第369話 パラパラ級の力
地上にて戦いを観戦するマリアとアダムスの下に、小さな堕天使が現れる。そう、他の天使達と共に避難した筈のクロメルの姿が、そこにはあった。
「ありっ? 貴女、戻って来ちゃったの?」
「は、はい! パパとママが心配だったので、戻って来てしまいました、です……!」
「ふむ、親の言い付けを破るとは、なかなか豪胆な娘よ。良いのか? 後で叱られるやもしれんぞ?」
「良いです! いくらでも叱られて、とっても反省もします! でも、それでも…… 今はパパとママを目にしないといけない、そんな気がするのです! だから……!」
クロメルの声、そして表情には鬼気迫るものがあった。そんな彼女の様子に、マリア達は思わず顔がほころんでしまう。
「フフッ。妾の娘達と似ていて、なかなか親思いじゃん? 良いね、妾ったら親子愛に弱いんだよね。どうする、アダムっちゃん? 妾的には構わないと思うけど? ほら、今のルキルちゃん、妾とアダムっちゃんの力が備わって、実質3対2みたいな状態だし」
「なるほど、これで漸く対等という訳か。ふむ…… まあ、愛娘が見物しているだけであれば、そこまでの問題にはなるまい。万が一が起ころうとも、ただの我らが護ってやれば良いだけの事。娘、存分に目にし、堪能せよ。このレベルの戦いは、そうお目にかかれないぞ」
「はい、絶対に見逃しません……!」
この場にクロメルが居る事を許す。その意味をマリア達が理解いるのかは定かではないが、彼女らはそれを許容したようだ。それどころか、クロメルを守護する事まで宣言していた。
『パパ、ママ、本当の本気、出しましょう! ……です!』
―――『怪物親』、愛娘クロメルが持つこの固有スキルは、彼女が家族と認識している者を視界に入れている際に発動する。その条件を満たした時、対象者の能力は大きく引き上げられ、特にクロメルが両親と認識している者達に対しては、今までにおける最大のピーク時にまで到達。言ってしまえば黒女神クロメルとの決戦における、彼女を打倒した強さにまで持っていけるのだ。
「……素晴らしい」
自身と同じく、神にも等しい力を再び手にしたケルヴィンとメル。そんな二人を前にして、ルキルは無意識にそんな言葉を呟いていた。目の前の世界で最も敬愛する女神、そして世界で最も嫌悪する死神は、数秒前まで死の瀬戸際に立たされていた。血に塗れ、泥臭く足掻いているだけの存在だった筈だ。それが今、二人は神々しいオーラを纏い、その内から底知れぬ力強さを発している。『大聖』と化した彼女ですら、この状況に喜びを隠す事ができなかった。
「ハァ、クロメルめ。避難しろって言ったのに、俺達の言い付けを破りやがって。 ……まったく、本当にいい子に育ったもんだよ!」
「ええ、お陰で漸く戦いになりそうです。ああ、いえ、先の状況でも勝つつもりでしたけどね。ともあれ…… ルキル、申し訳ないのですが、今の私達は先ほどまでとは別物も別物――― ベタベタのチャーハンとパラパラのチャーハン、それくらいに違うと思ってくださいね?」
「……フフッ、それは楽しみですね(チャーハンとは何でしょうか?)」
大きな疑問、小さな疑問、ルキルにとって様々な疑問が生じる展開が続くが、それでも彼女は慈悲深い笑みを浮かべ続けていた。小さな疑問はさて置き、大きな疑問についてはある程度予測できていたのだ。
(そう、貴女ならそうするでしょう。私は信じていましたよ)
その証拠に権能によって視野の広くなったルキルは、地上に現れたクロメルの姿を捉えており、彼女が二人に力を与えたのだと理解もしていた。クロメルを排除すれば、この超常現象が終わりを迎えると事も、恐らくは分かっているだろう。だが『大聖』であるルキルの中に、そんな選択肢は最初から存在しない。正々堂々、真っ正面から神の力を打ち破る。だからこそ意味があると、そう彼女は結論付けていた。
