第97話 罰
―――トライセン・魔法騎士団本部
「う、ぐ…… こ、こは……?」
クライヴは目を覚ます。目覚めは最悪、まるで悪夢を見た後のような感じだった。頬と足は痛み、体中が酷くだるい。
「この、天井…… ここは僕の部屋、か。そうか、クク! 僕は生き残ったのか……!」
体の調子は悪いままだが、心の奥底から笑いが込み上げてくる。あの糞生意気な黒ローブを殺せなかったのは残念だが、これでチャンスが生まれた。奴に勝てないのであれば、奴の仲間を利用すればよい。
「そうだ、今度は僕の魅了眼で―――」
「目が覚めたようですな」
クライヴが右を向くと、そこには金髪のよく知る男の姿があった。
「何だ、トリスタンか」
周囲を確認すると、クライヴだけでなく部下の女騎士達もいるようだ。自室のベッドに寝かされた状態のクライヴを取り囲むように立っている。
「子猫ちゃん達まで、僕のお見舞いかな? そうだトリスタン、あの時は助かったよ! よく僕を救出してくれた!」
「いやいや、転生者である貴方の体は世界の宝ですからな。当然の事をしたまでです」
「うふふ、君は本当に僕のことを分かっているね! 僕を魔法騎士団の将軍に推してくれた事もそうだけど、トリスタンは物の価値をよく分かってる」
「ちょうど前任の将軍が辞められた時でしたので…… それにしても貴方がトライセンに来てもう2年、実に懐かしい」
「あれから良い思いをさせてもらっているよ。そうだ、お礼にどれか好きな子を―――」
クライヴがベッドから起き上がろうとしたその時、違和感を感じた。手が、腕が、首が、胸が、腿が、体のあらゆる場所が紐の様な物で拘束され、身動きがとれない状態だったのだ。
「……えっ? トリスタン、これは?」
「やっとお気付きになりましたか。思いの外、鈍い頭がまだ覚醒しておりませんかな?」
人差し指をこめかみに指し示し、トリスタンは口を歪める。
クライヴはこのトリスタンの笑みを見た事がある。気紛れで召集に応じた際に、トリスタンが鉄鋼騎士団のダンを嘲笑していた時の笑みだ。これをする時、トリスタンは必ず何かよからぬ事を企んでいる。同種の人間で、比較的トリスタンとの交友があったクライヴだからこそ見抜いた癖だ。
クライヴの額に汗が滲む。
「お、おいおい、変な冗談は止してくれよ」
「冗談? 何が冗談なのですかな? 混成魔獣団、そして魔法騎士団を独断で引き連れた挙句、一介の冒険者に負け、おめおめと逃げ帰って来たことでしょうか」
「何を言っているんだ? あれは君が誘った話じゃないか! それに、僕が連れて行ったのは魔法騎士団の部下だけだ!」
「何のことでしょう? 私の混成魔獣団の幹部、ひいてはその配下のモンスター達と、軍の半数以上の者達に命令を下したのはクライヴ、貴方ですよ」
「馬鹿を言うなっ!」
束縛から抜け出さんと、ギシリと力を篭める。
「この程度の紐、僕の魔法にかかれば―――」
「無駄ですよ。それはマジックアイテムでして、対象の魔力を封印するのです。自力で抜け出せるのは王子やダン将軍くらいなものですよ。ああ、ちなみに貴方は戦死したと国王に伝えています」
「……お前、何が目的なんだ」
咎めるような視線を投げるが、トリスタンは何処吹く風だ。
「言ったでしょう? 中身はともかく、転生者である貴方の体は宝だと。この世界、異世界人も珍しいが、転生者はそれ以上にレア物なのです。場合によっては、数百年レベルで出会えぬほどに。そのような肉体をみすみす見逃すなど、できるはずがない」
トリスタンは近くにいた女騎士達に目で合図を送る。女騎士達が左右に別れると、その奥にあるテーブル状の手押し台車がクライヴの視界に入った。その台車の上に何かが置かれているようである。
女騎士の一人がその台車をトリスタンの手前まで押し歩く。
「こ、子猫ちゃん達、何してるんだ! 主人公の僕がピンチなんだぞ!? 早く助けろ!」
