まではこうだったのにと思うだろうから」
「喧嘩になるってことか?」
「いや、草食系獣人はヒョウ族に面と向かって文句は言えないと思う」
「なんでだ?」
「怖いから」
「俺達が怖いだと?」
「そうだよ。俺もチョイとヒョウ族に爪でされたら簡単に死ぬからね。だからヒョウ族がそんな事を仲間にはしないと信じて貰えるまではビクビクオドオドしてると思うよ」
強者には弱者の感情は理解出来ないからな。
「それはわかった。単独で生活をしているヒョウ族がここに来ると思うか?」
「子育てしている人なら来るんじゃないかな。単独で生活をしていたら安心して子育て出来ないだろ?ここなら侵入者も阻めるし、食べ物にも困らないから。あとは独身の女の人とか」
「独身の女?」
「そう。ヒョウ族の男の人からも身を守らないとダメじゃん。気に入った相手ならいいけど、気に入らない相手なら敵と同じなんじゃないかな?」
「なるほどな」
「普段は一人で生活をしたいなら場所はたくさんあるから好きな所に住んでもらえばいいと思うよ」
と、説明したところで長とバトンタッチ。後は結論待ちだ。今の説明は男の人より女の人に理解してもらえただろうから大丈夫かな。
こうして皆の反応を見たポンタはここが一つの村として成り立っていくんだろうなと確信したのであった。




