第365話 漆黒の咆哮
どこからか聞こえて来た、ルキル渾身の怒りの叫び。怨念に塗れたその声は非常に大きく、不気味なほどに空間に響き渡る。言葉は明瞭かつ理解できるものだが、性質としてはグスタフ王が我を忘れた時に出してしまう、呪いの言葉そのものであった。具体的に言えばその声を耳にするだけで、何らかの状態異常をきたす代物である。
「そこかッ!」
「そこですねッ!」
しかし、ケルヴィン達はその声を聞いた瞬間、その発声源にカウンターとなる攻撃を仕掛けていた。驚く様子は一切なく、まるでこうなる事が分かっていたかのような反応だ。呪いの声を出していたのは、幾つもある肉塊のうちの一つであり、二人からは比較的遠い位置を飛んでいた個体だった。一見他の肉塊と同じような外見をしているが、その中心には大きな口が形成されており、尚更に不気味な様相を呈している。
「なッ―――」
口付きの肉塊もまさか直後にカウンターを放たれるとは思っていなかったのか、二人の攻撃をまともに食らってしまう。そして、爆散&四散。恐らくはもっと叫びたい事があったんだろうが、その肉塊はここで役目を終えるのであった。
『イチャイチャ炙り出し作戦、上手くいったな。いや、正直成功したのが驚きだけど』
『相手がルキルだからこそ通じた作戦でしたからね。念話からイチャイチャの気配を察する事くらい、彼女なら無理を通してできてしまう。私はそう確信していました』
『何その歪な信頼感……?』
戦闘の最中にケルヴィン達が夫婦漫才を繰り広げていたのには、しっかりとした理由が存在していた。全てを超越した黒女神にも弱点があったように、神に等しくなったルキルにも弱点部位は必ず存在する。そのように考えたメルは、今回のイチャイチャ炙り出し作戦を立てたのだ。ルキルの感情を刺激し、彼女の根幹を深く宿しているであろう本体を引っ張り出す――― そう、全てはこの時の為にあったのである。ケルヴィンは半信半疑だったようだが、作戦はメルの思惑通りに進み、先の結果に繋がった訳だ。
……だが、先の肉塊は本当にルキルの弱点部位だったのだろうか? ルキルの執念は、あの程度で止まるものだろうか? その答えは、すぐに判明する事になる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……! ななん、何という事……!」
「わわ、私を騙すだなんて、なな、何と悍ましい……!」
「こここ、これはははきっと、小賢しいケルヴィンの作戦……!」
「わたわた、私のここ心はきき、傷付いた……! 酷く損傷ししたただ……!」
「ややややはり、あの男はこここ殺さささなけければば……!」
周囲の肉塊が一斉にあの口を形成し、呪いに塗れた声で悲鳴を上げ始めたのだ。声が増えた事で呪詛の濃度が何倍にも膨れ上がり、戦場が呪いで支配される。
「ぐおっ……!? こ、これは、きつっ……!」
流石のケルヴィンとメルもこれは敵わないと、無詠唱の『無音風壁』でこれを遮断。しかし、これは応急処置に過ぎず、例の如く黒炎に無音風壁が触れてしまえば、再び呪詛の嵐に耳が晒されてしまうだろう。
「クソッ! つか、ルキルお前! 無音風壁越しで聞こえないだろうが、これだけは言っておくぞ! 作戦を考えたのは俺じゃなくて、メルの方だからな!?」
「「「「「ううぅ嘘をぉつぅけけげぇぇぇ!」」」」」
「だから何で聞こえるんだよッ!? メルの真似して心でも読んでる!?」
ルキル達(?)はそれまで全方向に撒き散らしていた声を一極集中化させ、怒りの矛先であるケルヴィンへとそれを放出させた。見た目だけであればクロトの超魔縮光束に似ているが、その本質は聖剣に転生する前のクライヴに近い。また、この叫びにより無音風壁も無事破壊されてしまう。
「俺に対しての信用のなさが酷い―――」
―――ジュッ!