「勇気ある御息女に、この上ない感謝の気持ちを捧げます。何せ敬愛するメルフィーナ様の真の力、それを直に目にする事ができるのですから」
「あら、こうなる事が分かっていたような口ぶりですね?」
「いや、それよりも俺を無視しないでほしいんだが? 相手の力を最大限発揮させようとするルキルのその姿勢、俺的に結構好感度高いんだが?」
「ええ、今の私はよく見えていますから。さあ、待ち侘びた理解らせの時間です」
「ふう、既に転生神を寿退社した身ですが――― やり残した最後の仕事、終わらせます!」
「あ、これ実力で振り向かせろってフリか? ああ、漸く理解したよ。分かった、そうさせてもらおうか!」
冗談めいた会話をするこの間にも、両陣営の間には殺意の塊がぶつかり合っていた。そして、それらは現実に形を帯び始める。
「死没の黒炎剣」
ルキルが顕現させたのは、黒炎で形成された長剣であった。まるで燃え上がらせた黒炎を搔き集め、剣の形に凝縮したかのような重圧を放っており、更には主である筈のルキルをも飲み込まんと、彼女の右腕と殆ど同化していた。その侵食は徐々に徐々にと領域を拡大中であり、背の黒炎の翼と相まって、彼女自身が黒炎と化し始めている。水の如き心、火の如き肉体を持つ彼女は、この世で最も戦いに適した生物へと到達したのかもしれない。
「大風黒神鎌」
火力の権化になろうとしているルキルに対し、ケルヴィンが選んだ得物は漆黒の大鎌だった。これまでの大鎌とは違い、刃を黒に染めた事で視認しやすくなっている。しかし、そんな見た目の変化は取るに足らない、些細な点に過ぎなかった。真に注目すべきは、防御不能の絶対の斬撃程度では絶対に済まないと、思わずそう確信してしまう、異様なまでの不穏さにあった。より死神が持つ鎌に相応しいものへ、より上位の存在の首へと届き得るものへ、彼の魔法は進化を遂げたのだ。
「浄化白竜」
最後にメルが展開したのは、『純化白湯』のものよりも更に大型となった白湯の流れであった。それこそ小さな島程度であれば、一息に飲み込んでしまいそうなほどの総量である。大水流は天を泳ぎながらも東洋の竜のような姿をしており、神々しくも威厳に満ち、それでいて美しい。ルキルとケルヴィンと得物が負の方向へ舵を切ったとすれば、メルのこの魔法はより正道へと突き進んだと言えるだろう。
「お、何それ、炎の剣? 良いな、格好良いじゃん。腕と合体しているところに浪漫を感じるな。それに、これまた火力がダンチになっていそうだ」
「あなた様こそ、新たな大鎌は大分イメージを変えましたね。色々と瘴気に溢れていて、私も正気を失ってしまいそうです。あ、これって惚れ直すって意味ですからね?」
「これが、メルフィーナ様の本来の実力…… ああ、何と素晴らしい事か。これまでとは完成度が違います。それが肌で感じられる、いえ、皮膚を通り越し、脳髄にまで響き渡ります……!」
互いが生み出した魔法を見比べ、三者三様の反応を見せるケルヴィン達。基本的には褒め殺し、ただ、既に三人は戦闘態勢を整えており、今にも飛び出してしまいそうな―――
「あ駄目だ話している時間がもったいない! 行くぞルキル、その剣の力を俺達に見せてくれッ!」
「あなた様が行くのでしたら、私も付き添いましょう。ええ、どこまでもッ!」
「メルフィーナ様、私の胸に飛び込んで来てください! その魔法ごと、理解らせて差し上げますッ!」
―――どうやら、既に我慢の限界でもあったらしい。三人は宙を踏みしめ、前へと突き進み始めた。




