第371話 試練の果てに
メルが展開させた白湯の巨竜『浄化白竜』は、他の青魔法による幻であった。浄化白竜自体は『怪物親』となった際、実際に使用可能となる合体魔法ではあるのだが、このタイミングにおいて彼女が選択したのは、その亜種に位置する別の魔法――― その名も、『浄化白竜養殖漁場』。
(……なぜでしょうか? 凄まじく場違いなネーミングセンスの波動を感じます)
この魔法の本当の名を、メルはまだ口にしていない。が、どうやらルキルはその気配を嗅ぎつけてしまったらしい。結果、セルフで困惑し、自ら隙を作ってしまう。
「いくら器用だからって、メルばかり見ていると怪我するぜ!?」
「ッ!」
元片腕である巨剣による一撃を受け流した直後、大鎌が彼女の胴体に掠ってしまう。本来であれば何て事もない切り傷に過ぎないが、どんなに小さくともダメージはダメージ。直後、そこから石化現象が始まり、肉体全体へとその領域を拡大していく。ルキルは間髪入れずにその部位を切り離そうとするが、隙が生じた分、次の手を打つのもケルヴィンの方が早かった。
「地表爆裂・Ⅶ!」
まるで石化したルキルの体内に地雷が埋まっていたかの如く、そこより大爆発が巻き起こる。地表爆裂は地面を起点として爆発を引き起こす魔法なのだが、その爆弾そのものにされたルキルへのダメージは、想像以上に酷いものになっていた。
だが、災難はまだ終わらない。それがどんなにくだらない理由が発端であったとしても、一度作ってしまった小さな隙は、大きな失敗へと連鎖していくものなのだ。ルキルの体内にて爆発が起こった直後、意図して開けられた爆風の隙間より、浄化白竜の稚魚達がその起点へと入り込む。そして―――
―――ボォウン!
「ッッッ……!?」
再度、再々度、再々々度と立て続けに生じる新たなる爆発。しかも、それらは水が弾けて生じる水爆弾であり、最初のケルヴィンのものとは毛色が異なっていた。
(あの小型の竜も爆弾だった……!? いえ、今はそれよりも……!)
ルキルは弾けて飛んだ肉片、その中でも石化していないもの選んで収縮させる。それらを繋ぎ合わせ、肉体の緊急修繕を図ろうとしているのだ。また大雑把にではあるが、空中に残った黒殲姫をヘリの翼の如く高速回転させ、ケルヴィン達への攻撃も並行して行う。
「あの攻撃を受けた直後だってのに、もう四肢を繋げているのかよ! やべぇな!」
「ですが、それも織り込み済みです」
黒炎の翼を当然の如く躱したケルヴィン達が、ルキルの下へと迫る。今はまだ回復の最中、辛うじて繋がっているとはいえ、ルキルの肉体はまだまだ完全ではない、本当にただ繋がっているだけの状態だ。だがやはり、それでもルキルは笑う。
「お見事な連携です! ならば私も、御二人の予想を超えましょう!」
ギリギリと悲鳴を上げる筋線維の声を無視して、ルキルは片腕を鞭のようにしならせ、不規則に黒炎の剣を振るう。彼女はあの爆発を受けて尚、自身の得物を手放していなかったのだ。轟々と燃え盛る黒炎もまた、ケルヴィンの大鎌と同様に触れてはならない禁忌の凶器。必殺の一撃がある以上、ケルヴィン達も油断できるような状況ではない。尤も、ケルヴィンは戦いを楽しむ為に、メルは自身の式を決定付ける為に、最初から油断なんてするつもりはないのだが。
「黒殲姫・暴!」
ルキルはその攻撃に加え、黒炎の翼を更なる暴走状態へと移行させた。具体的に言えば、翼の羽一枚一枚に攻撃の意思を備わせたのだ。その変化はエフィルの多重炎鳥に似ているが、サイズ感が羽一枚分である為に極めて小さく、それでいて数が比較にならないほどに多くなっている。更には超火力はそのままに、自発的な攻撃も仕掛けて来るのだから、非常に攻撃的な仕上がりだと言えるだろう。『怪物親』状態であるケルヴィンとメルも、流石にこの攻撃に対して無傷とはいかなかった。
「ハハハッ、一足早いライスシャワーってところか!? 熱い演出だ!」
「口にできないのが残念ですが、それは本番までとっておきましょうか!」
「うん待て本番でも食べちゃ駄目だからな!」
被弾は覚悟の上、ケルヴィン達は止まらない。そして、こちらも絶対に笑みを絶やさない。火の雨の中でルキルの攻撃を掻い潜り、逆に腕を刈り取り、稚魚による爆発を絶え間なく起こし、果敢に接近戦を仕掛け続ける。それも二人掛で、夫婦ならではの連携を交えて。
(素晴らしい! ですが、同時におかしい。もう十分に時は経った筈です。なのに黒殲姫による劣化が、なぜ一向に始まらない? 空間を熱しているどころか、翼の炎を直に浴びているというのに、なぜ……!?)
ルキルは自身の魔法による能力の劣化を期待しているようだが、実のところ、それは叶わぬ願いであった。クロメルの『怪物親』は対象のステータスを高め、その数字に固定する能力――― つまり、その数字が動かないとなれば、ルキルの力をいくら浴びせようとも、それは何の意味も成さないのである。
「くうっ、うふっ、うふふふふっ! ならば、それはそれで構いません! それもまた試練で――― ッ!?」
ルキルが啖呵を切ろうとしたその途中で、彼女の体の一部が灰となって崩れ落ちた。まるで自身の炎で燃え尽き、その残骸となったかのように。
「漸く効いてくれましたか。ルキル、貴女に与えられた蘇生能力、もうあてにしない方が良いですよ?」
「……ッ! なるほど、メルフィーナ様の仕業でしたか……!」
メルの浄化白竜養殖漁場、その爆撃を何度も受けたルキルは、マリアから授かった力を上手く行使できなくなっていた。この魔法で生み出された稚魚は、水の爆発によって敵にダメージを与える。が、その魔法の本質はダメージなどではなく、爆破を利用して敵の体内、そして体液へと入り込み、内部から直に対象の能力を解除する事にあった。体外での接触を防げば良かった『純化白湯』とは違い、こちらの魔法は一度体内に入り込まれたら防ぎようがなく、直に効く分、その効力も凄まじい。それこそ、マリアの血を薄めてしまうほどに。
「うふふふ、うふっ、うふふふふ……! 次は、次こそはぁぁぁ! 私が期待に応える、ばああぁぁぁんんんんッ……!」
残った血を振り絞り、攻撃の為だけの肉体改変を行うルキル。肉体が灰になれば、欠けた部位を黒炎で補う。火力が足りないのであれば、血さえも燃やす。逆転の目が必ずあると、そう信じ続ける。以前のケルヴィン達と同様に、彼女もまだ勝利を諦めていなかった。
……が、マリアの血が薄まるという事は、その血が供給していた莫大な魔力もまた、失うという事でもある。いくら『大聖』の権能によって強固な精神を保っていられるとしても、それまでの強みの一切を失ってしまったルキルには、最早勝機はないも同然であった。
「よくここまで戦ってくれた。今日は俺達にとっての、最高の門出になったよ」
「式が始まったら、美味しい料理を食べましょう。ルキル、もちろん貴女も一緒に」
戦いが終わり、戦場に残っていたのはケルヴィンとメル、そして、そんな二人に支えられるルキルの姿。全身が石化し、形状は疎ら、胸には槍で貫かれた傷痕も残っている彼女だが、その表情はどこか安堵したかのような、そんな状態で停止していた。