理不尽に対する文句を言い掛けたケルヴィンであったが、呪い渦巻く漆黒のビームを容赦なく浴びせられ、その姿を呪いの本流の中に消してしまう。
「じじ、し、死んだぁぁぁ……?」
「ぎきっ、消えた、消えたッ……!」
「やや、やっだぁぁぁ! 邪魔者、ぎぃえだぁぁぁ……!」
「メルメル、メルフィーナ様ぁぁぁ……! わたわた、私はやり、やりまじだぁぁぁ……!」
あれだけの呪いを搔き集めた極大の攻撃だ。その身にどれだけの強化魔法を施していようとも、最早この世には肉片の一つも残っていないだろう。そう確信してなのか、口付きの肉塊達は口々に勝鬨を上げ始める。声は呪いに塗れたままであるが、その声色は心から喜んでいるようであった。
待望の勝利、それを崇める神に報告する為、肉塊達は次にメルの姿を捜した。現在進行形で敵対している相手に勝利を捧げる。どう考えても意味不明な行為なのだが、当の彼女らは大真面目だ。今の彼女らの頭には、メルと共に世界を運営する幸せな図が描かれているのだろう。長年の夢の成就、復讐の達成、新たなる世界への到達、ルキルは今正に幸せの絶頂に居るのだ。
「「風神の氷爆弾」」
「「「「へっ―――」」」」
が、唐突に聞こえて来たその魔法は、ルキルの幸せを一息に吹き飛ばした。全ての肉塊の芯より轟いた爆発音が、その音と共にルキル達を粉々に吹き飛ばしたのだ。
「な、なび、が……?」
霧となって消えていく寸前、ルキルが目にしたのは爆風に乗った自身の肉片であった。バラバラになっただけでなく、その全てが凍り付いている。そして、その景色の奥には捜していたメル、殺した筈のケルヴィンの両名の姿があった。
「な、なぜぇ、いぎでぇ……」
その言葉を捻り出した直後、肉塊達は消失してしまった。
「なぜってそりゃあ、俺を殺してなかったからだ」
「怒りは時に想像以上の力を生み出し、覚醒を呼び起こす事もあります。しかし、大抵の場合は視野を狭くしてしまう。ルキル、今回の貴女の敗因はそこでしたね」
ルキルが怒りに任せた攻撃を行う前の段階で、メルはA級青魔法【諜者の霧】とA級青魔法【偽者の霧】を同時に詠唱していた。諜者の霧は対象の姿と気配を消し去り、もう片方の偽者の霧は気配を有した偽物を生み出す、所謂、認識阻害系の魔法である。まあ要するに、だ。幻のケルヴィンを作り出してルキルの気を引き、二人はその裏で気配と姿を消して暗躍、そういった寸法だった訳だ。
但し、今のルキルの実力を考慮すれば、少しでも理性が働いていれば、この霧の看破は十分に可能であった筈だ。しかし、ルキルはこれを見抜けなかった。それこそが怒りによる力を生み出した代償であり、理性を失った対価だったのだ。
「お前が俺らを見失ってくれたお陰で、悠々と合体魔法を使う事ができたよ。『風神の氷爆弾』って言うんだが、まあ詳細までは教えてやる義理はないかな」
合体魔法【風神の氷爆弾】、メルの生み出した冷気をケルヴィンが風に乗せ、敵の呼吸と共に体内に爆弾を設置する、時限式の魔法だ。冷気は内部から徐々に肉体を凍結させ、脆くなった瞬間を狙って爆風発生のスイッチが自動で起動する。言ってしまえば、体内にてS級魔法が炸裂するのだ。何とも恐ろしい、殺意に満ちた攻撃と言えるだろう。
「これ、初めての共同作業にカウントされるのでしょうか?」
「式がまだ始まってもいないから、されないんじゃないか? ……で、今の攻撃を受けて唯一生き残った肉塊が本体なのか?」
「が、あ……」
先の爆発を受け、生き残っていた肉塊が一つだけあった。他と同様に口があり、サイズもそう変わらない個体である。
「ルキル、お前は相当に強いよ。それこそ、神にも迫る強さだ。復讐心も立派な原動力だって、改めて理解させられたよ。この短期間にそれだけの力を鍛え上げた精神力も、本気で尊敬している。 ……けどさ、理性のない獣のままその力を振るったとしても、十全に扱えているとは言えないんじゃないか? 現に二人がかりとは言え、数段力の劣る俺達を倒せていないだろ? 俺達は真面目にお前を殺そうとしているんだ。だからさ、お前ももっとこう――― 本気で殺しに来いよ?」




