第384話 浸りタイム
(この景色、良いなぁ。皆が皆、一生懸命に輝いてる。まるで、あの時みたいに――― あっ、妾、ちょっと浸っちゃうかも)
戦いが始まろうとする最中、マリアは密かにかつての戦いの記憶を思い出していた。悠長に何を、と思われるかもしれないが、脳裏に浮かんでしまったのだから仕方がない。彼女の浸りタイムは止めようがなかった。
沢山の勇者が次々にアタックしてくれた、青春のあの淡き思い出。泥棒猫と叫ばんばかりに、唐突に単騎で突撃して来た神との突発晩餐会。犬派か猫派かで意見が割れた事から始まってしまった、ヴァカラとの友情崩壊マジ喧嘩。異世界勇者文化が完全に淘汰された頃、突然変異の如く現れた最強の人類達との拳での語り合い。日本からやって来た可愛らしい女子高生の、向上心と殺意とジャイアントキリングと狂気に満ちたあの目。ママ友である久遠との初対面、アンド初喧嘩、からの芽生える友情。旅行先の異世界で起こった現地民とのちょっとしたトラブル、そこから始まる対国家戦争エトセトラエトセトラ――― 思い出される場面は様々で、時代が異なり相手も違っている。ただ共通して言えるのは、どれもこれもマリアにとって忘れる事のできない、素晴らしき思い出である事だ。
(えへへ、あの頃の妾は今よりもちょっとだけお転婆だったっけ。でも、妾の本質は何も変わってない。互角に近い相手になればなるほど、妾は生を感じられる。だから、強い相手との戦いが好き。けどそれ以上に、戦いを通して好ましい相手と出会える事が好き。けどけど、それ以上に――― 強い奴と派手に戦って、妾が目立つのが好きッ! うん、どの思い出も妾、とっても輝いているッ!)
……そう、どれもマリアにとって、素晴らしい思い出なのだ。
「ぬんッ!」
「せいッ!」
「んだなぁッ!」
思い出に浸っている間にも、ケルヴィン達からの攻撃は続々と舞い込んでいた。魔剣に魔力を滾らせたジェラールの必殺斬撃、完全武装状態から繰り出されるセラの魔拳、炎を噴出させながら迫るボガの巨体、全てが本気の攻撃である。
「あ、ごめんごめん、そう言えば始まっていたんだったね」
「「「ッ!」」」
まるで今気が付いたかのように、そんな言葉を口にするマリア。彼女はそれら攻撃を躱すでも防御するでもなく、真っ正面から受け止めていた。いや、受け入れていたと言った方が正しいだろうか。
ジェラールの斬撃はマリアの細首を飛ばし、辺りに彼女の首から噴き出た血の雨を降らせていた。セラの一撃は頭ひとつ分軽くなったマリアの肉体、その心臓部へと深々と突き刺さり、遂には背中にまで貫通させた。更なる追撃を仕掛けたのは、空から飛来したボガの巨体。漆黒の大岩は飛ばされたマリアの頭部を勢いのまま圧し潰し、原形さえも残そうとしなかった。それは残酷なまでに徹底された、完全なるオーバーキル。だが、少し待ってほしい。先のマリアの言葉は、それら攻撃の直後に発せられていた筈だ。
「良いね、迷いがなくてとっても良い。目的の為なら鬼にもなれるその精神、何気に土壇場で大事になるものだよね。変なところで良心を痛めちゃう青い勇者達とは、覚悟の決まり方が違うって言うか…… 妾、胸が熱くなってきちゃった♪」
セラ達から遠く離れたフィールドの隅、そこに満たされた海水の中より、五体満足のマリアが立ち上がる。同時に、セラが貫いていたマリアの体が赤い霧となって四散していった。
「……復活するにしても、潰された頭か穴開きの体からにしておきなさいよ。何でそこから復活するのよ?」
「何でって、妾の血がここに流れ着いたから? 少し驚かそうと思ったくらいで、特に深い理由はないよ。それにしても、本当に容赦ないよね。首を斬るは胸を貫くは頭を潰すは、こんなプリティーな相手にやる事じゃ―――」
「―――重風圧・Ⅸ」
「ぴぎゃっ!?」
周囲にあった海水その他環境はそのままに、マリアのみに殺人的な重圧がのしかかる。それは対象がS級モンスターであったとしても、一瞬で血の池が形成されるほどの負荷であった。とてもではないが、可愛らしい悲鳴ひとつで終わらせて良い代物ではない。尤も、マリアはその程度で済ませてしまう訳だが。
