第376話 大胆な作戦
メルとコレットは思わず目を細めてしまった。名刺の裏面、そこに記載されていた情報を、上手く読み解く事ができなかったのだ。何せ、そこに記されていたのは―――
「し、信じられないくらいに字が小さい、ですね……」
「しかも長文、やたらといっぱい書いてあります……」
―――名刺サイズの紙にギッチリと書き込まれた、小さな小さな、それでいて大量の文字だったのだ。その内容以前に、まずその絵面に面を食らってしまう。
「ハハッ、まあそんな反応をしちゃうよな。俺もそうだった。ほら、ルーペを用意しているから、これを使ってくれ。いくらかマシになるぞ」
「あ、ありがとうございます。では、改めて……」
ルーペを片手に、名刺を見詰める二人。それから少しして。
「……ええと、これってステータスの表記ですよね? 普段見慣れているものと、随分と形式は違うようですが」
「その辺は住んでいる世界が違うせいだと思う。マリアや久遠の世界じゃ、この形式が一般的なんだろう。まっ、俺もこれを渡されただけだから、黒塗りと白塗りのひし形マークの違いとか、細かいところは分からない訳だが」
「な、なるほど…… ふむ、職業やスキルにもレベルがあるみたいですね。大変興味深いです」
「あの、個人的にそれ以上に気になるところがありまして…… ステータスの数字、桁がおかしくないですか? 一万の数字越えは当たり前、項目によっては十万の単位にまで達していますよ? さ、流石にこれは盛り過ぎなのでは……」
ルーペを通してまじまじと名刺を見詰めながら、コレットがそう訝しむ。確かに彼女の言う通り、そこには冗談としか思えない数字ばかりが並んでいた。仮に桁数を一つ減らしても、十分に脅威的な値なのだ。嘘を疑ってしまうのも、仕方のない事だろう。
……一方で、年齢の項目が■■10歳となっている点も満場一致で気になったが、そこに関しては敢えて誰も指摘しない事にしたようだ。まあ、はい…… と、何となく察せてしまうのである。
「まあ、そう思うのも当然だよな。たとえこの数字が本当だったとしても、こっちの世界と向こうの世界じゃ、そもそもシステムの在り方が違うんだ。単純な数字の良し悪しで、強さが比べられる訳じゃないんだろう。けど、ことマリアに関しては、この数字通りの強さだったとしても、何ら不思議には思えないんだよな」
「ほう? あなた様、何かそう思う根拠でも?」
「前に一度、マリアの分身体と戦う機会があった。ほら、スプリングだかサマーだかって奴らだ」
「ああ、最終的に久遠が不意打ちで倒してしまって、暫くあなた様が愚痴っていた件ですね?」
「そう、それ! そいつらはマリアの両腕から作られたんだけど、これが強くってさ! クッ……! あの戦い、最後まで俺がしゃぶり尽くしたかった……!」
よほどその結果に思うところがあったのか、ケルヴィンは本当に悔しそうである。
「ケルヴィン様、何とおいたわしい……」
コレット、思わずもらい泣き。
「あなた様、本題本題」
「っと、そうだった。まあ、何が言いたいかと言うとだな…… 1対2ではあったが、スプリングとサマーは俺とほぼ同等の強さを持つ実力者だった。けど、マリアにとってそれは両腕を犠牲にする程度で作り出す事ができる、何て事のないただの一魔法に過ぎなかったんだ」
「あ、あの、両腕を犠牲にするというのは、結構な代償になっているのでは……?」
「いや、代償どころか殆ど損をしていないレベルだよ。腕の欠損なんて、あいつにとっては蚊に刺されるよりも大した事じゃない。たとえ頭が吹っ飛んだとしても、次に瞬きを終えた時には新しく生え変わってるタイプだぞ、アレは。その気になれば、俺レベルの分身体をもっと量産する事もできるだろう」
「ケルヴィン様を量産、ですって……!?」
「それはそれは――― って、コレット、よだれが出ていますよ? まったく、仕方がないですね」
先ほどの涙と併せて酷い事になってきたので、コレットの顔を綺麗に拭き取ろうと、メルがハンカチを取り出す。そして、直後に涙とよだれを拭うのだが―――
「ッッッ!!!」
―――不運にも、この行為がコレットに更なる悪影響を与えてしまう。まあ率直な話、世界最凶の嗅覚を持つコレットに、メルのハンカチは刺激が強過ぎたのだ。特に顔面への接触は致命傷である。
「……あなた様、コレットが昇天してしまいました」
「うん、今は寝かせておこうか。で、さっきの続きなんだが」
「あ、このまま続けるのですね」
「明日の“ちょっと待った”、コレットは戦う側じゃないからな。いつも通り、結界構築を頑張ってもらう」
安らかに眠るコレットをベッドに寝かせ、ケルヴィン達は話を続行する。
「今言った事が全部合っていたとしたら、マリアがこの名刺通りのステータスなのも納得なんだよ。今日のルキルとの戦いだってそうだ。俺とメルが『怪物親』になったのを間近で見た上で、あいつは余裕を一切崩していなかった。それどころか、自分の時は最初からそれを使えとまで言っていた」
「それだけ、彼女と私達の間には実力に隔たりがある、という事ですか…… 確かに、最悪を想定して戦う根拠としては十分ですね。して、その最悪に対する作戦は?」
「お望み通り、やれる事は全部やってやる作戦! だ! 詳しくは念話で皆に送りますッ!」
ケルヴィンがベッドから立ち上がり、号令をかけるようなポージングを取り始める。どうやら、それと同時に作戦内容を念話で送信したようだ。
「……そのまま過ぎでは?」
「そのままで良いんだよ。何せ恥も外聞も捨てて、本当にその作戦通り実行するからな。クククッ、明日が楽しみだ! んでもって、興奮で今日眠れる自信がないどうしよう……!?」
最高潮の笑顔のまま、割と切実な悩みをぶっちゃけるケルヴィン。マリアとの戦いもそうだが、アンジェとの結婚式に対する緊張も相まって、相当にドギマギしているようである。
「……フフッ。あなた様、まだまだ元気のようですね? ええ、随分と」
「え?」
「であれば、もう少し私とイチャコラ炙り出し超作戦を敢行しましょうか」
「メ、メルさん、なぜ今になってその作戦を? つか、また作戦名が変わってるし、これからするべき作戦は全然違うものだし、そもそも何を炙り出すのか意味不明だし――― 待て、待てって!」
「待てもマテ貝もありません。コレットが眠って、漸く二人きりになれた事ですし? この辺りでもうひと頑張りするのは必然だと思うのです。まあ、確かに? 炙り出すとは少し意味が違うかもしれませんが、意図は通じる筈です。ええ、とんでもない朴念仁でもない限りは、フフフフフ……!」
ジリジリとケルヴィンとの距離を詰め、舌なめずりをするメル。その目は完全に捕食者のそれであり、遠巻きに私の貯蔵の糧となれと、そう言っているようなものであった。
「フッ…… 優しくしてねッ!」
―――それから数時間後、ケルヴィンはマリアから頂戴した『賢者の血』入りの小瓶を取り出していた。特にこれといった理由がある訳ではなく、何となく取り出しただけである。深い理由は本当にない。ただ、これだけは言える。披露宴で無理にでも料理を口にしていて良かった、と。




