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第96話 新たなる道

 ―――エルフの里 


 日が昇り始め、ほんのりと明るくなり始めた。俺は興奮が冷めぬリオンを肩車し、里の門を潜る。


「大物で言えばリオンでしたが、敵兵の捕縛数でなら私が一番でしたよ」

「それなら私だって、モンスターの撃破数はトップよ!」


 どこから取り出したのかモグモグと串団子を頬張るメルフィーナと、いつものように仁王立ち顎上げドヤ顔のセラ。メルフィーナの団子はクロトの保管に入れておいたものだろう。クロトよ、あまり甘やかすでない。メルフィーナが太る。


 それに、なぜか二人とも俺をじっと見て微動だにしない。 ……ああ、褒めてほしいのか。


「うん、二人もよくやってくれたよ」

「でしょ! なら―――」

「でも今は僕の時間ね~」


 リオンが肩車の体勢から俺の髪に頬ずりする。セラとメルフィーナは仕方なさそうに一歩下がった。いつもならかなり粘るのだが、今日は珍しく潔いな。


「ケルにいの髪の毛サラサラだね」

「そうか? リオンの方が触り心地いいぞ?」


 リオンと互いの髪を弄り合う。一応、身嗜みには気をつけているからな。屋敷に住みだしてからは毎日風呂に入れて満足だ。もちろん、うちの女性陣も同様である。ビバ、風呂文化!


「王よ、イチャつくのも良いが、そろそろエルフ達の出迎えがあるぞ」

「何言ってるんだ。これは歴とした兄妹のコミュニケーションだ」

「そうだよジェラじい。別に見られて恥ずかしいものじゃないよ」

「む、そうじゃろうか? ううん?」


 ジェラールが微妙な顔をしている(気がする)が、このくらいは日常茶飯事だろ。


(あなた様、徐々にリオンに毒されていますよ……)


 そうこうしている内に広場に俺達は辿りつく。エルフ達はエフィルが倒れた騒動で混乱していたようだが、流石にここまで来れば気付いたようだ。ちょうどこちらに振り向いた長老と目が合う。


「ケ、ケルヴィン殿!」

「長老、ただ今戻りまし―――」

「ケルヴィン殿ぉーーー!」


 猛ダッシュでこちらに向かってくる長老。


 何か初対面の時とキャラ変わってないですか? なんと言うか、エルフなのに暑苦しい。


「申し訳ありません! エフィルさんが倒れてしまいましたぁー!」

「取り合えず落ち着いて。エフィルなら大丈夫ですから」


 そのまま土下座体勢に移行する長老のネルラスさんと、その後を追って里のエルフ達が暖かく出迎えてくれた。怪我を負った者もいないようだ。よかった。


 エフィルは軽い疲労だと言う事で何とか納得してもらった。だが、続いて長老達から放たれたのは感謝の言葉の雨霰。里中のエルフが集まった人数なだけあって、かなりの大音量だ。気持ちが篭っているだけに、無下にする訳にもいかない。ひとりでこれを受けたエフィルは困惑したことだろう。


「本当に何とお礼をしたらいいものか……」

「長老、その前に少々待って頂いてもいいでしょうか。まず檻の様子を確認したい」

「捕らえたトライセン兵のことですね。まさか、モンスターの襲撃の裏でトライセンが動いていたとは…… こちらです。どうぞ」


 広場には俺の緑魔法で作成した特製の檻が設置してある。配下ネットワークを介して確認した限りでは、この防衛線で捕らえた者達は『混成魔獣団』所属の副官1名、大隊長2名、隊長5名、他一般兵多数。『魔法騎士団』所属の副官1名、大隊長3名だ。


 ご丁寧なことに、階級持ちは全員装備の首元に階級を示す勲章をしていたので分かりやすかった。


 内訳を確認するに、クライヴは自分の騎士団の最高戦力を護衛として引き連れて来ていたようだな。お気に入りとか言ってたし、事実上これで騎士団戦力の大半を失ったことになるだろう。


「ひ、ひぃ!?」


 俺たちが檻に近づくと、捕らえたトライセン兵が情けない悲鳴を上げながら檻の奥へと後ずさる。俺たち、と言うかセラ達に恐怖している感じだな。


「何よ、失礼しちゃうわね!」


 セラはプンスカしているが、まあ、戦闘を一部始終見ていた者からすれば気持ちは分かる。凶悪なはずのB級モンスター達が紙屑のように薙ぎ払われながら正体不明の敵が迫って来るのだ。見た目は美女・美少女なだけに尚更怖い。後半になると統括する司令官もいなくなり、背を見せて逃走する兵も続出。トラウマとして心に抱えてしまった者も多いだろう。


「よっと! ほら~、怖くないよ~」

「こっちに来た!? た、助けてくれー!」


 リオンが俺の肩から飛び上がり、前宙しながら檻の目の前に着地する。ニコニコと両手で小さく手を振りながら近づくが、結果はセラと同じだ。


「むー、女の子としてはこの反応には傷付いちゃうよ」

「もうその辺にしてやれって。それに用件があるのは彼らじゃない」


 檻の中で膝を抱えながら座っている4人の女性に目をやる。クライヴの配下であった魔法騎士団の女騎士達だ。4人とも瞳が虚ろであり、混成魔獣団の兵とは違い何の反応も示さない。