「それでも隙は隙、ってね!」
突然の背後からの強襲。クノイチ姿のアンジェが海水の中から現れ、再びマリアの首を狩り取る事に成功する。どうやら地面下より透過状態で近づき、見事に『凶手の一撃』を決めたようだ。
「ウォン!」
それとほぼ同時にアンジェの影から飛び出したアレックスが、口に銜えた劇剣リーサルでマリアの体を執拗に斬り付ける。威力よりも速攻重視、与えた傷はどれも浅い。が、これで十分と言わんばかりに、アレックスは満足気にアンジェの影の中へと戻って行った。
「ダハク、ここで外したら男が廃ると思う」
「変なプレッシャー掛けるなっての! お前こそなッ!」
「私は男じゃないから良いの」
攻撃は絶え間なく続く。遠距離から放たれたムドファラクの弾丸、そしてダハクの植物の種らしきものが、分離されたマリアの頭部、肉体を貫いた。機関銃の如く放たれる攻撃は尚も止まる事なく、正にマリアは蜂の巣にされている状態だ。ムドの弾丸は直撃後も体内にて炸裂し、更なる致命傷を与え、ダハクの種に至ってはマリアの体内に根を張り、何やら謎めいた植物を寄生させているようである。
「おい、爆発で俺の植物まで死ぬだろ! 加減しろ馬鹿!」
「主からは加減するなと言われている。ダハクこそ、指示を忘れて馬鹿を晒している」
どうやら攻撃と同じく、口喧嘩も止まらない様子である。そんな竜王達の攻撃に巻き込まれないようにする為なのか、アンジェは再び姿を暗まし、いずこかの闇の中へ。一方で先ほど距離を離されたジェラールとセラは、この間に弾丸と種の射線上の外より挟み込むようにして距離を詰め、接近戦を仕掛けようとしていた。 ……だが、しかし。
「ぬっ!?」
「これ、はッ……!」
「うんうん、ほんの触り部分だけだけど、何となく皆の特性が分かってきたかな?」
刹那の出来事である。肉体を爆散させるつもりで放ったジェラールの魔剣が、理を極め血を織り交ぜたセラの拳が、穴だらけの細腕に受け止められていた。ジェラールの剣は二本指のみでの真剣白刃取りで、セラに至っては指一本のみで、拳を止められてしまっている。
『やばっ、これって久遠の技!? ジェラール、そっちは動く!?』
『全く動かん! 何じゃこれ、鎧の体にも効果があるのか!? 初めての感覚にワシ困惑!』
あろう事か、マリアが繰り出したのは久遠の合気であった。ジェラールは剣を通じて、セラは拳の諸々の武装を通じて、一切の行動を封じられてしまう。ちなみにマリアはこの間にもムド達の銃撃を、ケルヴィンによる重力負荷を受け続けているのだが、そんなものは最早慣れたといった様子だ。飛ばされた頭も、いつの間にか再生してしまっている。
「そんなに驚かないでよ。久遠との付き合いは妾の方が長いんだよ? だったらこのくらいの事ができたって、別に不思議ではないでしょ? そ・れ・よ・り・も~、前々から思っていたんだけど、セラちゃんって私の知り合いに雰囲気が似ているんだよね~。それも相まって、何だかノスタルジーな気持ちになっちゃ――― って、あれ?」
次に驚きの表情を浮かべたのは、マリアの方であった。それもその筈、合気で行動不能にしていた筈の二人が、マリアの前から居なくなっていたのだ。但し、その原因は直ぐに判明する事となる。
「予想通り無茶苦茶だな。超再生はルキルとの戦いで慣れたつもりだったけど、やっぱ本家は全然違うんだって、今になって実感しているよ」
手で制する事でムドファラクとダハクに攻撃を止めさせ、前へと出て来るケルヴィン。その両脇には先ほど見失ったジェラールとセラの姿もあった。
「ふ~ん? 召喚術でそっちに二人を移動させたのかな? 思っていた使い方と違うけど、緊急避難用として便利そうだね。でもまあ瞬間移動系の魔法なら、妾も使えるんですけどね~!」
そう言って、ない胸を張るマリア。それは穴だらけだった筈の彼女の体が、一瞬にして完治した瞬間でもあった。




