第366話 馬火力勝負
空の戦場にてルキルがピンチに陥る最中、地上ではアダムスとマリアが優雅に酒とトマトジュースを飲み交わしていた。しっかりと肴も用意しており、観戦の用意は万端のようだ。
「うわ、今の結構危なかったよね? もう、ルキルちゃんったらそそっかしいんだから~。まるで妾の娘達を見ているみたいだよ、情熱的だけど視野が狭いの!」
「僅かとはいえ、マリアの血をその身に宿しているのだ。あの程度で死ぬ事なんてないだろう。それよりも、マリアは酒を飲まないのか? ずっとトマトジュースを飲んでいるようだが」
「お酒? 無理無理、アイドルはお酒なんて飲まないの。それに、妾は下戸って設定――― ううん、とってもアルコールに弱いから、一滴も飲めないんだよ♪」
「ほう、それは何とも難儀な……」
否、設定と言い掛けているし、真っ赤な嘘である。マリアの体質であれば、どんなに強いアルコールでも一瞬で分解が可能であり、いくら飲んでも酔う事なんてあり得ない。彼女はあくまでもキャラ設定として、下戸である事を公言しているだけだ。
「にしても、ルキルちゃん本当に大丈夫かなぁ? いくら妾の血をあげたと言っても、ルキルちゃんの人格が崩壊しないギリギリの量だったし、基本的に死ななくなる程度の再生力と、大魔法を連発しても枯渇しない程度の魔力、あとは基本性能の全体的な向上に、与えた量に応じた『賢者の血』の触媒機能くらいしか備わっていないんだよね~。妾、とってもすっごくしんぱ~い」
「む、そうか? 欠片も心配していないようだが?」
「そ、そんな事ないよ! もう、疑り深いなぁ。そう言うアダムっちゃんがあげた権能とやらは、一体いつ顕現するのさ? 今のところ、妾の力でごり押ししているようにしか見えないんだけど?」
「ふむ…… ただの我の権能『薫陶』は、対象の力を開花させるものだ。だが、それと同時に対象の理想を現実化させるものでもある」
「ふ~ん? つまり?」
「当のルキルが漠然としたイメージしか持ち合わせていない限り、権能は開花しない。まあイメージをする以前に、あの時のルキルはマリアの血を肉体に馴染ませる為、地獄を見る最中にあった。自身の権能がどう開花するかなど、考える余裕なんてなかっただろう。ただの我もルキルが自我を保てるよう、調整の手伝いをするので手一杯の状態。そこまでの世話はできんなんだ」
「あー、だから妾が思っていた以上に、ルキルちゃんに血を与えられたんだね。アダムっちゃん、そんなところにまで気を回してくれていたなんて…… 妾のプロデューサー、やっちゃう?」
「マリアはたまによく分からぬ事を言うのだな、実に興味深い。だが、ただの我は別に気を遣った訳ではない。ただ、堕ちた天使の可能性を見たかっただけだ」
「可能性、ねぇ? で、満足はできたのかな?」
「フッ」
盃に口を付け、酒をあおる。そう動作を終えたアダムスの機嫌は、とても良さそうに見えた。
「開花はせずとも、種は既に与えている。あとはそれをルキルがどう使うか次第であろう」
「アダムっちゃん、何だか楽しそうだね? アイドルの妾が言うのはおかしいかもだけど、何だか我が子の成長を楽しむ親みたい。妾にも経験があるな~」
「親、か…… 確かに、それに類似した感情を持っているのかもしれん。才ある者の成長とは、いつ目にしても心が豊かになる。そこには無限の可能性があり、いつかはただの我に届くのではないかと、そんな淡い期待を抱かせてくれるのだ。マリアよ、貴様がその最たる者であるように、な」
「へ~、そうなんだ~?」
ご機嫌な様子で酒を飲み続けるアダムスに、ニコニコ顔で今日何度目かの乾杯をせがむマリア。二人の様子は一切変わっていない筈なのに、なぜかこの一瞬だけ空気が途轍もなく重くなる。その原因は――― 真上にあった。
「げぇんのぉ……! けんげぇぇぇん……!」
空の戦場にて、ルキルが権能の顕現を宣言したのだ。黒炎が大きく燃え盛り、歪な肉塊を一瞬にして覆い尽くす。
「ほう、土壇場にして成ったか。ルキルめ、なかなかにやるものだ」
「うんうん、妾もルキルちゃんには期待していたんだよ~。妾とアダムっちゃん、その愛の結晶代表として、ねッ!」
「マリアよ、その発言は色々と誤解を生む」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
マリア達が地上にて盛り上がる最中、空中ではケルヴィンとメルが更なる脅威と対峙していた。
「燃える、燃える、私の体が、燃える…… 生まれ、変わる……」
風神の氷爆弾を食らった上で、尚も生き残っていたルキルの肉塊が、突如として権能の権限を宣言し、巨大な黒炎を自らに灯したのだ。これまでのような纏う形のものではない。まるで自らをも燃料として燃やし、火力をガンガンに上昇させているかのような、異常な激しさを有する黒炎だ。
「絶氷山壁!」
「斬裂旋風群!」
変身中の攻撃は基本中の基本。そんな信条の下、躊躇なく攻撃へと移行するケルヴィン達。燃え上がった黒炎ごと氷山の壁で凍結させ、更にその氷山ごと竜巻で粉砕する算段である。
―――ジュッ!