「クロト、あそこの女騎士達をここまで連れてきてくれ」


 俺のローブからポヨンとクロトが顔を出し、地面に下りる。クロトは体の一部を肥大化させ、檻の隙間から侵入して触手のように巻きつかせ…… と言っては文章的にアレだが、そんな感じで女騎士を持ち上げて檻のこちら側まで横一列に運んでもらう。周りの混成魔獣団の奴らが五月蝿いが、我慢我慢。


『あなた様、彼女達を魅了状態にしたクライヴと名乗る男、本当に転生者と言っていたのですか?』


 メルフィーナが念話を飛ばしてきた。


『ん? ああ、自分でそう言っていたな』

『……そうですか』

『何か気になることでもあったか?』

『いえ、後で話しましょう。今はそちらに専念してください』

『そうか?』


 檻を挟んで女騎士のひとりに右手をかざす。唱えるのは『全晴ベネディクションキュア』。呪い以外の大半の状態異常を治す魔法だ。だが、『魅了』を治そうとするのは今回が初めて。効果があればいいんだが。


「う、うう……」


 瞳に光が徐々に戻っていく。よし、他の女騎士にも全晴ベネディクションキュアを施すとしよう。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――エルフの里・長老の家


「彼女達の容態はどうですかな?」

「簡易的な寝床を拵えた別の檻で寝かせています。魅了の効果は完全に消え去りましたので、後は体力が戻れば問題ないでしょう」


 女騎士の治療を終えた後、檻の見張り役としてジェラールとセラを残して俺たちは長老の家へ移動した。エフィルもここで休んでいるのはマップで確認済みだ。


「しかし、彼女達も元々はトライセン軍の者…… 大丈夫でしょうか?」

「あのまま魅了状態で放置するよりは良いでしょう。自殺を命じられる可能性もありますから。後はガウンの冒険者ギルドに引き渡す手筈です」


 獣王レオンハルト・ガウンの手紙には、エルフの里の防衛を成功させることでS級への昇格試験を合格とする、とあった。捕縛したトライセン兵については触れられていない。今回の依頼、もとい昇格試験は冒険者ギルドを介してのもの。ならば冒険者である俺はギルドに、もしくは試験官である獣王に引き渡すのが妥当なところだろう。その前に情報はセラの手で引き出させてもらったけどさ。


「でもさ、獣王様はどこで僕らを監視しているんだろうね? ちゃんと里は護られたって知っているのかな?」

「それなのですが、実は―――」

「よい、ネルラス。ワシから話そう」


 突如、部屋の扉から勇ましい声が聞こえる。扉を開けた声の主は紅茶を入れてくれた給仕の女性。


「……あなたは?」

「このような姿ですまないな。ワシがガウンの獣王、レオンハルト・ガウンだ」

「ええっ!?」


 リオンが驚きの声を上げる。俺も表情には何とか出さなかったが、内心かなり驚いている。鑑定眼で確認してもステータスは一般的な女性、それもエルフのものだからだ。


「女性、だったのですか?」

「いや、これは我が国に伝わるマジックアイテムによる偽りの姿だ。言わば、幻を見せているようなもの。残念だが、ワシは男だよ。万が一のことがあってはと待機していたのだが、無事に事が済んで安心したぞ」


 してやったり、と笑うレオンハルト。


 姿だけでなく、ステータスも偽るマジックアイテムか。性能を考えるとS級の価値はありそうだ。


「よ、よろしいのですか国王様。それは国宝であるアイテム、おいそれと教えてしまっても……」

「構わんよ。この防衛戦での戦い方を通して君等の人となりは理解したつもりだ。それに、ケルヴィンは今や里の英雄。ネルラス、お前も気持ちは同じであろう?」

「……ハッ!」


 レオンハルトはソファーにどかりと座り、俺と向かい合う。


「ケルヴィンよ。此度の試験、合格だ。里に被害を与えることなく、敵の黒幕まで明かしてくれた。まあ、森を多少破壊してしまったのはちと減点ではあるが」

「申し訳ないです……」

「何、それでも十分過ぎる成果だ。ガウンが精鋭を派遣していれば、被害は更に出ていただろう。働きに感謝する」


 深々と頭を下げられる。今は女性の姿とは言え、領内でそれはまずい。慌てて止めに入る。


「気にするでない。この姿では誰もワシのことをレオンハルトだとは思わんよ。知っておるのはネルラスだけだ。実はな、この姿はネルラスの娘の姿を映し出したもので、途中途中入れ替わっていたのだ。ネルラスが間違えて本当の娘に膝を付いた時は実に笑えたものだ!」

「こ、国王、そのへんで……」


 ネルラスさんが泣きそうである。


「む、そうか? ワシとしてはまだ話したいのだが、まあよい。今回捕らえた者達についてはこちらで手配しよう。それと、今回の報酬の一部として―――」


 レオンハルトが胸元から判子のようなものを取り出した。


「ガウン転移門のワシ直々の許可印を与えよう。ほれ、早くギルド証を出さんか」

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