ポンタ対リッチー
「このっ、このっ、このっ」
最下層まで到着したポンタとランガス。あまりの恐怖にチビリそうになったポンタはランガスをゲシゲシと蹴る。
「いい加減にしろ。さっさと行くぞ」
ポンタの蹴りなんかものともしないランガスは首根っこをひょいと持って走り出す。
「待って待って待ってっ。カバンに入るからっ!」
犬に姿を変えてカバンに入るポンタは、ランガスの本気走りにまたチビリそうになった。
「まったくもうっ」
「ほら、中に入るぞ」
プリプリと怒っているポンタを掴んで部屋に入った。
あ、まだ頭々……をやってる。
リッチーの身体はずっとオロオロと頭を探していたようだ。
「ランガスに頭を渡すからあとは宜しくね」
ポンタはアイテムボックスからリッチーの頭を出して渡す。あとは任せておこう。
「貴様、許さんぞ……」
ランガスに持たれたリッチーの頭が負け犬のセリフを吐く。
「お前、このダンジョンの主だったんだな。このまま見逃してやるから、今まで通り魔道具を作れ」
「許さんと……」
「そんなことを言っていいのか? このまま永遠にアイテムボックスの中にしまっておいてやってもいいんだぞ」
「……サラマンダーはどうした?」
「ポンタ、あのトカゲはどうなった?」
「精霊界に帰したよ。お前が育てた精霊だけど、俺の精霊になったから」
「そんなわけがあるかっ。どれだけ長い間一緒にいたと思ってるんだっ」
「でも俺の方がいいって。信じられないなら、サラマンダーに聞いてみるか?」
リッチーは信じようとしないのでサラマンダーを呼び出した。
「お前、あいつと俺のどっちがいい?」
「サラマンダー、お前の飼い主は俺だっ!」
サラマンダーはキョロキョロとポンタとリッチーを見比べる。ポンタの手には黒砂糖がある。
サラマンダーはポンタに頭をスリスリとした。
「サラマンダー……お前まで裏切るのか……」
そう呟いたリッチーは心なしか泣いているようにも見えた。
「お前、サラマンダーまで裏切るのかと言ったが、生前になんかあったのか?」
「うっ、うるさい。貴様らに話すようなことはない」
ランガスに反発するリッチー。
「なぁ、あんたの名前クルトゥスだっけ? 俺はポンタ。魔法を極めしものとか言ってたよね?」
「それがどうした」
「魔法って何か知ってる?」
「当たり前だ。何を今さら」
「なら、魔法って何か説明してよ」
「ふっふっふ、良かろう。獣人が魔法に疎いのは当然だからな。魔法とは魔力を具現化させるものなのだ。我クラスになると詠唱すら不要だ」
「なるほど」
「クックック、魔法の使えぬ獣人には理解できぬことだろう」
「魔法を極めたとか嘘だね。あんた何も分かってないよ」
「なんだとっ? 獣人が偉そうに」
「魔法って、魔力を具現化するもんじゃないんだよね。魔法とは精霊の力なんだよ」
「精霊だと?」
「そう。サラマンダーは炎の上位精霊になりかけのもの。かなり長い年月を共にしたんだろうね。それは認めてあげる。土魔法はそんなに使ってなかったから、そこまで育ってない」
「貴様、何をわけの分からぬことを……」
「メイ、ちょっと来て」
ポンッ。
「何?」
「リッチー、メイのこと見えるか?」
「メイとはなんだ?」
「メイは精霊のクイーンだよ。お前には見えてないのも当然か。クイーンに会えるのは俺達みたいな特別な存在だけだからな。サラマンダーが見えるのはお前が可愛がって育てたからかもしれん。普通は精霊自体が見えないからな」
「貴様、何をゴチャゴチャとわけの分からぬことを」
「メイ、あいつが精霊使えないようにして」
「いいわよ」
これでリッチーは精霊を使えなくなった。
「ランガス、リッチーの頭を身体に渡してあげて」
「大丈夫か?」
「もう魔法使えなくなってるから、ただのアンデッドと変わらないよ」
ランガスは頭々とオロオロしている身体にリッチーの頭を渡してやる。
「さ、これで確かめられるね。魔法で攻撃してみなよ」
「クックック、死ねいっ!」
シーン……
「死ねいっ!」
シーン。
リッチーは無詠唱ではなく、ブツブツと詠唱をした。
「食らえっ!」
シーン。
ガタっ、と膝をつくリッチー。
「なっ、なぜだ……」
「精霊達にメイが命令したからだよ。これを解除してもわらないと、お前は二度と魔法を使えない。つまりお前はただのアンデッドになったというわけだな」
「う、嘘だ……我は魔法を極めし者……」