が、駄目。攻撃は一瞬で瓦解してしまう。
『予想はしていましたが、ビクともしませんね。氷は生成された瞬間に溶かされてしまいますし、あなた様の竜巻も接触と同時に瞬間霧散――― 相変わらず、酷い火力の炎です』
『火の粉レベルでも馬火力だったからな。それがこの規模の炎の渦になると…… んー、正攻法はちょいと無理そうだ』
『またイチャラブ炙り出し大作戦を敢行しますか? 私は大歓迎ですけど』
『作戦名が変わっているし、流石に同じ手は通用しないだろ。風神の氷爆弾を送り込もうにも、ルキルはあの黒炎のど真ん中に居るんだ。絶対に届かん』
『では、敢えて真っ向から挑んでみては? 具体的に申しますと、あなた様の大鎌でザクっと』
『だと思って、もう放ってる』
そうケルヴィンが言った直後、中心部を狙った大風魔神鎌の一撃が黒炎の渦に直撃する。『魔力超過』を施し限界にまで威力を高めた大鎌は、それまでの魔法とは異なり、黒炎と接触しても消えない。それどころか触れた傍から黒炎を両断し、そのまま突き進もうとすらしていた。
ルキルがクロメルの力を模倣した黒炎には、触れたものを劣化させる力が備わっている。しかし、それは瞬間的ではなく段階的に働くものだ。それでもケルヴィン達の攻撃を一瞬のうちに四散させていたのは、単純に火力がバグっていたからである。ならば、その火力をも上回る攻撃で能力が働く暇も与えず、一瞬のうちに決めてしまえば、どうだろうか?
(―――斬れちゃうんだよなぁ、これがッ!)
ここ最近は『不壊』や『波羅蜜』といった相性最悪のスキルに涙を呑んでいたが、単純に破壊力が高いだけの相手であれば、全てを斬り伏せる大風魔神鎌の敵ではない。どんなに馬火力であろうと圧倒し、一瞬のうちに蹴りをつけてしまうだろう。
―――ザァン!
結果、黒炎はど真ん中から両断され、これまでとは逆の立場となって四散していった。クロメルとの戦いの経験を活かしたケルヴィンの一撃は、期待通りの戦果をもたらしたのだ。
『あなた様、お見事です。大鎌が久し振りに活躍しましたね』
『お前、思っても絶対に言葉してはならない事を…… 後でお仕置きだからな!』
『キャー♪』
と、一応のイチャラブ炙り出し大作戦も念話で行う徹底振りだ。但し、それを行うという事は、今しがた両断した筈のルキルがまだ生きていると、そう考えている訳で……
「―――ふう、心が洗われたような気分です。世界とはこんなにも美しかったのですね。新たな学びを得ました」
「いや、左右に両断された上に裸な状態で、そんなすっきりしたような雰囲気を出さないでほしいんだが……」
両断された黒炎の中から姿を現したのは、黒炎と同じ風に両断され、更には裸体を晒した状態のルキルであった。果たしてこれはグロなのか、それともエロなのか…… ともあれ、何とも凄まじい姿であるのは確かだった。