「無駄ですよ。魔法騎士団に魅了をかけていたことを、A級の隠蔽スキルを使ったくらいで包み隠せると思っていたのですかな? これまで国が黙っていたのは、貴方にそれだけの価値があったから。トライセンは実力主義ですからね、それ相応の価値があれば黙認されます。だが、貴方は失敗した。それからは楽なものでしたよ。魔法騎士団も代行という形で私のものになった訳ですし」
「なん、だと……!?」
トリスタンが台車に置かれた物を手に取る。それは禍々しい雰囲気を纏った、短剣であった。
「出入りの商人から武器を大量に仕入れましてね。凄いでしょ。これ全部、呪われた武器なんですよ。うわ、これなんてエグい形だ」
「な、何をする気だ……?」
「大丈夫、殺しはしません。大事な、大事な肉体ですから」
グサリ。僅かに錆びれた短剣の刃が、クライヴの右肩に突き刺さる。
「ぐあ、ああ、あぁ……!」
「呪われたものだと気絶するほど痛いでしょ? でも安心してください。そんなことはさせません」
召喚術を行使。クライヴの枕元にバクのようなモンスターが出現する。
「この夢喰縛はとてもひ弱ですが、夢を食べることで感情を解放する力を持ちます。ほら、こんな風に」
夢喰縛がモグモグとクライヴの頭上で口を動かす。すると痛みで遠のいていたクライヴの意識が、段々と現実へと戻ってくる。
―――当然であるが、痛みは消えない。
「な、なぁあにぃい、おおぉ……!」
「お目覚めですね。人の話は最後まで聞くものですよ。ほら」
現実と夢の境目で意識が混雑する中、クライヴは力を振り絞り、トリスタンが指差す方を見る。女騎士達の頭上にピンクの靄がかかっていた。
女騎士達の瞼が徐々に閉ざされる。
「貴方から奪った夢を彼女達に移す事で、彼女達が今一番にしたい欲求を満たすのです。魅了ではなく、催眠といったところでしょうかね」
「ま、まぁあさかぁぁ……」
「大丈夫ですよ、貴方が普段からおっしゃっている通り、彼女達が本当に貴方を愛していれば、貴方の望むことをしてくれるはずです」
先頭に立った女騎士がクライヴへと歩を進め、台車の上に置かれた獲物を手にする。
「ああ、彼女達には簡易的な呪い防止を手に巻きつかせていますのでご安心を」
「やぁ、やぁめ―――」
女騎士が振り上げたそれはレイピア。扱い慣れた動きで繰り出された一撃は、腿を抉る。
「―――!!!」
「おっと、たまたま彼女は機嫌が悪かったようですな。ですが、まだまだ貴方の部下は大勢おります。誰かしらはきっと報いてくれますよ。む、HPがそろそろ拙いですな。君と君、交代で将軍殿を回復してあげなさい。きっと喜ばれるぞ」
指名された女騎士は、ニヤリと口元を綻ばせた。
「ぼぼぼくぅうは、そそんなあことおぉ!!!」
「おっと、申し訳ありません。これから私は会議でしてな。暫く戻ってきませんから、数週間ほど、そのままお楽しみください。呪いの武器の追加も準備しておりますので、ご自由に」
「ままままぁっててぇ」
「ではでは」
―――ガチャリ。無情にも扉は閉ざされる。僅かに見えた扉の外には、女騎士達の待ち行列。これまで至福の光景でしかなかったそれは、今では悪夢でしかない。
クライヴは覚めぬ悪夢を、もう暫く見続けなければならなかった。
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カツカツと小気味良い足音な廊下に響かせ、トリスタンは機嫌良く歩く。
(準備した武器は合わせて1342本。この短期間で収集したジルドラには流石と言いたいですが、粗悪品もいくつかありましたね。クライヴの体に馴染むまで、やはり時間が必要でしょう。まあ、その頃には自我なんて疾うにないでしょうけど。ですが、良いモンスターになってくれそうです)
魔法騎士団本部は不自然なほど静かだった。外には悲鳴のひとつも聞こえない。
(弟のカシェルも才能だけはほんの少ーしだけあったのですから、家を出ることがなければ私の配下として立派に成長させてあげたんですがねぇ…… まあ、小心者で人殺しが趣味の変態さんでしたから、やっぱり要らないですね。さて―――)
「各国への宣戦布告まで、あと僅か。楽しくなって参りましたね」