「魔力の質が良くて多いだけだね。何も極めてない。だからここまで育てたサラマンダーもあっさりとお前を裏切ったんじゃないのか?」
そうポンタが言うと、今にも灰になってしまいそうなリッチー。
「我は……我は……アンデッドになっても裏切られる人生なのか……」
もう人生じゃないぞと言いかけたランガスをげしっと蹴飛ばしておく。
「お前の生前に何があったか話してみろよ」
「なぜ貴様なんかに……」
「話せば楽になることもあるかもよ。サラマンダーも話を聞いたらお前の元に戻るかもしれないし」
と、言うとリッチーは下を向いたままポツポツと過去に何があったのか話し始めた。
どうやら、こいつはドラコがここでゴウっとする前の人間だったようだ。元々は魔道具の職人で魔法の研究もしていたらしい。それで兵器になるようなものを開発しろと言われてここに閉じ込められたようだ。それも憧れの女性に頼まれてやっていたとのこと。実験が成功したら結婚してくれるとの約束をして。
「兵器は開発しなかったのか?」
「兵器につながるものを開発はしたが、危険なので報告はしなかった。下手に出力をあげると暴走して大爆発する可能性がある」
「もしかして、魔力を発生させる装置か?」
「なっ、なぜそれを……」
「いや、それを作って滅んだ国があるんだよ。魔力を生む装置じゃなくて、周辺に存在する魔力を集める装置だったみたいでな、その周辺の土地は魔力の存在しない砂漠になってるぞ。同じ仕組みかどうかは分からないけど、秘密にしておいて良かったな」
「その話は本当か?」
「本当。この国はお前が死んだあとだと思うけど、強力な兵器開発をして、ドラゴンに滅ぼされている。そしてまた発展してきてるってところだな」
「そうだったのか……」
「お前、どうして魔道具を作り続けてたんだ?」
「新生活のために……」
結婚生活のための魔道具か。人間だったときの記憶がそうさせるのかもしれん。
「お前、サラマンダーに裏切られた理由は分かるか?」
ふるふると首を横に振る。
「単に、お前の魔力より俺が与えた黒砂糖が旨かっただけだ」
「黒砂糖だと?」
「精霊は甘いものを好む。お前の魔力はサラマンダーに取って旨い魔力なんだよ。サラマンダーにしばらく魔力をあげてないだろ? だから俺のところに来たんだ」
「魔力が旨い?」
「試しに、自分の魔力を半分食べていいから戻ってきてくれと頼んでみろよ。サラマンダー、メイの命令は気にしなくていいぞ」
「サラマンダーよ、我の魔力を与えるから戻ってきてくれないか……」
そうリッチーが言うと、サラマンダーはのそのそと歩いてリッチーの元に行き、ペロペロと舐めた。
「サラマンダー……」
涙は流れてないが、泣いているように見えるリッチー。
「メイ、精霊を使えるようにしてやってくれ」
「いいの?」
「あいつがここで魔道具を作り続けてくれないと困るやつらが大勢いるからね。それに魔法が使えて強くないと、誰かに倒されるかもしれん」
メイは命令を解除したので、金平糖を報酬として渡す。
「2つちょうだいよ」
命令と命令解除で2個要求してくるメイクイーン。
「リッチー、また魔法を使えるようにクイーン頼んでもらったからな」
「お前らは一体……」
「細かいことは気にするな。お前は今まで通り、ここで魔道具を作り続けてくれ。お前の作った魔道具が欲しくてたくさんの人がこのダンジョンに来てるんだからな」
「あの人間共は俺を殺しに来ているのではないのか?」
「お前に勝てる人間は俺の仲間だけだろうな。他のやつらはお前を見たら逃げるように言われている。単に魔道具が欲しくて来ているだけだ」
「そ、そうだったのか……ならもっと楽に魔道具を渡してやっても」
「それはダメ。苦労して手に入れるからいいんだよ。金を払わない分、戦って勝ったものだけがお前の魔道具を手に入れることができるんだ。言わば、お前からの褒美だな」
「我からの褒美……」
「そう。お前がいいものを作り続ける限り、人間はアンデッドに挑むだろう。それは、これからもずっと変わらないと思うぞ。誰も来なくなるとすれば、他にもっといい魔道具を作るやつがいるということだ。それはすなわちお前の敗北」
「誰も来なくなるのが敗北……」
「そう。だから頑張って魔道具を作り続けろよ」
ポンタはそう言って、ランガスとリッチーの部屋をあとにしたのであった。




